第11章「移動クリーニング車」

店への嫌がらせは、三日後から始まった。


 最初は、小さなことだった。


 店の前に、ゴミが撒かれている。看板に、泥が塗りつけられている。


 次に、噂が広まり始めた。


「清浄亭の処理は、不完全らしい」


「穢れが落ちきっていない品があったって」


「あそこに頼むと、呪いが移るって」


 根も葉もない噂だった。だが、噂というものは——真実かどうかに関係なく、広がる。


 客足が——減り始めた。


「セイイチさん——」


 セラが、不安げな顔で言った。


「今日の依頼、昨日の半分です」


「わかっている」


 洗一は、カウンターに座ったまま言った。


「灰色の爪——あの店の仕業だろう」


「どうするんですか……?」


「待つ」


「待つ——?」


「噂は、所詮噂だ。俺たちの仕事の品質が本物なら——いずれ、客は戻ってくる」


 だが——ただ待っているだけでは、不十分だった。


 洗一は、別の手を打つことにした。


「ゴルド」


 洗一は、ドワーフの鍛冶屋を訪ねた。


「なんだ、また何か作るのか?」


「ああ。馬車を——改造してほしい」


「馬車?」


「移動式のクリーニング設備を、積めるようにしたい」


 ゴルドの目が、興味深げに輝いた。


「面白そうだな。……何に使うんだ?」


「この町だけでは——限界がある。周辺の村にも、サービスを広げたい」


「なるほど。出張クリーニングか」


「ああ。それに——」


 洗一は、窓の外を見た。


「町の中で商売を妨害されているなら——町の外に、出ればいい」


 一週間後、「移動清浄亭」が完成した。


 頑丈な馬車の荷台に、作業台と水槽が設置されている。乾燥用の棚、溶剤を入れた容器、道具類——必要なものは、全て揃っている。


「すごい——本当に、動くクリーニング店ですね」


 エマが、目を輝かせた。


「これで——村にも行けるんですね」


「ああ。最初は——近くの村から始める。ミズベ領内の村々を、巡回する」


 洗一は、地図を広げた。


「一週間で、五つの村を回る。各村で一日滞在して、依頼を受ける」


「私たちも——行くんですか?」


 セラが訊いた。


「交代制だ。店番と、巡回と。今週は——俺とルカが巡回する。来週は、トムとエマ」


「私は——?」


「お前は、店を守れ。店番の責任者として」


 セラの目が、わずかに見開かれた。


「責任者——ですか?」


「ああ。お前なら——任せられる」


 最初の巡回は、順調だった。


 周辺の村々には、クリーニング店などなかった。人々は、自分で衣類を洗い、自分で繕っていた。


 そこに——「専門家」が来た。


「こ、この汚れ——落とせるんですか?」


 農婦が、汚れた作業着を差し出した。


「ああ。任せろ」


 洗一は、その場で作業着を処理した。


 泥汚れを落とし、擦り切れた部分を補強し、形を整える。


 一時間後、作業着は——見違えるように綺麗になっていた。


「す、すごい……! こんなに綺麗になるなんて……!」


 農婦は、感動したように作業着を抱きしめた。


「おいくらですか?」


「銅貨十枚だ」


「じ、十枚? そんなに安くていいんですか?」


「村の人には、特別価格だ」


 洗一は、微笑んだ。


「これからも——よろしく頼む」


 二週間の巡回で、五つの村を回った。


 各村で、数十件の依頼を受けた。


 そして——噂が広まった。


 「移動クリーニング店が来た」「あんなに綺麗になるなんて」「しかも安い」


 村から村へ、噂は広がった。


 そして——町にも、その噂が届いた。


「清浄亭って——村でも、評判いいらしいぞ」


「ああ、俺も聞いた。うちの親戚が、すごく喜んでたって」


 町の中での悪い噂を——村からの良い噂が、打ち消し始めた。


 客足が——戻り始めた。


 三週間後、洗一は次の手を打った。


「各村に——取次所を設置する」


 セラが、首を傾げた。


「取次所——ですか?」


「ああ。村の有力者——村長や、商店主——に、依頼品を預かってもらう。俺たちが巡回したときに、まとめて受け取る」


「なるほど……。そうすれば、毎週来なくても——」


「ああ。月に一度の巡回でも、依頼を受けられる」


 洗一は、地図にマークをつけた。


「ハブ・アンド・スポーク型だ」


「ハブ・アンド——?」


「中心(ハブ)と、周辺(スポーク)。清浄亭が中心で、各村の取次所が周辺。中心と周辺を、定期的に結ぶ」


 セラは、しばらく地図を見つめていた。


 やがて、感心したように言った。


「すごい……。こうすれば——もっと広い範囲を、カバーできますね」


「ああ。そして——」


 洗一は、セラの目を見据えた。


「これは——将来への布石でもある」


「将来——?」


「いずれ——王都に進出する。そのとき、この経験が——役に立つ」


【第11章・了】

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