第12章「リネンサプライの発想」
王国軍からの依頼が来たのは、移動クリーニングを始めて一ヶ月後のことだった。
「王国軍——ですか?」
セラが、驚いた声を上げた。
「ああ。ガルディスからの紹介だ」
洗一は、手紙を読み上げた。
「王国軍の兵站部門が——軍服のクリーニングを、外部委託したいと。定期的な大量処理が可能な業者を探している」
「軍服——って、どれくらいの量ですか?」
「月に千着」
セラの顔が、青ざめた。
「せ、千着……?」
「ああ。騎士団の百二十着とは——桁が違う」
月に千着。一日あたり、約三十三着。
今の態勢では——とても無理だ。
「断るんですか……?」
「いや」
洗一は、首を振った。
「受ける」
「で、でも——」
「やり方を、変えるんだ」
洗一は、新しいビジネスモデルを提案した。
「リネンサプライ」
軍の担当官——フリードリヒ中佐という男——の前で、洗一は説明した。
「リネンサプライ——とは?」
「軍服の『所有権』を、軍が持ったままにするのではなく——清浄亭が管理する、という形式です」
「管理?」
「はい。清浄亭が、一定数の軍服を保有します。軍は、それを『借りる』形で使用する。汚れたら、清浄亭に返却し、代わりの清潔な軍服を受け取る」
フリードリヒの眉が、上がった。
「つまり——軍服のレンタル、ということか?」
「そうです。これにより——いくつかのメリットがあります」
洗一は、ホワイトボードに図を描いた。
「まず、軍側のメリット。在庫管理の手間が減ります。汚れた軍服を保管する必要がなく、常に清潔な軍服が供給されます」
「なるほど」
「次に、清浄亭側のメリット。処理のタイミングを、自分でコントロールできます。緊急の依頼に振り回されることなく、計画的に処理できます」
「そして——」
洗一は、フリードリヒの目を見据えた。
「最も重要なのは——衛生管理です」
「衛生管理?」
「軍服に付着した穢れは、放置すると——兵士の体に影響を及ぼします。定期的なクリーニングにより——疫病の蔓延を、防ぐことができます」
フリードリヒの表情が、真剣になった。
「疫病——か」
「はい。清潔な軍服は——兵士の健康を守り、戦闘力を維持します」
交渉は、三日間に及んだ。
契約条件、価格、納期、品質基準——細部にわたって、詰めていった。
そして——契約が成立した。
「月額、金貨百枚」
フリードリヒが、契約書にサインした。
「これで——王国軍の兵站は、貴殿に任せる」
「ありがとうございます。期待に応えてみせます」
契約成立後、洗一はすぐに動いた。
まず、設備の拡充。
ゴルドに依頼して、大型の洗浄槽を三つ追加。乾燥機も、もう二台。
次に、人員の増強。
孤児院から、さらに三人を雇用。合計七人の従業員。
そして、業務フローの再設計。
「軍服専用のラインを作る」
洗一は、スタッフ全員を集めて説明した。
「通常の依頼品と、軍服を——別々に処理する。混在させない」
「なぜですか?」
トムが訊いた。
「軍服は、大量かつ定型的だ。同じ素材、同じ汚れ、同じ処理。効率を最大化できる」
「なるほど……」
「通常の依頼品は——一点一点、異なる。個別対応が必要。だから——分けるんだ」
リネンサプライ事業は、順調に立ち上がった。
最初の月は、苦労した。処理量が多く、品質を維持するのが大変だった。
だが、二ヶ月目からは——安定した。
軍服は、月に千着が定期的に入ってくる。処理して、返却して、また入ってくる。
ルーティンワーク。
だが、その安定した収入が——清浄亭の経営を、盤石なものにした。
「月に百枚——すごいですね」
セラが、帳簿を見ながら言った。
「ああ。これで——経営は安定する」
「でも——大変じゃないですか? 毎月千着って」
「大変だ。だが——」
洗一は、作業場を見回した。
七人のスタッフが、それぞれの持ち場で働いている。
「みんなが頑張っているから——できている」
そして、もう一つの成果があった。
「セイイチ殿」
ある日、軍の衛生官が訪ねてきた。
「王国軍の疫病発生率が——大幅に低下しました」
「そうですか」
「貴殿のリネンサプライを導入してから——兵士の病欠が、三割減少しています」
洗一は、静かに頷いた。
「清潔な軍服は——兵士の命を守る」
「その通りです。王国軍は——貴殿に、感謝しています」
清浄亭は——成長していた。
店舗での個人向けサービス。移動クリーニングでの村々へのサービス。そして、リネンサプライでの軍向けサービス。
三つの柱が——清浄亭を支えていた。
だが——
洗一は、窓の外を見た。
空には、灰色の雲が広がっている。
穢れは——広がり続けている。
この町だけではない。この国全体に。いや——世界全体に。
俺がやっていることは——所詮、対症療法に過ぎない。
汚れを落としても、また汚れる。穢れを落としても、また穢れる。
根本的な解決には——なっていない。
では——どうすればいい?
答えは——まだ、見えなかった。
【第12章・了】
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