天気の話ばっかり

桃太郎

天気の話ばっかり

 華の女子大生が半分終わろうというのに、私には友達と呼べる人間が一人もいなかった。それどころか、他者への嫌悪や侮蔑は日増しに大きくなるばかりである。これはいったいどうしたことだろうか。


 いや、理由は単純明快。「お友達になりたいなッ♪」と思えるような人間がいないからである。

 私だって趣味や人生を語り合える友が欲しいが、そういった深い話ができそうな人間が見当たらないのだ。推しだのバイトだの彼氏だの、目先の物にはしゃぎ、一喜一憂する浅い人たちと話が合うとは思えないし、自分のことを知ってもらいたいとも思わなかった。



【はっきり言っちゃいます。周りをつまらないと冷笑したり見下してる人って、環境のせいにして逃げてるだけじゃない? って思っちゃうよ。人と話してて「楽しくない」って思うんじゃなくて、自分が楽しませる努力をした方が五億倍いいと思う。】



「うるせー……」


 SNSの文章に思わず悪態をついてから、ここが大学図書館であったことを思い出し、慌てて辺りを見回した。幸い誰も私の独り言に気付いていないようだ。背を丸め、もう一度画面をのぞき込む。


 ――自分が楽しませる努力をした方が五億倍いいと思う。


 何が楽しませる努力だ。笑い話でもしろというのだろうか。突然そんな話を始めたとしても、それこそ馬鹿にされる。真剣に聞いてくれる人なんていないだろう。


 ……いや、さすがに分かってる。友達ができないのは、私の話が絶望的につまらないからだ。例えば、話題がないからといって天気の話のみで雑談を繰り広げようとする私と、誰が話したいと思うだろうか。


 確かに私は表面的な話しかできない。でも、もっと話しかけてくれれば、何か質問してくれれば、面白い返しだってできるはずだ。誰かが気づいてくれれば。


 誰も私に気づいてくれない。気づいてくれない周りが悪い。でも、それは結局……。


 ――逃げてるだけじゃない?


「……」


 もうすぐ授業が始まるから、という言い訳を自分にして、思考を止めて席を立った。



 ❄︎



 児童教育の授業では、後期最後の週に近くの小学校から低学年のクラスを招いて、お楽しみ会をすることになっていた。私は白鳥しらとり先輩と二人組を組んで、短い紙芝居を作っている。

 いや、「二人組を組んで」、というのは正確じゃない。仲良しで群れている講義室で、余った二人が余った仕事をしているだけである。


「ねえ、枯野かれのさん、ここどうしようか」


 名前を呼ばれて顔を上げると、白鳥先輩が書きかけの絵を私に向けた。おじいさんがお地蔵様に笠をかぶせている、あの有名な昔話の一場面である。


「どうしよう、と言うと?」

「この場面って雪が降ってるでしょう。どんな雪を描こうかなと思って」

「えーっと……、白い水玉模様みたいなのを描けばいいんじゃないですかね」

「なるほどね、玉雪か綿雪かあ」


 私の適当な返事に対して、白鳥先輩は何やら深くうなずいている。


 一緒に作業をし始めてから気づいたのだが、白鳥先輩は大人しそうに見えて妙なところでこだわりが強い。そういう性格なのか、個性的なキャラにでも憧れているのか知らないが、とにかく不思議な人だ。

 男の人みたいに短い髪に、周りと頭一つ分飛び出す身長と、それを包むガーリーでひらひらした服。

 そして、基本的に二年生しかいない授業を四年になって受けている。良くも悪くも目を引く人なのだ。


 この授業でもなければ絶対にお近付きにならないタイプである。ギャルやぶりっ子はもちろん、こういう何考えてるか分かんない人間も苦手だ。


 そのとき、目の前のグループが、何があったのか知らないが、わぁっと盛り上がった。数人が手を叩きながら楽しそうに笑い、他のグループからも、何事かと人が集まってきている。


「なんだろうね」

「さぁ……」


 どうせくだらないことだろうと動かなかったが、白鳥先輩も席に着いたままなのは意外だった。

 近くに騒ぐグループがあることで、私と白鳥先輩の静けさが強調されている気がした。


 ……いや、違う、気まずくなんてなってない。気のせいだ。作業に集中すればいいだけなのだ。作業に……。


「あ、雨降りだした」


 ぎゅ、と体が縮み上がる思いがした。白鳥先輩はどういう思いで雨のことを言ったんだろう。しゃべらない私といるのが気まずくて、無理やり話題をひねり出したりしたんだろうか。


「そう、ですね」


 小さな声で返事をした。会話が続かなくなってしまう。どうすればいいのだろう。


「これは氷雨かな」

「……ヒサメ?」

「うん、みぞれみたいな、冷たい雨のことをそうやって呼ぶの」


 私がぽかんとしていると、白鳥先輩はハッとして、照れたように口元に手を当てた。


「ごめんね。この前日本文化の授業で、こういう天気の言い方とか季語とか習ってさ。それからずっと、何か見たときに、これはアレかなー、とか考えちゃうんだよね」

「……日本文化の講義取ってるんですか。必修じゃないのに」

「うん、せっかくの大学生活だから、何でもかんでもやってみたくてさー、ま、いろんなものに手を付けすぎたせいで、卒業間近に二年に混ざってこの授業出なきゃいけないんだけどね」


 白鳥先輩はそう言って、乾いた声で笑った。



 ❄︎



【厳しいこと言うけど、人見知りを言い訳にコミュニケーション取らない人って本当に成長しないよ。人は一人じゃ生きられない。話しかけられるのをただ待ってるのは努力不足だよ。】


【天気とか食べ物とか、無難で適当な話題は絶対NG! 初対面だからこそ、ただの世間話ではなく、共感と刺激を生む会話を! 話題のストックを増やすならこちらのURLから……。】


「枯野さん、おまたせ」


 液晶画面に浮かぶ、不快なだけの文字列をなぞっていると、目の前に白鳥先輩が現れた。講義終わりに集まった私たちは、明日の紙芝居発表に向けての最終準備をするため、大学内のカフェに向かった。



 ❆



「今日は、ずいぶん寒いね」


 作業がひと通り終わったとき、机の上で厚紙をそろえながら、彼女は思い出したように言った。


「……ああ、そうですね」

「明日は、初雪かもしれないよ」

「へえ、それは面倒ですね」


 マーカーを片付けながら返事をすると、白鳥先輩は頬に手を当てて、少し笑った。


「でも、子供たちは喜ぶんじゃないかな」

「あー、まあ、そうか。……なんか、白鳥先輩もうれしそうですね」

「ふふふ、そうね。私も雪が好きなの」


 彼女は、どこか遠くを見るようにうっとりと目を細めていた。長い指に押され、柔らかく光る頬が少しへこむ。


「たくさん降りすぎたら大変だけど、雪の降り始めは楽しくて好きなんだ。それに……、前に、枯野さんに季語の話をしたよね?」

「ああ、なんか、雨とか雪の呼び方ですよね?」

「そう。色んな呼び方を知ったときにね、天気とか季節って、自分の気持ちによっても見え方とか表し方が違うから面白いなって思ったの」


 天気や季節の話をしているのに気まずくないな、と気づいたのはそのときだった。いつも人と話すときに感じる、猫なで声で探られているような感覚や、適当に表面だけを通り過ぎるような感覚はまるでない。

 私は、確かにこの人の目を見て話していた。


「……白鳥先輩は、雪をどう呼ぶんですか」


 私がそう聞くと、彼女はいたずらっこのように歯を見せた。


「明日……、初雪が降ったら教えるね」


 遅くなっちゃうし帰ろうか、と言って、白鳥先輩は紙芝居とマーカーを大きなリュックに入れた。



 ❄︎



 最後の授業はなんの問題もなく終わった。小学生と上手く接することができるだろうかと心配していたが、それは杞憂である。

 実際には、上手く動けているかを気にする暇がないほど忙しかったのだ。

 私自身が楽しかったのかは自身でもよく分からないが、疲労と謎の達成感に包まれて大学を出た。


 雪は降っていない。


「……白鳥先輩に、最後に何か言った方が良いかな」


 大学の門へ向かいながら、口の中でそう呟いてみた。


「白鳥先輩、もう卒業しちゃうし…、話すとしたら、最後のチャンスだろうし……」


 それでも足は門を出てしまう。思考と体がバラバラだ。


 なんで帰ろうとしてるの、なんで白鳥先輩に話しかけられなかったの、もう会えないかもしれないのに、白鳥先輩と仲良くなりたかったのに、と頭の中で自分が責めてくる。


 うるさい、うるさいな。被害者面するなよ。人と上手く話せない臆病者だって、自分が一番知ってるくせに。


 信号待ち時間の思考すら不快で、白い息を吐きながらSNSを開いた。黒画面に白文字の、シンプルなのにまとわりつくような言葉が目に飛び込んでくる。


【人見知り克服】だの【相手に好かれる話し方】だの【深い会話ができるコツ】だの、なんでみんなそういう話ばっかりなんだろう。


 ……いや、わかってる。私がそればっかり気にしてるからだ。見つけたらつい読んでしまって、それでいて最悪な気分にならないと気がすまないからだ。


 ふと気がつくと画面の隅が濡れている。涙かと思ったが、違う。

 雪だった。


 顔をあげる。電気屋に備え付けられた大型ビジョンが初雪の予報を映している。

 信号が青になり、人混みが動き出す。雪にはしゃぐ子供や、浮き足立った足取りの大人もいた。

 SNSを更新する。新しいタイムラインには、【初雪】の文字が踊っている。


「……なんだ、意外とみんな、天気の話してんじゃん」


 私は大型ビジョンの天気予報に背を向け、元来た道を駆け足で戻った。



 ❆



 白鳥先輩が、ちょうど大学の門から出てくるのが見えた。


 向こうも私に気づいたのか、軽く手を振って、その口がゆっくりと開く。

 彼女が何か言う前に、私は走ってきた荒い息のまま、大声を出した。


「これって! 瑞雪ずいせつですよね!」


 昨日、家に帰ってから調べた雪の表し方。瑞雪は「めでたい雪」とか「嬉しい雪」とか、なんかそんな意味だったはずだ。


 目を細めた白鳥先輩がゆっくりと近づいてくる。少し雪の乗った長いまつ毛の奥にある瞳に、まだ息の整わない私が写っている。


「正解!」


 白鳥先輩はとびきりの笑顔でそう言った。初雪が紙吹雪のように、私たちに降り注いでいた。



 ❀



 別に何が変わったわけでもない。


 白鳥先輩とは結局、天気の話しかしなかったし、私は相変わらずどうしようもない人見知りのままだ。


 ――白鳥先輩は、春の青空をなんて呼ぶのだろうか


 何が変わったわけでもない。でも、そう考えるとき、世界は少しだけ私に優しい気がするのだった。

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