第12章 人類連合の結成
翌朝、鋼太郎は王宮を訪れた。
巨大な石造りの門をくぐり、長い廊下を歩く。
壁には、歴代の王の肖像画が並んでいる。天井には、精緻な装飾が施されている。
——前世では、こんな場所に来ることはなかったな。
工場長として、大企業の役員室や官公庁に出入りすることはあった。だが、「王宮」などというものは、想像もしなかった。
「神崎殿、お待ちしておりました」
案内役の官吏に連れられて、鋼太郎は会議室に入った。
そこには、十数人の人物が座っていた。
豪華な衣装を身にまとった貴族たち。
鎧を着た将軍たち。
そして、上座に座る白髪の老人——王国宰相アルベルト・フォン・シュタインベルクだ。
「神崎殿、お越しいただき感謝する」
宰相が、立ち上がって言った。
「恐縮です」
「さっそくだが、本題に入ろう」
宰相が、テーブルの上に地図を広げた。
アルヴェリオン大陸の地図だ。北方の一帯が、赤く塗られている。
「この赤い部分が、現在魔王軍に占領されている地域だ。過去三ヶ月で、急速に拡大している」
「……これほどまでに」
「ああ。我々の予想を超える速さだ。このままでは、半年以内に王都にまで脅威が及ぶ可能性がある」
周囲の貴族や将軍たちが、険しい顔をしている。
「人類連合を結成したのは、この脅威に対抗するためだ。大陸の全ての国が、力を合わせて戦う」
「分かりました。それで、私に何を」
「兵站だ」
宰相が、鋼太郎を真っ直ぐに見た。
「連合軍を編成するにあたり、最大の問題は武器・防具・補給物資の不足だ。各国の鍛冶工房を総動員しても、必要な数量には遠く及ばない」
「……どれくらい必要なのですか」
「年間で、剣10万本、甲冑5万セット、盾5万枚。その他、矢、槍、斧、補給品——数え上げればきりがない」
鋼太郎は、その数字に息を呑んだ。
10万本。
神崎鍛冶の年間生産量は、協力工房を含めても約3000本だ。その30倍以上。
「不可能な数字に聞こえるかもしれない」
宰相が続けた。
「だが、神崎殿。貴殿の工房は、王都で最も効率的な生産を実現していると聞いている。『規格化』『公差管理』『流れ作業』——これらの技術を、大陸全体に広めることはできないか」
「……」
「連合軍の兵器生産を、貴殿に一手に担ってほしい。生産の統括、品質の管理、協力工房の組織化——全てを、貴殿に任せたい」
鋼太郎は、黙って考えた。
これは、途方もない仕事だ。
自分の工房だけでなく、大陸中の工房を統率する。
規格を統一し、品質を管理し、物流を整備する。
地球でいえば、国家レベルの兵器生産を一人で指揮するようなものだ。
だが——
「分かりました。やります」
鋼太郎は、静かに言った。
「ただし、条件があります」
「条件?」
「私のやり方を、全面的に受け入れてください。規格、品質基準、検査方法——全て、私が決めます。それに従わない工房からは、製品を受け入れません」
「……」
「妥協すれば、品質が落ちます。品質が落ちれば、兵士の命が失われます。それは、許容できません」
宰相は、しばらく沈黙していた。
周囲の貴族たちが、ざわめいている。
「一介の職人が、我々に条件をつけるとは——」
「静かに」
宰相が、貴族を制した。
「神崎殿。貴殿の条件を、全面的に受け入れる」
「宰相!」
「黙れ」
宰相の声が、鋭くなった。
「この男の技術は本物だ。騎士団への納品を見た。100本の剣が、全て同じ品質だった。それを実現できる者は、この大陸には他にいない」
宰相は、鋼太郎に向き直った。
「神崎殿、連合軍の兵站を、貴殿に委ねる。必要な権限と予算は、全て与える」
「ありがとうございます」
「ただし、期待に応えてくれ。連合軍の勝利は、貴殿の肩にかかっている」
鋼太郎は、深く頭を下げた。
「全力を尽くします」
◆
王宮を出た鋼太郎は、すぐに工房に戻った。
「全員、集まれ」
弟子たちが、緊張した面持ちで集まってくる。
リーゼ、ボルト、ナット。そして、他の弟子たち。
「今日、王宮で宰相と会った。連合軍の兵器生産を、うちが統括することになった」
弟子たちの顔に、驚きが走った。
「剣10万本、甲冑5万セット、盾5万枚。年間で、これだけの数量を生産する」
「……そんな数、無理です」
誰かが呟いた。
「無理じゃない。やり方を変えれば、できる」
鋼太郎の声が、力強くなった。
「今までは、うちと協力工房だけでやってきた。だが、これからは違う。大陸中の工房を巻き込む。規格を統一し、品質を管理し、サプライチェーンを構築する」
「サプライチェーン……?」
「供給の連鎖だ。材料の調達から、製造、検査、輸送、配備まで。全ての工程を、一つのシステムとして管理する」
鋼太郎は、壁に地図を貼った。
「明日から、俺は各地の工房を回る。技術を教え、規格を伝え、協力を取り付ける。その間、工房はお前たちに任せる」
「師匠——」
「リーゼ、ボルト、ナット。お前たち三人が、中心になれ。俺がいなくても、工房を回せるようにしろ」
「……はい」
「不安か?」
「正直、不安です」
リーゼが、正直に答えた。
「でも、やります。師匠の信頼に、応えます」
鋼太郎は、三人を見回した。
「お前たちなら、できる。俺は、お前たちを信じている」
その言葉に、三人の目に決意の光が宿った。
◆
こうして、神崎鍛冶の新たな挑戦が始まった。
それは、一つの工房の物語ではなく、一つの大陸の物語だった。
人類の存亡をかけた、壮大な戦いの物語だった。
そして、その中心にいるのは、異世界に転生した一人の製造業者だった。
鋼太郎は、夜空を見上げた。
異世界の星々が、瞬いている。
——俺にできることは、ものを作ることだけだ。
その信念を胸に、彼は新たな一歩を踏み出した。
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