桐生みなみ メインストーリー
「もう少しだけ、お話してから帰りたいです」
言ってしまった。
これはもう告白と同じくらいの効力をもつのではないのだろうか。
*
私、桐生みなみは恋愛というものを今までしたことが一切ない。
幼稚園から大学生まで、周りの学生とは基本的には最低限の会話しかしてこなかった。
一部、音楽を通じて語り合える友達がいたりしたが、恋愛対象にはならなかった。
彼、安代洋太を初めて知ったのはコロナ禍に入る前のSNSだった。
ダボッとしたジャケットに袖を通し、ギターを引っさげて必死に愛を歌う彼の姿が大きな反響をよび、瞬く間にバンドシーンを駆け上がる。
しかし、コロナ禍になり活動量が減った。
そういえばあのバンドって今何してるの?と音楽仲間の間では少しだけ話題になった。
テレビに出ていた訳でもなく、アニメのタイアップもしていなかったため、一部のバンド好きが気にかけていた印象だ。
しばらくすると解散が発表された。
曲は結構聴いていたので残念だなと純粋に思った。
今後メンバーはどうするのだろうと思っていた頃、
親に勧められたスーパーのバイトで死んだ目で品出しをしている男と出会った。
安代洋太。HUMAN HUNDREDのボーカル。
SNSやライブで見せた覇気は全くなく、負のオーラが全身を覆っていた。
正直かなり驚いた。
地元同じだなとは思っていたけども。
どうしても話をしてみたい、異性に対して初めて抱いた感情。
しかし、「HUMAN HUNDREDの安代さんですか?」なんて気まずくて言えない。
ただ、自分から誰かに話しかける時は、決まって音楽の話だった。
会話のシュミレーションを何度繰り返しても話題が続かないし、思い浮かばない。
アップの時間と帰り道が全く同じで、シフトは何度も重なっているが、別々に帰っていた。
どうしても一緒に話をしながら帰ってみたい。
安代先輩に対する興味が強くなりすぎた私は、頭が真っ白のまま話しかけてみた。
「先輩って負のオーラ全開ですよね」
「桐生にだけは言われたくないんだけど...」
「え、そんな負のオーラでてます?」
「でてるよ。全開」
急上昇する心拍数をどうにか抑え込み、話を続けた。
初めて一緒に帰ることに成功した日だった。
シフトが重なる度、私は先輩と一緒に帰った。
嬉しくてたまらない。
段々と仲が深まり、音楽の話もするようになった頃のこと。
先輩は自ら活動していたバンドの話をしてくれた。
「昔バンドやっててさ。結構いい所までいったんだけど、コロナもあって、集客も落ちて、メンバーみんなメンタル崩壊寸前で。何度も大きな喧嘩もしちゃって...
何か始める気にもならなくて、気づいたら品出しのバイトばっかりしてる」
先輩の新しい表情。暖かさの中に辛さも含まれているような。
思わず包み込みたくなる感情が湧き上がってくる。
「ごめん、こんな話。夢を諦めただけなんだけど、色んな理由をつけて美化しようとしてる。
よかったら曲聴いてみて。まだサブスクには残っててさ、HUMAN HUNDREDってバンドなんだけど―」
「知ってますよ。全曲知ってます」
先輩はずっと1人で抱えてたんだろう。
それを私に隠さずに言ってくれた。
だから私も隠さずに言いたい。
「ライブにも行ったことあります。Zeppツアーが初めてでした。正直、音楽仲間に連れられて行ったんですけど、お客さんもメンバーの皆さんの一体感とキラキラした表情がすごく好きでした。それ以来はコロナ禍になって、いつの間にか解散になっちゃって、私はすごく悲しかったです」
息継ぎもせずに一気に話をした。
先輩はすごく驚いた表情をしていたが、先に驚いていたのはこっちだ馬鹿野郎、なんて思わず言いたくなってしまう。
この後の会話どうしようかなと思考を張り巡らせていると、どこか安心したような表情の先輩が口を開いた。
「ありがと。元気もらった」
ステージで見た輝きを、
一瞬だが感じさせる表情がそこにはあった。
*
「いいよ。僕も桐生と話したいし」
飛び跳ねたくなるような嬉しい回答が返ってきた。
住宅街の中にある小さな公園のベンチに腰掛け、
終電までの1時間半、2人だけの時間が流れた。
もうそろそろ終電の時間。
もう少し話したいと言ったら変な勘違いをされそうだが、それもそれでありだと思ってしまう自分を殴りたい。
桐生みなみはこんなにも乙女だったのか。
先輩はどう思ってるんだろう。
「あのさ、また音楽をちょっとずつ始めようと思う。ほんと趣味程度だけど」
突然のカミングアウトに動揺する。
「それってバンド再開するってことですか?」
「いや、一旦はソロかな。色々心変わりがあってさ」
「心変わりって?」
「あまり深く言えないけど、こんな風に思えたのは桐生のおかげ。ほんとありがと。居場所を与えてくれて」
これで会うのはもう最後、みたいな言葉。
先輩が遠くに行ってしまう気がした。
「どこにも行かない、ですよね。バイト辞めたりしないですよね」
「どうだろ。辞めたら本気で音楽やりたくなった時だから、どこかで元気にしてるってことだな」
別れを告げられている気がしたが、「終電だし急ぐぞ」という言葉に抗えず、私と先輩は電車に乗った。
その日以来、先輩とシフトが重なることはなく、
2週間後にはシフト表から名前が消えていた。
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