第10章「闇の商人」

騎士団の甲冑処理は、予定より一週間早く完了した。


 ガルディスは、完成した甲冑を見て、深く頷いた。


「素晴らしい。全ての甲冑が——新品同様だ」


「ありがとうございます」


「いや、礼を言うのはこちらだ」


 ガルディスは、金貨の袋を差し出した。


「残金、百枚だ。そして——これは、俺からの礼だ」


 彼は、もう一つの袋を取り出した。


「追加報酬として、金貨二十枚。お前と、お前の部下たちに」


「追加——? そんな、契約にはなかったはずですが——」


「契約は契約だ。だが、予定より早く、予定より高い品質で仕上げてくれた。それに対する、正当な報酬だ」


 ガルディスは、洗一の目を見据えた。


「受け取れ。騎士の誇りにかけて、これは——お前たちが稼いだ金だ」


 洗一は、しばらく黙っていた。


 やがて、頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 金貨百二十枚。


 前払いの五十枚と合わせて、百七十枚。


 清浄亭の創業以来、最大の収入だった。


 洗一は、その一部を——従業員たちに分配した。


「これは——ボーナスだ」


 四人の前に、それぞれ金貨五枚ずつが置かれた。


「え——こんなに——?」


 エマが、目を丸くした。


「お前たちが頑張ったから、納期に間に合った。当然の報酬だ」


「でも——」


「遠慮するな。稼いだ金は、使え。貯めてもいいが——たまには、自分へのご褒美も必要だ」


 四人は、互いに顔を見合わせた。


 やがて、セラが口を開いた。


「ありがとう——ございます」


 その声は、震えていた。


「私——生まれて初めて、こんな大金を——」


「これからは、もっと稼げる」


 洗一は、四人の顔を見回した。


「騎士団との契約は、継続する。これからも、定期的に依頼が来るだろう。それに——」


 洗一は、窓の外を見た。


「清浄亭の名前は、王国中に広まった。これから、もっと大きな仕事が来る」


 洗一の予想は、当たった。


 騎士団の甲冑処理の成功は、瞬く間に噂として広まった。


 「穢れを落とせる店」「呪いすら浄化できる職人」——そんな評判が、王都にまで届いた。


 依頼は、増える一方だった。


 貴族の礼服、商人の高級品、冒険者の装備——あらゆる種類の依頼が、清浄亭に舞い込んできた。


 だが——


 良いことばかりでは、なかった。


 異変が起きたのは、騎士団の仕事が終わって、二週間後のことだった。


「セイイチさん、これ——見てください」


 セラが、緊張した顔で依頼品を持ってきた。


 革のベスト。冒険者から預かったものだ。


 一見、普通の革製品。だが——


「穢れが——ついてます。かなり強い」


 洗一は、ベストを手に取った。


 【汚染鑑定】を発動する。


 ——対象:革ベスト(市販品)

 ——汚染:瘴気(中程度)。人為的に塗布された形跡あり。

 ——経過:約1週間

 ——特記:汚染パターンが不自然。自然発生ではない。


 人為的に塗布。


 つまり——誰かが、意図的に穢れを付けた。


「……これは、おかしいな」


「おかしい——って?」


「穢れが、自然についたものじゃない。誰かが——わざと、塗りつけている」


 セラの顔が、青ざめた。


「そんな——なんで、そんなことを——」


「わからない。だが——」


 洗一は、依頼書を確認した。


「この品を持ち込んだ客は——どんな人だった?」


「えっと——若い男の人でした。冒険者だって。先週、この町の武器屋で買ったばかりだって——」


「武器屋で——買った?」


 洗一の目が、鋭くなった。


「その武器屋の名前は?」


 調査を始めた。


 穢れた品を持ち込んだ客——カイルという若い冒険者——に、話を聞いた。


「この革ベスト、どこで買いました?」


「えーっと——確か、東通りの武器屋で。新しくできた店だったな」


「その店の名前は?」


「確か——『灰色の爪』って店だったと思う」


 灰色の爪。


 洗一は、その名前を記憶した。


 そして、過去の依頼を洗い直した。


 すると——


 過去一ヶ月で、穢れた品の依頼が、急増していた。


 そのほとんどが——「最近購入した品」だった。


 そして、購入先を辿ると——同じ名前が、何度も出てくる。


 「灰色の爪」。


 洗一は、その店を訪ねた。


 東通りの外れ、路地裏にある小さな店だった。看板には「武器・防具・雑貨」と書かれている。


 店内に入ると、薄暗い空間が広がっていた。棚には、様々な武器や防具が並んでいる。


 【汚染鑑定】を発動する。


 視界に——灰色の靄が、浮かび上がった。


 店内の品々が——ほぼ全て、穢れに汚染されていた。


「いらっしゃい」


 カウンターの奥から、男が現れた。


 痩せた体躯。鋭い目つき。口元には、不快な笑みが浮かんでいる。


「何をお探しで?」


「……見ているだけだ」


 洗一は、店内を見回した。


 どの品も——穢れている。


 剣、盾、鎧、革製品——全てに、瘴気が染み込んでいる。


「いい品が揃っているだろう? どれもこれも——掘り出し物だ」


「掘り出し物——か」


 洗一は、店主の顔を見た。


「穢れた品を、売りつけているのか」


 店主の笑みが——消えた。


「……何のことだ?」


「この店の品は、全て穢れに汚染されている。わざと——穢れを塗布して、売りつけている」


 店主の目が、鋭くなった。


「お前——何者だ」


「クリーニング師だ。穢れを——落とすのが、仕事だ」


 沈黙が流れた。


 やがて、店主が——笑い始めた。


「ハッ——クリーニング師だと? お前が——噂の清浄亭の店主か」


「知っているのか」


「ああ、知っているとも。お前のせいで——商売が、やりにくくなった」


 店主は、カウンターから出てきた。


「穢れた品を買わせる。そうすれば、客は——定期的に、教会で浄化を受けなきゃならない。教会の浄化は——高い。だから、俺と——組んでいる奴がいる」


 洗一の目が、鋭くなった。


「組んでいる——?」


「教会の神官さ。俺が穢れた品を売って、神官が高い金で浄化する。利益は——山分けだ」


 店主は、笑った。


「完璧なビジネスだろう? だが——お前が、邪魔をしている。安い値段で穢れを落とすから、客が——教会に来なくなった」


「だから——俺を排除しようとしているのか」


「そこまで言ってないだろう? ただ——警告しに来ただけさ。この商売から——手を引けってな」


 洗一は、しばらく黙っていた。


 やがて、静かに言った。


「断る」


「あ?」


「俺は——汚れを落とす。それが、仕事だ。お前がどんな商売をしようと——俺のやることは、変わらない」


 店主の顔が、歪んだ。


「後悔するぞ——」


「後悔するのは——お前の方だ」


 洗一は、踵を返した。


「俺は——お前を、潰す気はない。だが、お前の商売で——苦しんでいる人がいる。それを——黙って見ているつもりもない」


 店を出た洗一は、深く息を吐いた。


 敵を——作った。


 闇の商人。そして、彼と組んでいる教会の神官。


 彼らにとって、清浄亭は——邪魔な存在だ。


 これから——何が起きるかわからない。


 だが——


 やるべきことは、変わらない。


 汚れを落とす。穢れを落とす。


 それが——俺の仕事だ。


【第10章・了】

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