第19章「魔王城へ」
勇者パーティから、連絡が来たのは——清浄ギルド設立から、一年後のことだった。
「魔王城への最終決戦を——来月、決行する」
アルベルトの手紙は、簡潔だった。
「貴殿の力を、借りたい。可能であれば——王都に来てほしい」
洗一は、手紙を読み終えると、窓の外を見た。
最終決戦。
魔王との戦い。
穢れの根源を断つ——最後の機会。
「セイイチさん——行くんですか?」
セラが、不安げな顔で訊いた。
「ああ」
「でも——危険です。前回だって——」
「わかっている」
洗一は、セラの目を見据えた。
「だが——行かなければならない。俺にしか、できないことがある」
「俺にしか——」
「魔王城には——穢れの根源がある。それを浄化できるのは——俺だけだ」
セラは、しばらく黙っていた。
やがて、彼女は——決意した表情で言った。
「私も——行きます」
「駄目だ」
「でも——」
「お前には——ギルドを守ってもらう。俺がいない間、お前がトップだ」
「セイイチさん……」
「信じている。お前なら——できる」
セラの目から、涙がこぼれた。
「……わかりました」
「泣くな。出発は一週間後だ。それまでに——引き継ぎを済ませろ」
「はい——」
一週間後、洗一は王都に向かった。
今回は——一人ではなかった。
ギルドから、選抜した五人の浄化師を連れていく。
トム。そして、この一年で育った四人の上級浄化師たち。
「俺たちの役割は——後方支援だ」
出発前、洗一は五人に説明した。
「戦闘は、勇者パーティに任せる。俺たちは——穢れの浄化に専念する」
「はい」
五人が、頷いた。
「魔王城の中は——想像を絶する穢れだろう。だが——俺たちなら、対処できる。そのための訓練を、してきたはずだ」
「はい」
「命を落とすな。無理だと思ったら——撤退しろ。それが——俺の命令だ」
王都で、勇者パーティと合流した。
アルベルト、カーラ、エーリッヒ、ミラ——四人は、以前より逞しくなっていた。
「来てくれたか」
アルベルトが、手を差し出した。
「ああ。約束だからな」
洗一は、その手を握った。
「魔王城の情報は?」
「斥候が、ある程度は調べた」
アルベルトは、地図を広げた。
「城は——五層構造だ。最上階に、魔王の玉座がある。そして——地下に、穢れの源泉がある」
「穢れの源泉——」
「穢染公の核と、同じようなものだろう。だが——規模は、桁違いだ」
洗一は、地図を見つめた。
魔王城。穢れの源泉。
それを浄化すれば——この世界の穢れは、止まる。
少なくとも——進行は、止められる。
「作戦は?」
「二手に分かれる」
アルベルトは、地図を指さした。
「俺たちは——最上階に向かい、魔王を討つ。お前たちは——地下に向かい、穢れの源泉を浄化する」
「同時進行——か」
「ああ。魔王を倒しても、源泉が残っていれば——意味がない。逆も同じだ」
「わかった。引き受ける」
作戦決行の日が来た。
夜明けと共に、王国軍が魔王城に向けて進軍した。
勇者パーティと、洗一たちは——その先頭に立っていた。
魔王城は——黒い巨塔だった。
天を衝くような高さ。無数の塔と尖塔。そして——全体を覆う、黒い靄。
瘴気だ。
城全体が、瘴気に包まれている。
「マスクを着けろ」
洗一は、仲間たちに指示した。
「ここからは——息をするだけで、穢れに侵される」
六人全員が、高性能マスクを装着した。
ギルドで開発した、最新型のマスクだ。穢染公との戦いで使ったものより、さらに性能が向上している。
「行くぞ」
アルベルトの声と共に——突入が始まった。
城内は——地獄だった。
どこを見ても、穢れに満ちている。壁も床も天井も、黒い染みに覆われている。
空気は重く、一歩進むごとに——体力が奪われていく。
魔物との戦闘も、激しかった。
勇者パーティが先頭を切り、魔物を蹴散らしていく。洗一たちは、その後を追いながら——穢れに侵された兵士たちを、浄化していった。
「セイイチさん——こっちです!」
トムが、地下への階段を見つけた。
「よし。ここからは、俺たちだけで行く」
洗一は、アルベルトを見た。
「ここで別れだ」
「ああ。……無事に帰ってこい」
「お前もな」
二人は、握手を交わした。
そして——別々の道を、進み始めた。
地下への階段は——深かった。
降りれば降りるほど、瘴気は濃くなっていく。
マスクをしていても——苦しい。
「セイイチさん——大丈夫ですか」
トムが、心配そうに訊いた。
「大丈夫だ。お前たちこそ——」
「俺たちは——平気です」
トムの目には、決意が宿っていた。
「セイイチさんの弟子ですから」
洗一は、かすかに笑った。
「……頼もしいな」
地下三階で——源泉を、見つけた。
巨大な——黒い湖だった。
穢染公の核が、人の背丈ほどだったとすれば——この源泉は、建物ほどの大きさがある。
そこから、とめどなく——瘴気が湧き上がっている。
「これが——穢れの源泉」
洗一は、息を呑んだ。
【汚染鑑定】を発動する。
——対象:穢れの源泉(自然発生体)
——生成:推定数千年前
——機能:無限の瘴気発生
——弱点:中心核の破壊。ただし、人為的な浄化は極めて困難。
——警告:接触は即死レベルの危険。
即死レベル。
穢染公の核とは——比較にならない。
「……どうやって、浄化するんですか」
トムが、震える声で訊いた。
「わからない」
洗一は、正直に答えた。
「だが——やるしかない」
洗一は、考えた。
穢染公の核は——魔力溶剤を直接注入して、内部から浄化した。
だが、この源泉は——規模が違いすぎる。
俺一人の魔力では——とても、足りない。
では——
「全員で——やる」
洗一は、五人を振り返った。
「俺たちの魔力を、全て——注ぎ込む」
「全員で——?」
「ああ。一人では無理でも——六人なら、できるかもしれない」
五人は、顔を見合わせた。
やがて、トムが口を開いた。
「やりましょう」
「危険だぞ」
「わかっています。でも——そのために、来たんですから」
他の四人も、頷いた。
「俺たちは——セイイチさんの弟子です。ここで逃げるわけには、いきません」
六人は、源泉を囲むように——円形に並んだ。
洗一が、中心に立つ。
「俺が、合図を出す。合図と同時に——全員、【溶剤生成】を発動しろ」
「はい」
「魔力を、出し惜しみするな。全力で——注ぎ込め」
「はい」
洗一は、深呼吸をした。
そして——
「いくぞ——!」
六人の手から——金色の光が、放たれた。
それは、源泉に向かって——収束していく。
黒い湖と、金色の光が——激しくぶつかり合う。
「ぐっ——」
洗一の体に、激痛が走った。
源泉からの反撃。穢れが、浄化に抵抗している。
「負けるな——!」
洗一は、さらに魔力を込めた。
五人も、必死に魔力を放出し続けている。
時間が——永遠に感じられた。
どれくらい経っただろう。
一分か、十分か、一時間か——
やがて——
源泉が——縮み始めた。
「効いている——!」
トムの声が聞こえた。
「やめるな——! このまま——!」
洗一は、最後の力を振り絞った。
体中の魔力を——全て、注ぎ込む。
そして——
源泉が——消滅した。
黒い湖は、跡形もなく——消え去った。
後には——何もない、空洞だけが残った。
「や……やった……」
洗一は、その場に崩れ落ちた。
体が——動かない。
魔力を、完全に使い果たした。
「セイイチさん——!」
トムが、駆け寄ってきた。
「大丈夫——です。ただ——疲れただけ——」
洗一は、かすかに笑った。
「やった——な」
「はい——やりました——」
トムの目にも、涙が浮かんでいた。
同時刻、最上階では——
勇者パーティが、魔王を討ち取っていた。
穢れの源泉が消滅したことで、魔王の力は——急激に弱まった。
そして、アルベルトの聖剣が——魔王の心臓を貫いた。
「終わった——」
アルベルトは、剣を鞘に収めた。
「魔王は——滅んだ」
洗一たちが地上に戻ると——
王国軍の兵士たちが、歓声を上げていた。
「勝った——! 俺たちは、勝ったぞ——!」
空には——青空が広がっていた。
魔王城を覆っていた黒い靄が、消えていた。
「セイイチ——」
アルベルトが、近づいてきた。
「やったな」
「ああ。お前もな」
二人は、握手を交わした。
「これで——終わりだ」
「終わり——か」
洗一は、空を見上げた。
青い空。白い雲。
この世界に来て——初めて見る、純粋に晴れた空だった。
「終わった——な」
【第19章・了】
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