番外編「甘すぎる日常と媚薬のチョコレート」

 二月十四日。バレンタインデー。

『月光堂』の店頭には、『特製・苺チョコ大福』を求める客の行列ができていた。

「いらっしゃいませ! はい、チョコ大福五つですね!」

 湊は看板息子として、見事な手際で客を捌いている。エプロン姿もすっかり板についた。

 工房では蓮がフル回転で大福を作っている。

 忙しい一日が終わり、店を閉めたのは夜の八時過ぎだった。

「ふぅ~、疲れた! 完売御礼ですね!」

 湊が伸びをすると、蓮が冷たいお茶を持ってきてくれた。

「お疲れ様です。……これ、どうぞ」

 差し出されたのは、小さな箱。

「え? これって」

「あなたへの、バレンタインです」

 蓮が少し顔を背けて言う。

 箱を開けると、中には芸術的に美しい練り切りが入っていた。形はハート型だが、色は淡いピンクと白のグラデーションで、和の上品さを保っている。

「特製です。中身は……秘密です」

「えー、気になる。食べていい?」

「どうぞ」

 湊は一口齧る。

 すると、中からとろりとした濃厚なチョコレートと、甘酸っぱいフランボワーズのソースが溢れ出した。さらに、ほんのりと洋酒の香りがする。

「んんっ! 美味しい! これ、すごく大人の味……」

「ブランデーを少し多めに入れました。……酔いますよ?」

 蓮の意味深な視線に、湊はドキリとする。

「……もしかして、僕を酔わせてどうするつもり?」

「さあね。……今日は疲れを癒やしてあげようかと思いまして」

 蓮の手が湊の腰に回る。

「甘いお菓子と、甘い夜。どちらがお好みですか?」

 耳元で囁かれ、湊は腰が砕けそうになった。

「……両方、欲しいです」

 湊が上目遣いで答えると、蓮は低く唸り、湊を抱き上げた。

「強欲な人だ。……たっぷりと、味わわせてあげますよ」

 工房の灯りが消え、二人の甘い夜は更けていく。

 今年のバレンタインは、チョコよりもずっと甘く、溶けるような一夜となった。

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