第3話 ウイルス

「妹の真澄は、いわゆる才色兼備でして。街を歩けば、ほぼ全ての男性が振り向くほど……と言ったら過言ですが、姉の私から見たらそれくらいなので。ちなみに妹の職業はモデルです。大手企業の新作の服を着て撮影して、女性向けのファッション雑誌に掲載されています。デザインに関して精通しているので、私に、よく服についてのアドバイスをしてくれます。ただ最近、ものすごく悩んでいるみたいで。私が話しかけても、自分で考えるから放っておいて、の一点張りなんです」

 ……なるほど、そういうことだったのか。

「何かお困りのことがあれば、僕も相談に乗りますよ」

 ちょっとだけ、洋子さんに惚れてしまっていたのかもしれない。

 勢いで、普段なら言わないようなことを口走った。

 

 すると。

「え?……ほ、本当ですか?」

 洋子さんは目を潤ませて、少し涙をこぼした。

 彼女は急いで、ハンカチを取り出し、涙を拭っていた。

 ……そんなに悩んでいたのか。

「えっと、その……柏崎さん、相談に乗っていただけますか?」

「はい、まだまだ時間もあるので、相談なら聞きますよ」

 妹の真澄さんが、どんな女性かは知らないが、洋子さんにとって大切な妹さんなのだから、僕の力が及ぶ範囲内なら、聞きたいと思った。

「柏崎さんは、ヤマタノオロチをご存知でしょうか」

「えっと……ああ、幼い頃に絵本で読んだ記憶があります。毎年、夫婦の娘を喰らう、怪物みたいな存在ですよね。それで、男の神さまがヤマタノオロチをやっつけて、娘を助けた……という話だったと思います」

「そうです、よく覚えていらっしゃいますね。実は、今でも存在しているんです」

 ……え?

 僕は思わず面食らった。

「あ……いえ、ヤマタノオロチと言っても、ネットワーク上の存在です。いわゆるコンピュータウイルスなんです」

「ああ、驚きました。実際の生物だと思ってしまいました」

 僕は思わず苦笑した。

「はい、言葉足らずで申し訳なかったです。そのウイルスは、様々な女優、アイドル、モデルなど、巷で有名な女性のブログやサイトを乗っ取り、画面上にヤマタノオロチの画像だけ残し、最終的にはブログやサイトを閉鎖せざるを得なくなるんです。そして今、乗っ取られているのが、妹の真澄の、同期のモデルさんのサイトなんです」


「なるほど……なぜ女性のブログやサイトばかり狙うのか、不思議ですね。その仕組みは分かりませんが、ウイルスならば、何らかの除去ソフトなどで対応はできませんか?」

「それが、どのソフトウェアを用いても消えないそうです。あ、ちなみに妹の真澄はプログラミングにも詳しくて、色々と調べてみたそうですが、ダメだと言っていました。なので、私が話しかけても、ものすごくイライラしていて。私も力になりたいのですが、無力で。どうしたらいいのか、もう分からなくて」

 そう言うと、洋子さんはハンカチで涙を、またもや拭っていた。


 正直に言うと、僕は他人のことには一切、首を突っ込まない性分だ。

 いつも恩を仇で返される、期待しては裏切られる。

 そんな人生だったからだ。


 でも、直感ではあるけれど、洋子さんの問題は、そして重荷は、相当なものだと思う。

 期待はしていない。

 見返りも要らない。

 だけど、力にはなりたいと思った。

「もしよろしければ、そのヤマタノオロチに感染したパソコンを、見せてはいただけませんか?僕も興味本位で調べてみたいと思うので」

 すると、パアッと、洋子さんの表情が明るくなった。

「え……、あの、本当によろしいのでしょうか?」

「はい。まあ、たまには仕事以外でも、刺激が欲しいので。僕は調べてみるだけですが、それでもよろしければ」

「ありがとうございます。あ、すみません、仕事の打ち合わせの邪魔をしてしまって。お店の迷惑になってはいませんでしょうか」

「それは気にしなくていいですよ。この喫茶店、そんなに堅苦しい所ではないので。さっき頼んだ、翡翠の雫というネーミングのコーヒーも、僕は愛飲していますし」

「ひすいのしずく……素敵な響きのコーヒーですね」

「あと、僕はよく、帰りに豆を挽いてもらって、自分の家でもコーヒーを飲んでいるくらいです」

「そうなんですか。私もお土産に、挽いてもらおうかしら」


 そして、仕事の打ち合わせが終わった後、洋子さんはタクシーで、僕は車で家に帰った。

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