桐生みなみ メインストーリー

「もう少しだけ、お話してから帰りたいです」


言ってしまった。

これはもう告白と同じくらいの効力をもつのではないのだろうか。



私、桐生みなみは恋愛というものを今までしたことが一切ない。

幼稚園から大学生まで、周りの学生とは基本的には最低限の会話しかしてこなかった。

一部、音楽を通じて語り合える友達がいたりしたが、恋愛対象にはならなかった。


彼、安代洋太を初めて知ったのはコロナ禍に入る前のSNSだった。

ダボッとしたジャケットに袖を通し、ギターを引っさげて必死に愛を歌う彼の姿が大きな反響をよび、瞬く間にバンドシーンを駆け上がる。

しかし、コロナ禍になり活動量が減った。

そういえばあのバンドって今何してるの?と音楽仲間の間では少しだけ話題になった。

テレビに出ていた訳でもなく、アニメのタイアップもしていなかったため、一部のバンド好きが気にかけていた印象だ。


しばらくすると解散が発表された。

曲は結構聴いていたので残念だなと純粋に思った。


今後メンバーはどうするのだろうと思っていた頃、

親に勧められたスーパーのバイトで死んだ目で品出しをしている男と出会った。

安代洋太。HUMAN HUNDREDのボーカル。

SNSやライブで見せた覇気は全くなく、負のオーラが全身を覆っていた。

正直かなり驚いた。

地元同じだなとは思っていたけども。


どうしても話をしてみたい、異性に対して初めて抱いた感情。

しかし、「HUMAN HUNDREDの安代さんですか?」なんて気まずくて言えない。

ただ、自分から誰かに話しかける時は、決まって音楽の話だった。

会話のシュミレーションを何度繰り返しても話題が続かないし、思い浮かばない。


アップの時間と帰り道が全く同じで、シフトは何度も重なっているが、別々に帰っていた。


どうしても一緒に話をしながら帰ってみたい。


安代先輩に対する興味が強くなりすぎた私は、頭が真っ白のまま話しかけてみた。


「先輩って負のオーラ全開ですよね」

「桐生にだけは言われたくないんだけど...」

「え、そんな負のオーラでてます?」

「でてるよ。全開」


急上昇する心拍数をどうにか抑え込み、話を続けた。

初めて一緒に帰ることに成功した日だった。


シフトが重なる度、私は先輩と一緒に帰った。

嬉しくてたまらない。


段々と仲が深まり、音楽の話もするようになった頃のこと。

先輩は自ら活動していたバンドの話をしてくれた。

「昔バンドやっててさ。結構いい所までいったんだけど、コロナもあって、集客も落ちて、メンバーみんなメンタル崩壊寸前で。何度も大きな喧嘩もしちゃって...

何か始める気にもならなくて、気づいたら品出しのバイトばっかりしてる」

先輩の新しい表情。暖かさの中に辛さも含まれているような。

思わず包み込みたくなる感情が湧き上がってくる。

「ごめん、こんな話。夢を諦めただけなんだけど、色んな理由をつけて美化しようとしてる。

よかったら曲聴いてみて。まだサブスクには残っててさ、HUMAN HUNDREDってバンドなんだけど―」

「知ってますよ。全曲知ってます」

先輩はずっと1人で抱えてたんだろう。

それを私に隠さずに言ってくれた。

だから私も隠さずに言いたい。

「ライブにも行ったことあります。Zeppツアーが初めてでした。正直、音楽仲間に連れられて行ったんですけど、お客さんもメンバーの皆さんの一体感とキラキラした表情がすごく好きでした。それ以来はコロナ禍になって、いつの間にか解散になっちゃって、私はすごく悲しかったです」

息継ぎもせずに一気に話をした。

先輩はすごく驚いた表情をしていたが、先に驚いていたのはこっちだ馬鹿野郎、なんて思わず言いたくなってしまう。

この後の会話どうしようかなと思考を張り巡らせていると、どこか安心したような表情の先輩が口を開いた。

「ありがと。元気もらった」

ステージで見た輝きを、

一瞬だが感じさせる表情がそこにはあった。



「いいよ。僕も桐生と話したいし」


飛び跳ねたくなるような嬉しい回答が返ってきた。


住宅街の中にある小さな公園のベンチに腰掛け、

終電までの1時間半、2人だけの時間が流れた。


もうそろそろ終電の時間。

もう少し話したいと言ったら変な勘違いをされそうだが、それもそれでありだと思ってしまう自分を殴りたい。

桐生みなみはこんなにも乙女だったのか。

先輩はどう思ってるんだろう。

「あのさ、また音楽をちょっとずつ始めようと思う。ほんと趣味程度だけど」

突然のカミングアウトに動揺する。

「それってバンド再開するってことですか?」

「いや、一旦はソロかな。色々心変わりがあってさ」

「心変わりって?」

「あまり深く言えないけど、こんな風に思えたのは桐生のおかげ。ほんとありがと。居場所を与えてくれて」

これで会うのはもう最後、みたいな言葉。

先輩が遠くに行ってしまう気がした。

「どこにも行かない、ですよね。バイト辞めたりしないですよね」

「どうだろ。辞めたら本気で音楽やりたくなった時だから、どこかで元気にしてるってことだな」

別れを告げられている気がしたが、「終電だし急ぐぞ」という言葉に抗えず、私と先輩は電車に乗った。


その日以来、先輩とシフトが重なることはなく、

2週間後にはシフト表から名前が消えていた。

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