第13章 量産か品質か——ジレンマとの戦い

連合軍の兵站統括を引き受けてから、三ヶ月が過ぎた。


 鋼太郎は、大陸中を飛び回っていた。


 東部のエルドア公国では、鍛冶工房の技術指導。


 西部のフェルゼン王国では、材料調達ルートの確立。


 南部の都市連合では、物流網の整備。


 移動だけで月の半分を費やし、残りの半分は王都で会議と計画立案に追われる。


 睡眠時間は平均四時間。食事は移動中に済ませることがほとんどだった。


 だが、鋼太郎は疲れを見せなかった。


 いや、見せる余裕がなかった。


         ◆


「現状の報告をまとめました」


 ナットが、分厚い帳簿を持ってきた。


「読ませてくれ」


 鋼太郎は、帳簿を開いた。


 そこには、三ヶ月間の成果が数字で示されていた。


 【協力工房数】


  王都周辺:35工房


  エルドア公国:28工房


  フェルゼン王国:22工房


  都市連合:18工房


  計:103工房


 【生産実績(三ヶ月累計)】


  剣:8,500本


  甲冑:3,200セット


  盾:4,100枚


「……予定の半分以下か」


 鋼太郎は、眉をひそめた。


「年間10万本のペースには、程遠い」


「はい。問題は、品質です」


 ナットが説明を続けた。


「各工房に規格を伝えましたが、合格率が低い。特に新規の協力工房では、受入検査で30%以上が不合格になっています」


「30%……」


 鋼太郎は、額に手を当てた。


 不合格率30%。


 つまり、作った製品の3割が使い物にならない。


 材料の無駄、時間の無駄、人件費の無駄——全てが積み重なって、生産効率を落としている。


「不合格の原因は分析したか」


「はい。最も多いのは、寸法の規格外です。公差の概念が浸透していない工房が多く、『だいたい同じ』で済ませてしまう」


「……予想通りだな」


 鋼太郎は、立ち上がった。


「ナット、全協力工房に通達を出せ。来月、王都で『品質管理講習会』を開催する。各工房から最低一名、参加を義務付ける」


「分かりました」


「それと、不合格率の高い工房には、俺が直接指導に行く。日程を調整してくれ」


「はい」


         ◆


 品質管理講習会の日。


 王都の大広間に、百人以上の職人が集まっていた。


 各地から来た職人たち。


 熟練の老職人もいれば、若い見習いもいる。


 皆、緊張した面持ちで、前方の演壇を見つめている。


「皆、集まってくれてありがとう」


 鋼太郎が、演壇に立った。


「今日は、品質管理の基本を教える。難しい話はしない。実践的な内容だけだ」


 鋼太郎は、持参した道具を取り出した。


 ノギス、定規、見本の剣、不合格品のサンプル。


「まず、これを見てくれ」


 二本の剣を並べて見せた。


 一本は合格品。もう一本は不合格品。


「この二本、見た目はほとんど同じだ。どちらが合格か、分かるか」


 会場がざわめく。


 誰も答えられない。


「分からないだろう。見た目では分からない。だから、測定が必要なんだ」


 鋼太郎は、ノギスを取り出した。


「これがノギスだ。物の寸法を、正確に測ることができる」


 合格品の刃渡りを測る。


「8.02リール。規格は8リール±0.05リールだから、合格だ」


 不合格品の刃渡りを測る。


「8.18リール。規格を0.13リール超えている。不合格だ」


 会場から、驚きの声が上がった。


「たった0.13リールの差で、不合格になるのか」


「そんな細かいこと、気にしたことがない」


 鋼太郎は、声を大きくした。


「0.13リールは、大きな差だ。この差が積み重なると、製品の性能に影響する。剣の重心がずれる。甲冑の部品が噛み合わない。盾の強度が不均一になる」


 会場が静まり返った。


「品質管理とは、『決められた規格を守ること』だ。難しいことじゃない。測定して、規格と比較して、合否を判定する。それだけだ」


 鋼太郎は、壁に貼った大きな紙を指さした。


 【神崎規格・長剣】


  刃渡り:25リール±0.1リール


  刃幅:1.5リール±0.05リール


  重量:40オンス±2オンス


  ……


「この規格が、連合軍の公式規格だ。全ての協力工房は、この規格に従って製品を作る。規格を満たさないものは、受け入れない」


「厳しすぎないか」


 誰かが声を上げた。


「今までは、『だいたい同じ』で通用していた」


「それは、平時の話だ」


 鋼太郎の声が、厳しくなった。


「今は戦時だ。兵士の命が、武器の品質にかかっている。戦場で剣が折れたら、兵士は死ぬ。甲冑が破れたら、兵士は死ぬ。『だいたい同じ』では、命を守れない」


 会場が、しんと静まった。


「俺は、皆に無理を強いているのは分かっている。今までのやり方を変えるのは、簡単じゃない。だが、これは必要なことだ。人類の未来が、俺たちの肩にかかっている」


 鋼太郎は、全員を見回した。


「俺は、皆を信じている。皆は、良いものを作りたいと思っている職人だ。その想いがあれば、必ずできる」


 しばらくの沈黙の後、一人の老職人が手を挙げた。


「神崎殿。俺は50年、この仕事をやってきた。今さら新しいやり方を学ぶのは、正直きつい。だが——」


 老職人は、真っ直ぐに鋼太郎を見た。


「あんたの言葉は、本物だと感じる。俺も、やってみる」


 その言葉をきっかけに、会場のあちこちから声が上がった。


「俺もやる」


「私も」


「教えてくれ」


 鋼太郎の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


「ありがとう。じゃあ、実習を始めよう。まずはノギスの使い方からだ」


         ◆


 講習会は、三日間にわたって行われた。


 初日は、測定の基本。


 ノギスの使い方、寸法の読み取り方、合否判定の方法。


 二日目は、工程管理。


 受入検査、工程内検査、最終検査の三段階体制。


 検査記録の付け方、不合格品の処理方法。


 三日目は、品質改善。


 不合格が発生した時の原因分析、再発防止策の立て方。


 「なぜなぜ分析」——問題の根本原因を突き止める手法。


 参加者たちは、真剣に学んだ。


 最初は戸惑っていた者も、実習を重ねるうちに、少しずつ理解を深めていった。


「神崎殿、質問があります」


 若い職人が手を挙げた。


「何だ」


「公差を守ると、作業に時間がかかります。納期に間に合わなくなるのでは」


「良い質問だ」


 鋼太郎は、黒板に図を描いた。


「確かに、最初は時間がかかる。だが、慣れてくると逆に速くなる」


 図には、二つの曲線が描かれていた。


「これは、『品質とコストの関係』を示している。品質が低いと、不合格品が多く発生する。不合格品は作り直しになるから、余計に時間と材料がかかる」


「……」


「品質を上げると、不合格品が減る。作り直しがなくなるから、結果として生産効率が上がる。トータルで見れば、高品質の方がコストは下がる」


 若い職人の目が、輝いた。


「そういうことですか……」


「そうだ。品質とコストは、対立するものじゃない。品質を上げることが、コスト削減につながる。これを『品質は工程で作り込む』という」


 鋼太郎は、参加者全員を見回した。


「皆、覚えておいてくれ。俺たちの仕事は、『良いものを作ること』だ。それだけに集中すれば、結果はついてくる」


         ◆


 講習会が終わり、参加者たちは各地に戻っていった。


 その効果は、すぐに現れた。


 翌月の受入検査——不合格率は30%から15%に半減した。


 その翌月には、10%まで下がった。


 生産量も、着実に増加していった。


 【生産実績(六ヶ月累計)】


  剣:25,000本


  甲冑:12,000セット


  盾:15,000枚


 年間10万本のペースには、まだ届かない。


 だが、確実に近づいている。


「師匠、このペースなら、年末までに目標を達成できるかもしれません」


 ナットが、希望を込めて言った。


「油断するな。まだ道半ばだ」


 鋼太郎の声は、厳しかった。


 だが、その目には、かすかな光が宿っていた。


         ◆


 ある夜、鋼太郎は一人で工房に残っていた。


 帳簿を閉じ、窓の外を見る。


 夜空に、星が瞬いている。


 ——量産か、品質か。


 その問いが、頭の中を駆け巡る。


 戦時下では、数が必要だ。


 一本でも多くの剣を、一着でも多くの甲冑を、前線に届けなければならない。


 そのためには、品質を多少犠牲にしてでも、生産量を上げるべきではないか——そういう声も、ある。


 だが、鋼太郎は妥協しなかった。


 ——品質を落とせば、兵士が死ぬ。


 それは、絶対に許容できない。


 たとえ一本の剣でも、それを使う兵士にとっては、唯一の命綱だ。


 その命綱が折れたら、兵士は死ぬ。


 だから、品質は絶対に落とさない。


 その上で、いかに生産量を上げるか——それが、自分に課せられた使命だ。


「師匠」


 背後から声がして、振り向いた。


 リーゼが立っていた。


「まだ起きていたのか」


「師匠こそ。最近、ほとんど寝ていないでしょう」


「……仕事が多い」


「分かっています。でも、体を壊したら元も子もありません」


 リーゼは、湯気の立つカップを差し出した。


「温かいお茶です。少し休んでください」


「……ありがとう」


 鋼太郎は、カップを受け取った。


 温かい陶器の感触が、冷えた手に心地よい。


「師匠」


「何だ」


「私たち、師匠の役に立てていますか」


 リーゼの声に、不安が滲んでいた。


「師匠は、大陸中を飛び回って、大変な仕事をしています。私たちは、工房を守っているだけで……」


「何を言う」


 鋼太郎は、リーゼを見た。


「お前たちがいなければ、俺は外に出られない。工房を任せられる人間がいるから、俺は安心して動ける。お前たちの働きが、全ての土台だ」


「……」


「自信を持て、リーゼ。お前は、立派な品質管理責任者だ。俺は、お前を誇りに思っている」


 リーゼの目に、涙が浮かんだ。


「ありがとうございます、師匠。私、もっと頑張ります」


「ああ。頼むぞ」


 鋼太郎は、茶を一口すすった。


 温かさが、体の芯に染み渡る。


 ——俺は、一人じゃない。


 そう思うと、少し心が軽くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る