家族?

 外出から三日が経過した。


 ブランカは相変わらず、お盆の上に珈琲を乗せて、博士の部屋へと届ける日課を過ごしている。


 しかし、今のブランカはすがすがしい気分だった。

 以前は珈琲を入れ、朝から晩まで博士の仕事を手伝うことを、何も抱かず過ごしてきた。


 しかし、ブランカはふと思った。

 なぜ博士は自分を作ったのか。


 その答えを、先日の外出で理解したような気がして、彼女の中にぽわっと淡い光が灯っているような気がした。


 ――そっか。私、博士の家族でいいんだ。


 改めて自分の存在を再定義し、ブランカは軽い足取りで研究室を目指す。

 目的の場所に続く曲がり角が見えると――


「あ? なんだお前」


 大きな小太りの男――廊下の天井に届くほどの――が、ブランカを見下ろしていた。


 隣には、黒光りの銃口を両手に携えた中背の武装した男二人。

 無論、この地下の存在を知るのは博士とブランカ以外にはいない。


 盆の上に珈琲の水面には波紋が生じていた。


 ブランカは警戒の色を示すと、


「あの、関係者の方ですか?」


 そう言うと、男たちは顔を見合わせる。

 大男が首を横に振ると、取り巻きの武装した一人が首肯し――手元の銃をブランカへと構えた。


「悪く思うな」


 その刹那――珈琲の中身を飛ばすブランカ。

 熱された挽き立ての液体が三人に掛かる。


「――っ、あっっ!?」


 武装しているとはいえ、染みれば一瞬だが判断を鈍らせられる。


 それが功を奏したのか、銃撃はブランカではなく、床から天井へと穴をあけていく。


 けたたましい銃声。


 曲がり角へと走り込み、不慣れな足で懸命に前を目指す。


 すぐさま背後から銃声音が鳴り、弾丸が乱射される。


 それらがブランカの周囲を掠めていく。


 幸い一発も当たらず、長い地下の廊下をひたすら走り抜ける。


 その間にも銃声は止まず、足音と共に彼女へと近づく。


「っ、はぁ……っ、はぁ……!」


 呼吸が荒い。

 いつまで走り続けられるか分からない。


 ただ博士にせっかく作ってもらった命。

 簡単に散らすわけにはいかないと、彼女は必死に足を動かす。


「止まりやがれ!」


 新たな銃声と同時に、微かな痛みが走る。


「――ッ、……っ……!!」


 体勢が崩れ、床へと倒れ込む。


 周囲を見渡すと、そこは大量の培養ドームが置かれた部屋だった。


 正面を見ると、ブランカと同じ見た目をした人型が、膝を抱えて液体の中に浮かんでいる。


「見事なもんだ。さすがはあの天才、いや――イかれ女が作った器だ」


「うつ……わ?」


 背後から先ほどの大男が入室。

 二人の兵士は傍で銃を構えていた。


 ブランカの足の痛みなど気にせず大男は続ける。


「なんだ、聞いてないのか。お前、あの女に利用されてんだよ」


 男はそう言うと、ブランカの眺めている培養ドームへと発砲。

 続けて乱射し、表面のガラスに銃痕を次々と形成していく。


 やがて軽快な音が鳴り響き、培養ドームが破裂。

 水流に押し出され、中のものがどすっ、と落下する。


 ドームの天井から伸びる何本もの管でつながった――ブランカにそっくりな見た目の人型。


「これはな、あの女が用意した、”器”だ。奴は、死んだ人間を生き返らせる禁断の実験を行っている」


「何の……話ですか? 博士からはそんなこと、一度だって――」


「聞かせるわけないよな? なんせお前も、その”器”の一つなんだからな」


 大男が目の前のブランカと瓜二つの見た目をした人型をぐりぐりと踏みにじる。

 ゴキキと、人体において鳴ってはならない音が、その頭部で響いた。


「やめて……ください。それは博士の大切な……大切な――」


 瞬間、言葉に詰まる。

 頭の中の二文字が、続く言葉とうまく紐づかない。


 目の前にいる赤の他人の言葉など、妄想の域を出ないはず。


 しかし――彼女の思考は腑に落ちていた。


 認められるはずがない。


 ――私は博士にとっての、なんだ?


 問いの循環が途絶え、ブランカの中の定義が崩壊しかける。


 じぃぃぃと、ネジを回すような音が頭上で響く。

 次の瞬間、硬く細長いものが頭に突きつけられる。


 形状は博士あのひとにもらった図鑑で理解していたが、こんなにも中身をぶちまけて楽にしてほしいと懇願することになるとは。


「じゃあな。哀れな器候補者」


 空気を引き裂く銃声。


 しかしそれが、ブランカの意識を刈り取ることはなかった。

 ふと、閉じた瞳を開ける。


 そこには――いつもの白衣を身にまとう博士あのひとの姿があった。



「私の大切な家族に――何をしている」



 静かな怒気のこもった銀嶺の声。

 胸へと抱きとめる腕の力は、まるで誰にも渡すまいという意気込みさえ感じさせる。


 だがそれは家族としてなのか、器としてなのか判別がつかないブランカであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る