第8話 病院

 病院の待合室に、真澄さんはいた。

 僕に気が付くと、急いで駆け寄ってきた。

 真澄さんは泣き疲れた顔をしていた。

「柏崎さん、お忙しいところ、来て下さってありがとうございます」

「いえ、大丈夫ですよ。洋子さんの容態はどうなんですか?」

「今は、意識が戻っていません。医師の方も原因が分からないと言っています」

「そうですか……ちょっとパソコンを拝見してもいいですか?」

「はい、どうぞ」

 

 その画面は、洋子さんが横たわり、その後ろにヤマタノオロチがいる、という絵面だった。

 入力フィールドにカーソルを合わせて、僕はひらがなを入力した。

『なぜ、そちらがわに、ようこさんがいるんだ?』

『生贄だ。この女を喰らってから、我も消えることにした』

『まってくれ。いけにえとは、きえるとは、どういうことだ?』

『そのままの意味だ。この女は言葉で我を倒そうとした。そして我は強大な力を失った。この女には、それ相応の仕返しをせねば、気が済まぬ。この女は、こちらの世界でも、お主がいる世界でも、二度と帰らぬようにしてやる』

 そう言うと、ヤマタノオロチは大笑いをして、スピーカーからは不協和音がした。

 それを聞いた真澄さんは、号泣していた。


「落ち着いてください、真澄さん。まだ僕がいます。お姉さんが助かるなら、僕もがんばります」

 すると真澄さんは顔をあげ、ニコリと笑った。

「……ありがとうございます」

 やっと僕に、心を許してくれたような気がした。


『では、やまたのおろち。おまえはそのままきえて、ほんとうにまんぞくできるのか?』

『それは一体どういう意味だ』

『ぼくはおぼえている。あなぐらむをつかって、おまえがうったえていたことを』

『……』

『ほんとうの、おまえのねがいは。じぶんのははをみつけてほしい、だろう?』

『そのことか。もう我の母神は、この世界におらぬ。どこにもおらぬのじゃ』

『そうだったのか。ぼくも、ははを、おさないころに、なくしている』

『何故だ?どうして失った?』

『あるおとこにだまされた。そして、ころされた。この、ぼくがつけている、じゅずのおまもりをのこして』

 真澄さんに、インカメラがオンの状態になっていると聞いたので、僕はカメラに自分の左手首の数珠を近づけてみた。

『それがお主の、母の御守りなのか?』

『ああ。ははのおもいでになるものは、これだけだよ。それからぼくは、ひとりぼっちでいきてきた』

 女性が苦手なのも、すべて、母のことを思い出すから。

 だから、見ないようにしてきたんだ。

 傍らにいる真澄さんは、泣いていた。

「ごめんなさい、まさか、柏崎さんがそんな辛い目にあったなんて、知らなくて」

「あはは、いいですよ、気にしないでください」

『お主は、辛くないのか?』

 ヤマタノオロチの声に、僕は驚いた。

 僕のことに対して、同情しているのか?

『やまたのおろち。ぼくはもう、のりこえたんだ。ないものは、ない。おいもとめて、どこをさがしても、しかたがない。きっと、かあさんも、ぼくがずっとなげいていても、うれしくはない。そうおもって、ぼくは、ひとりで、がんばってきた』

『そうだったのか……だが我はお主のように、乗り越えられるのだろうか。教えてくれ、どうやたら、乗り越えられる?』

『それは』

 言葉を打ちかけて、ハッとした。

 画面上に、洋子さんが、いない。

 そして隣をみた。

 真澄さんも、いない。

 誰もいない病院の待合室に一人残されて、背筋がゾッとした。

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