家族
彼女にとっての創造とは、目的に至るための手段でしかなかった。
そこに価値や意味は存在しない。
ただ言われた通りに腕を動かし、決められたものを作ればいい。
そこに創造主としての独自性は介在しない。
相手の意向に従って生み出したものが何をしようと、自身の知ったことではない。
すべてを失う日が来るまでは。
薄暗い地の底で目を覚ますと、そこには指示を与えてくれるものはいなかった。
誰も彼女を必要としていなかった。
やがて彼女は、何のために創造するのか――分からなくなった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
それからしばらく彷徨っている時だった。
彼女が――
◇
家に招待された。
薄暗い下水道の中をしばらく歩くと、とある円形の入り口に入る。
そこには洞穴のような小空間が広がっていた。
彼女は女の子に、一人で住んでいるのかと尋ねた。
「お父さんとお母さんがいたんだけど――こっちに来てすぐお星さまのところに行っちゃって、まだ帰ってこないの」
ここで父と母の帰りを待つと、女の子は元気いっぱいに彼女へと微笑みかけた。
話を聞くと、女の子は地上でも落ちぶれた家庭環境に苛まれ、やがて人々の罵詈雑言を背中に帯びながらここに至ったという。
一人ひっそりと感慨にふけっていると、胸元に小さな触感が張り付く。
女の子の小さな手が、彼女の背に手を回していた。
昔より遥かに環境は酷い。
あちこちで汚物の激臭が鼻を突くことを止めず、掌や顔面も薄汚れて黒く変色していた。
なのに――こんなに温かいのはなぜだろう。
ずっと一人で黙々とやってきた彼女にとって、それは新鮮な
ふと、女の子の背後に小さな二つの置石があることに気づく。
女の子の家の風習で、星に昇った人間は小さな船に乗り、天使の国へ送る習慣があるという。
この小規模スペースに二つの置石――いわゆる墓石を目印に、人間は天使の国から再び帰ってくるという。
彼女はそれを見ると、近くにあった金具を手に取り、ゆっくりと形を整えて始めた。
背後の女の子は不審がっていたが、次第にそれが墓石を壊す行為ではないと理解してくれた。
両親の墓を綺麗に整え、部屋の隅へと丁寧に置く。
女の子と彼女は顔を見合わせると、光のない部屋の中で互いに微笑みあった。
◇
それからしばらくして、女の子と彼女は一緒に暮らすようになった。
地上のゴミ捨て場で食べられるものを探し、部屋に持って帰っては口にする。
抵抗感こそあったが、他に当てのない彼女はこれに頼るしかなかった。
それに、こちらの言葉は理解できても、肝心の文化や世界のルールなどはまるっきり違うため、理解するまで相当な年数を費やすことになるだろう。
あちらで暮らしている頃にはまったく気にしていなかったことだ。
隣に座る女の子を見て、彼女はこれからの計画を静かに練っていた。
ある日、いつものように下水道へと戻ると――女の子は力なく床へと倒れていた。
あまりにも軽いその体を抱きかかえ、必死に揺する。
たった一ヶ月程度の関係とは言え、彼女にとって女の子はもはや家族同然の存在だった。
「あ……お帰りなさい」
女の子は小さく口を開いた。
ゆったりと手を彼女の方へと伸ばすと、彼女はしっかりとその手を握りしめる。
「お姉、ちゃん。お墓の石……直してくれて、ありが……と――」
手の中で、女の子の中の灯が、ふっと消える。
まるで強く吹いた風が、ろうそくに灯る火をあっさりとかき消すように、
女の子の動かなくなった体を抱えると、優しく丁寧に近くの下水へと運び、そっと水に沈める。
部屋の中に戻り、近くにあったわずかな石ころを整形すると、彼女は部屋を後にした。
その部屋には――三つの墓石がただ静かに佇んでいた。
◇
「家族だと? その器が?」
男はリボルバーを構える。
博士はその姿に苛立ちを覚えつつも、懐の家族を抱きしめたまま放さない。
――ブランカ……
瞳を閉じた姿が、数十年前のあの子の姿と重なる。
手元の女の子を優しく撫でる。
瞬間、うるさい喚き声が耳に届く。
「さっさと死ね!」
ダダダダ、と連続する銃声。
その音を聞けば、この世界において人間は物陰に隠れざるを得ないが――
「必要ない」
弾く。
空気よりも薄い不可視の膜が、弾丸の雨を遮る。
ゆったりと女の子を抱えて立ち上がると、銃を構えた男たちの方へと、白衣の銀髪は歩みを進める。
「何しやがった、この女!」
乱射される弾丸の嵐。
だがしかし、堂々と培養ドームの部屋の真ん中を二人は歩いていく。
前方に展開した透明な膜の足元に、パラパラと空の薬莢が転がる。
やがて頭目の大男の目の前を、銀髪の女は通り過ぎる。
「こ、この――化け物め!」
その後も銃声は止まない。
銀髪は部屋の入り口に到達すると、背後の男たちを睨みつけた。
――やかましい。
手を天井へと掲げる。
次の瞬間、床に散らばった無数の薬莢が浮遊する。
それに周囲を包囲された男たちが、銀髪の女の背後であたふたとしながら周囲を見渡す。
為す術が無くなり、大男が口を開いた。
「分かった! もうここには立ち入らない、なんでも言う事を聞く! だから――」
「じゃあ命令だ――――死ね」
パチンと、銀髪の指が頭上で弾けた。
氷のように冷たい視線は、いつまでも背後に降りしきる死の雨をただ――眺めていた。
◇
いつもの部屋の匂い。
少女が世界で一番嗅いでて好きな香りが鼻孔に満ちる。
瞼を開けると、ずきりとした痺れと痛覚が足首から流れてきた。
どうやら先ほどの出来事は夢ではないようだ。
「おはよう、ブランカ」
博士はいつも通り白衣を身に着け、椅子に腰かけながらブルーライトで顔面を青く染める。
すると彼女は、ゆったりとブランカの元へと歩み寄る。
やがて屈んだ姿勢を取ると、頭に細い触感が到来する。
「よしよし」
頭を撫でながら髪を指の腹で掻き分ける。
博士の表情がより鮮明に見えた。
とてつもなく綺麗な博士の長い銀髪がさらりと揺れ、ブランカの顔を優しい眼差しでまじまじと眺めてくる。
「博士」
「何かな?」
「いろいろと聞きたいことはあるんですけど」
「うん」
「とりあえず――珈琲淹れてきてもいいですか?」
「それじゃあお言葉に甘えてお願いしようかな」
博士の優しい手つきが離れていく。
ブランカは博士の手を取り、ベッドから立ち上がる。
机に置いてあったいつものお盆を手に、彼女は入口へと向かう。
「ブランカ」
背後で博士の声がする。
振り向くと、銀髪の彼女は微笑みながら、
「おかえり」
今は天高くで煌めく星を見通すかのような瞳で博士は言う。
今日も本調子な
博士とブランカ Zaku @zaku3483854
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