第3話 死に戻り



 クロノが生きていた。

 

 その事実がじわじわと、私の涙腺を刺激する。

 でも、今は泣いてはいられない。

 私はぐっと堪えてクロノに話し続ける。


「その本、ビーの冒険譚だよね?私も好きなんだ」


「俺も好きなんだ。奇遇だね。他に何が好き?」


「えっとね……」


 1周目の焼き直しの会話なのに、退屈だとかはなくて。

 楽しそうなクロノをみているだけで、心がほぐれていく。

 変わらない彼の様子に、安堵した。


 入学式が始まる時間になり、私たちの会話は自然と終わりを告げた。それでも、彼の視線の熱が、再会が近いことを感じさせた。


 式が終わると、私は皆との出会いをやり直した。

 カレンとは教室で、リーシュとは教室の入り口で、シャンテとは廊下で出会った。記憶通りの振る舞いをする。

 義兄のロイとも会い、その友達のカイルとも会った。

 初めて出会った時と同じように、笑顔で接しながらも、手のひらにはじわりと汗が滲んでいた。


 この中に、クロノと私を殺した、犯人がいるかもしれない。


 喉がカラカラに乾き、引き攣りそうになる笑顔を必死に保ちながら、私はやり直しを続けた。

 


 「終わった……」


 あの日、私が告白することを知っていたメンバーとの、再会が終わった。

 変わらない出会い、変わらない反応に、少し胸を痛めながらも私は違和感を探し続けた。

 当然のように何もわからなかった。クロノに恨みがあったとしても、出会ったばかりの私にそれを出すわけもない。


 「……でも、犯人は同じタイミングで行動を起こすのかな」


 疑問を口にして、ふと不安になる。

 もし、犯人がすでに殺意をもっているなら……。

 お腹の底が冷え、ぶるりと震える。


 ――クロノを守らないと。


 私は歩みをはやめ、クロノのもとへ向かった。

 廊下を進み、教室に入った時、体が硬直する。


 机に覆いかぶさり、ぴくりとも動かないクロノ。腕はだらんと机から伸びている。

 ぶわっと汗が噴き出る。私は走って彼のもとに駆け寄る。

 汗が出ているのに、血の気が引いて、指先が冷たくなっていく。

 荒くなっていく呼吸を落ち着かせながら、名前を呼ぶ。


 「クロノ……?」


 反応がない。頭が締め付けられるように、痛い。

 

 「クロノ!」

 

 長い睫毛がぴくりと動き、瞼が開く。そして、視点の定まらない瞳が私を見つめた。


 「……アリア?どうしたの」

 

 そういいながら、欠伸をする。

 その様子に、私は力が抜け、床にへたり込む。


 「えっ、大丈夫?」

 

 狼狽えるクロノに、大丈夫、と伝える。

 立ち上がろうとして、机を掴もうとした時、自分の手がぶるぶると震えていることに気が付く。

 その場で深呼吸をして、浅くなっていた呼吸が戻り、空気が入り込んでくる。


 「いやぁ、倒れてるかと思っちゃって!ごめん、ごめん。じゃあ、もう行くね」


 私は立ち上がり、にっと笑って立ち去る。

 廊下を向いたとき、じわりと涙がにじんだが、袖でぬぐって、そのまま進む。

 何もなくて、よかった。

 でも……。

 少しの予感が、私の足取りを重くさせた。

 



 その日から、地獄のような日々が始まった。


 いつ殺されるかわからないクロノを見守る日々。

 直接話をしているときは良かった。でも、視界からクロノが居なくなると、不安で、すぐに彼を探しに行った。

 会えない時間はいつもそわそわしてしまい、食事もうまく喉を通らない。

 

 一番問題なのは夜だ。

 彼が見えないことだけでなく、本当に彼を守れるのか?彼と生き残れるのか?と、未来への不安が一気に押し寄せてきた。

 いくら考えても答えの出ない不安は、私は押しつぶし、目を閉じても眠ることが出来ない。

 うまく眠れず、布団を頭までかぶり、自分を守るようにして必死に瞼を閉めた。

 

 そんな日が二週間続き、とうとう、私は教室で倒れた。



 「アリア、大丈夫?」


 寮の自室に運ばれた私の元に、皆が駆けつけて心配してくれた。

 見るからに、やつれ、深く隈の刻まれた様子に、皆が前から心配をしていたと。

 色とりどりの花や、お菓子やフルーツが、疲れ果てた私と対照的にきらきらと輝いて見える。


 花弁にそっと触れると、私の指に沿って、やわらかく弧を描く。

 その様子に、思わず笑みが浮かぶ。

 皆、まだ出会ってから、そんなに時間が経っていないのに、優しいなぁ。


 今までの私だったら、そこで終わっていた。今は、その奥から暗い影が押し寄せる。

 ……本当に、優しさだけなのかな、と。

 

 床に、ぱた、ぱた、と涙の粒が落ちる。

 こんなの、もういや。こんな思考になってしまった自分が、嫌。なんで、こんなことになってしまったの。

 私は手のひらで顔を覆い、唇を噛み締める。


 

 コン、コン。


 部屋をノックする音がして、私は急いで袖で涙をぬぐい、はい、と答える。

 ドアが開かれると、黒髪の長い三つ編みが揺れている。


 「アリア?大丈夫……?」

 

 「シャンテ……」



 そこには、不安そうな表情をしたシャンテがいた。


 「あの、部屋の前を通りがかったとき、泣き声が少し聞こえて。その、大丈夫?」


 シャンテはおどおどしながらも、私を見つめる瞳は心から心配しているようにみえた。

 私は、大丈夫と声を出す。その声は思っていたよりも震えてしまっていて、自分の表情が、こわばったのがわかった。

 彼女は、じっと私を見つめ、ぎゅっと唇をつぐむ。

 そしてベッドに腰かけ、私の頭に手を伸ばし撫でた。

 彼女はそんなタイプではないのにと、少し驚く。

 だが、そうまでしても元気づけたいと思ってくれたのか、と思うと、また涙が滲む。

 シャンテは何も言わずに、私の隣にいてくれた。

 張り詰めていた心が、少しずつ和らいでいく。私は、静かに、ありがとう、と呟く。

 彼女は困ったように微笑む。その表情は、いつも優しかった彼女そのものだった。

 自然と、私の口は開いていた。


 「こんな話、信じられないと思うけど……私、一度死んで過去に戻ってきたの。2回目なんだ、シャンテに会うのも」

 

 シャンテは少し驚いた表情を浮かべたが、そのまま静かに話を聞いてくれた。


 私はクロノと私が殺されたこと、そして死に戻りのことを伝えた。

 黙ってそれを聞いた後、私に向き合って微笑んだ。

 

 「きっと、神様がクロノ君を助けてあげてって、アリアがやり直すチャンスをくれたんだね」


 

 その言葉は、私の中にすっと入った。

 暗闇の中、闇雲に進んでいる私に差し込んだ一筋の光ように。

 

 ―― そうだ。きっと神様からのチャンスなんだ。


 私の表情をみて、シャンテは少しほっとした顔をした。

 いつの間にか、いつものように髪の毛を指で弄っている。


「だ、だから無理しちゃダメだよ。私も何かあれば力になるし……」


 シャンテは後半モゴモゴ言いながら、照れくさそうに三つ編みをギュッと握る。

 その様子をみて、私は笑みが溢れる。


「それにしても、告白する前に殺されたって……犯人はクロノくんに片想いでもしてたのかな?」


 いや、でもそれならクロノくんは殺さないのかな、とシャンテはぶつぶつと呟きながら目をつぶって考え込む。

 

 殺された理由。

 あんな死体を飾るような殺し方、何か理由があるとしか思えない。一体どんな理由があったっていうの……?

 私は百面相するシャンテをみつめながら、じっとその事を考えていた。



「神様からのチャンスか……」


 シャンテが帰った後、私は自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。

 必ずこのチャンスをものにして、クロノを助けたい。

 この二週間、ひとりで頑張ってきた。

 けれど、それは厳しい事だと体験してよくわかった。


「怖い、なぁ……」


 気がつくと言葉が溢れていた。

 クロノに、死に戻りの事を言うこと、それが今最も現実的な防衛策だ。

 彼は騎士志望なこともあり、油断さえしなければ私よりも、よっぽど身を守れるだろう。

 ……でも、信じてくれるだろうか。こんな、嘘みたいな話を。

 シャンテは信じてくれた……少なくとも表面上は。

 でも、クロノの場合は状況が違う。自分が一年後に死ぬと言われて、信じるだろうか?しかも、二週間前に出会ったばかりの、なりたての友人の話を。

 以前の関係性であれば、きっとクロノは信じてくれた。私の話を真剣に聞いて、一緒に立ち向かってくれたはずだ。

 じゃあ、今のクロノは……?

 頭がおかしい子だと思われて、気持ち悪がられて……嫌われて。

 涙がジワリと滲む。そんなの、考えることすら辛い。大好きな人になのに。本当は、今頃幸せに過ごしていたはずなのに。

 ……でも。


「クロノが死んでしまうのは、もっと嫌」


 私は重い体をベッドから起こし、寮の談話室に向かった。

 クロノはいつも、暇があると談話室のソファに座って読書をしていたから。

 ゆっくりとドアを開けると、ソファに彼が座っていた。

 彼は片側に重心を預けながら、本に視線を落としている。静かに、彼がページを捲る音だけが響く。

 小さく息を吐いてから、私はクロノに近づく。

 クロノは私に気がつくと、小さく手を上げて微笑む。

 その笑顔が、これから歪んでしまうかもしれない、そう思うと胸が痛んだ。

 

「アリア、具合はどう?」


 そう聞かれて、少し落ち着いたよ、と返す。

 ただ、それしか言葉が出てこなかった。

 暫しの沈黙が流れる。

 ……話さないと。口を開いては、また閉じていると、本を閉じる音がする。


「少し、歩く?」


 彼は微笑んでいる。察してくれたのだろう。

 その優しさは、変わらない。

 

「……うん、歩きたい」

 

 クロノが立ち上がり、私の一歩前を歩く。

 私は彼についていく。その間も、どう切り出そうかと悩みながら歩いていた。


 少しすると、彼は立ち止まる。

 そこは、私たちが初めて出会った教会の近くだった。

 あの日のように、花々が咲き誇り、花弁が舞っている。

 彼は、近くのベンチに座り、私にも座るように促した。


「俺、ここお気に入りなんだ。疲れた時とかにくると、元気出る感じがして」


「……わかる、わかるよ。私も、ここ大好きなんだ」


 以前のクロノが私を応援してくれているような、そんな気がした。

 手のひらを、ぎゅっと握りしめながら、私は勇気をだして言葉を紡いだ。


「これから、私が話すこと、信じられないと思う。でも、頭の片隅に置いておいて欲しい」


 私はまっすぐクロノを見つめる。

 彼の瞳が私を捉え、すぐに逃げ出したくなる。でも、だめだ。未来を変えるためには、今、行動しないと。


「私、一度死んだの。だけど、過去に戻ってきたんだ。多分、あなたを助けるために」


 クロノは黙って話を聞いている。その瞳が何を物語っているのか、わからない。

 喉を、唾が通り過ぎ、音が鳴る。

 彼は、ゆっくりと口を開く。


「未来の俺に、何かあったってこと?」


 聞いたことがない、冷たい声だった。気持ちがぐらつき、涙が滲む。

 信じていない。そう声が物語っている。

 それでも、伝わるように、必死で伝える。



「……殺されたの。その後私も殺されて、気がついたら三年前に戻ってたの」


 震える声で、詰まりそうになりながら、言葉を伝える。

 

 クロノは、そうか、と呟いた後、目を逸らした。

 その瞳は忙しなく小さく動き、動揺が見て取れた。

 私は下を向いて、膝の上の自分の手をじっとみつめる。気がつけば、祈りを捧げているかのように強く握りしめていた。


「こんな話、信じてもらえないと思う。気持ち悪いと、思ってもいい。ただ、自衛だけして欲しいの。犯人はわからないけれど、限られているから……」


 少し早口にそう伝えてしまい、心の中で舌打ちする。

 ああ、どうにも上手くいかない。話すほどに嘘みたいになってしまうし、たどたどしくて、こんな話、信じたくもない。

 クロノを救うためには、信じてもらうしかないのに。

 暫く沈黙が続き、私は死刑宣告を待つような、そんな心地だった。瞼をぎゅっと閉じ、唇をかみしめる。

 僅かに空気が揺れ、クロノが何か答える気がした私は、さらに組んだ指に力を入れた。


「完全には、信じられない。……けど、信じられるよう努力してみるよ」


 そう言われて、私は顔を上げる。

 そこには、少し困ったように微笑むクロノがいた。


「そんなになるまで、悩んでたんだろ。自衛するから、だからアリアは自分をもっと大事にして」


 そっと隈を親指で撫でられる。少し時間差で、触れられた跡が熱を帯び、涙が頬をつたった事に気がつく。

 震える唇で、私は、ありがとう、と呟く。

 涙はひとつ、またひとつと頬を伝い落ちる。

 彼は、黙って、私の頭を撫でる。その指の感覚が、更に私の涙腺を緩ませる。


 ―― 私、絶対、あなたを助けてみせるから。


 今の彼には、きっと重すぎる言葉を、私は胸の中で叫んだ。

 

 

 

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死に戻り令嬢は想い人と幸せになりたい 〜彼を殺した犯人を、私はまだ知らない〜 あやお @ayao-novel

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