第9章「騎士団の甲冑」

馬車が、三台連なって到着した。


 騎士団の紋章を掲げた荷馬車だ。その荷台には、木箱が山積みになっている。


「全部で百二十着——予定通りだ」


 ガルディスが、馬車から降りながら言った。


「受け入れ準備はできているか」


「はい。いつでも」


 洗一は、作業場の入口を示した。


 拡張された作業場。五つの作業台、三つの水槽、乾燥機、そして——五人のスタッフ。


 ガルディスは、作業場を見回した。


「……見事だ」


 その目には、感嘆の色が浮かんでいた。


「一ヶ月前とは——別の場所のようだ」


「必要に迫られただけです」


「必要に迫られて、ここまでやれる人間は——そういない」


 ガルディスは、洗一の目を見据えた。


「期待している。裏切るなよ」


「裏切りません」


 甲冑の搬入が始まった。


 ルカとトムが、木箱を次々と運び込む。セラとエマが、開梱して内容を確認する。


「一番——確認完了。瘴気汚染、中程度」


「二番——確認完了。瘴気汚染、軽度」


「三番——確認完了。瘴気汚染、重度」


 セラの声が、作業場に響いていた。


 洗一は、その様子を見ながら、全体の流れを確認していた。


 百二十着。


 一ヶ月で処理する。


 一日四着のペース。


 前処理(金属の磨き、革と布の洗浄)は四人が担当。穢れの浄化は洗一が担当。


 並列で作業を進めれば——間に合う。


「セイイチさん」


 セラが、報告に来た。


「全百二十着の搬入、完了しました。内訳は——瘴気汚染重度が二十三着、中程度が五十八着、軽度が三十九着です」


「重度が二十三か……」


 予想より多い。


 重度の汚染は、浄化に時間がかかる。一着あたり、三時間から四時間。


 二十三着だと——七十時間以上。


 一日三時間を浄化に充てるとして——約二十四日。


 残りの六日で、九十七着の中・軽度汚染を処理する……?


 いや、無理だ。


「計画を変更する」


 洗一は、四人を集めた。


「重度汚染の甲冑は、俺が優先的に処理する。一日四着のペースで、六日間。その間、お前たちは——中・軽度汚染の前処理を進めろ」


「前処理だけ——ですか?」


 トムが訊いた。


「ああ。穢れの浄化は、全て俺がやる。だが、前処理が終わっていれば——浄化にかかる時間が短縮できる」


 洗一は、ホワイトボードに新しいスケジュールを書いた。


「第一週——重度汚染の浄化(洗一)、中・軽度汚染の前処理(四人)

 第二週——中程度汚染の浄化(洗一)、軽度汚染の前処理継続(四人)

 第三週——軽度汚染の浄化(洗一)、仕上げ作業(四人)

 第四週——最終検品と引渡し準備(全員)」


「これで——間に合いますか?」


 セラが、不安げな顔で訊いた。


「間に合わせる」


 洗一は、断言した。


「だが——全員、覚悟しろ。この一ヶ月は、地獄だ」


 地獄は、翌日から始まった。


 洗一は、朝五時に起床した。


 まず、重度汚染の甲冑を一着、作業台に置く。


 【汚染鑑定】を発動する。


 ——対象:儀礼用甲冑(騎士団正装)

 ——汚染:瘴気(重度)。金属全体に浸透。内部まで到達。

 ——経過:約8ヶ月

 ——特記:防御魔法の機能低下(約40%減)


 重度だ。


 瘴気が、金属の内部まで浸透している。表面だけの処理では、落ちない。


 洗一は、【溶剤生成】を発動した。


 魔力溶剤を精製し、甲冑全体に塗布する。


 そして、待つ。


 溶剤が浸透するのを、待つ。


 三十分後、最初の処理を行う。布で、浮き上がった瘴気を拭き取る。


 布が、灰色に染まった。


 まだ、完全には落ちていない。


 再び溶剤を塗布し、待つ。


 この繰り返しを——六回、七回、八回。


 三時間後、ようやく瘴気が消えた。


 【汚染鑑定】で確認する。


 ——瘴気汚染:検出されず

 ——防御魔法:回復(機能低下解消)


 一着、完了。


 残り——二十二着。


 同じ頃、四人は中・軽度汚染の前処理に取り組んでいた。


 前処理の工程は、三つ。


 まず、金属部分の磨き。表面の汚れと酸化を、専用の布で落とす。


 次に、革部分の洗浄。魔力溶剤を薄めた液で、革を拭き取る。


 最後に、布部分の洗浄。これは、ランドリー(聖水洗浄)で行う。


 セラとエマが、金属の磨きを担当。トムとルカが、革と布の洗浄を担当。


 分業が、うまく機能していた。


「セラ、三番の甲冑、磨き完了」


「了解。次は——七番をお願い」


「わかった」


 会話は最小限。無駄な動きはない。


 訓練の成果が、出ていた。


 夕方六時、その日の作業が終了した。


 洗一は、重度汚染の甲冑を四着処理した。予定通りのペース。


 四人は、中・軽度汚染の前処理を十二着完了した。予定より二着多い。


「よくやった」


 洗一は、四人に言った。


「今日のペースを維持すれば——間に合う」


「セイイチさん——大丈夫ですか?」


 セラが、心配そうな顔で訊いた。


「何がだ」


「すごく——疲れているように見えます」


 洗一は、自分の手を見た。


 確かに、疲れていた。


 重度汚染の浄化は、魔力を大量に消費する。四着の処理で——体力の半分以上を使った気がする。


「大丈夫だ。明日には回復する」


「でも——」


「心配するな。俺は——壊れない」


 洗一は、セラの頭に手を置いた。


「お前たちこそ、無理するなよ。長丁場だ。ペース配分を考えろ」


「はい……」


 セラは、心配そうな顔のまま、頷いた。


 一週間が過ぎた。


 重度汚染の甲冑——二十三着、全て完了。


 中・軽度汚染の前処理——七十八着完了。残り十九着。


 予定より——早い。


「このペースなら——三週間で終わるかもしれない」


 洗一は、進捗表を見ながら言った。


「本当ですか……?」


 エマが、疲れた顔で訊いた。


 この一週間、全員が限界近くまで働いていた。朝五時から夜八時まで、ほぼ休みなし。


「ああ。だから——明日は休みにする」


「休み——?」


 四人が、驚いた顔で洗一を見た。


「このペースを続けたら、体を壊す。一日休んで、リフレッシュしろ」


「でも——納期が——」


「余裕がある。一日休んでも、間に合う」


 洗一は、四人の顔を見回した。


「休むのも、仕事のうちだ。疲れた体では、いい仕事はできない」


 休日、洗一は一人で作業場に残っていた。


 四人には休ませたが、自分は——休めなかった。


 体は疲れている。だが、頭が休まない。


 進捗は順調。だが、何か——引っかかるものがある。


 洗一は、処理済みの甲冑を、一着ずつ確認していった。


 重度汚染だった二十三着。瘴気は完全に消えている。防御魔法も回復している。


 品質には、問題ない。


 では、何が引っかかるのか。


 ——わからない。


 洗一は、甲冑の一着を手に取った。


 銀色の金属。精緻な細工。王国騎士団の紋章が刻まれている。


 二十年以上、騎士と共に戦ってきた甲冑。


 ガルディスの籠手と同じように——それぞれの甲冑に、それぞれの歴史がある。


 洗一は、甲冑を見つめた。


 そして——気づいた。


「これは——」


 甲冑の内側に、小さな刻印があった。


 名前だ。


 騎士の名前が、甲冑の内側に刻まれている。


 洗一は、他の甲冑も確認した。


 全ての甲冑に——名前が刻まれていた。


 百二十人の騎士。百二十着の甲冑。


 それぞれが——誰かの相棒なのだ。


 洗一は、深く息を吐いた。


 引っかかっていたものが——わかった気がした。


 これは、単なる「作業」ではない。


 百二十人の騎士の——命を守る仕事なのだ。


【第9章・了】

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