第二話(表):鉄の重み
冒険者の命は、剣の切れ味や魔法の威力よりも、日々のささやかな手入れに依存している。
錆びた刃は肝心な時に肉を断てず、手入れを怠った靴は旅路の半ばで足を壊す。
だから僕は、昨日もらったばかりの取り分を宿の代金に充てた後、共同の作業場で腰を下ろした。
「カイルさん、それは何を?」
ネアが、不思議そうに僕の手元を覗き込んできた。
「剣の手入れだよ。初心者のうちは、強い魔法を覚えるより、砥石の使い方を覚えたほうが生き残れる」
僕は彼女たちを隣に座らせ、手本を見せることにした。
砥石に水を垂らし、一定の角度で刃を滑らせる。シュッ、シュッ、という規則的な音が、静かな朝の空気に心地よく響いた。
「やってみるかい? ネア、自分の剣を出してごらん」
「はい、頑張ります」
ネアは真剣な表情で、まだ新しいはずの自分の長剣を砥石に当てた。
だが、彼女が刃をひと押しした瞬間、パキン、と乾いた音が響いた。
見れば、鋼鉄のはずの刀身が、根元から真っ二つに折れている。
「あ……。ごめんなさい、カイルさん直そうとしたのに、私、やっぱり不器用で……」
ネアが顔を真っ赤にして、折れた剣を握ったまま固まってしまった。
「いや、運が悪かっただけだよ。もともと見えないヒビでも入っていたんだろう。安物の剣にはよくあることだ」
僕は笑って彼女を励まし、自分の荷物から予備の短剣を取り出した。
「僕の予備で良ければ、貸しておくよ。一応、手入れはしてあるから」
「……いいんですか? ありがとうございます、大切にします」
ネアは、僕が差し出した短剣を、まるで伝説の宝剣でも受け取るような慎重さで預かった。
一方のルルは、僕が渡した磨き布で防具を無言で拭いていた。
彼女の指先が布を往復させるたび、使い古されたはずの革が、まるで昨日作られたかのようなしなやかさを取り戻していく。汚れを落とすというより、汚れそのものが彼女を避けて消えていくような、そんな鮮やかな手際だった。
「ルル、君は筋がいいね。見違えるようだ」
「……そう? ただ、撫でているだけ」
ルルは少しだけ嬉しそうに睫毛を伏せ、磨き布を動かし続けた。
昼前、僕たちは手入れを終えた道具を携えて、再び街の外へと向かった。
今日の依頼は、街道沿いに現れる野生犬の討伐だ。
街道に出ると、案の定、数匹の野生犬が低い唸り声を上げて飛び出してきた。
「ネア、左を! ルルは僕の後ろへ!」
僕は剣を引き抜き、正面の一匹を牽制する。
ネアが、借りたばかりの短剣を慣れない手つきで振るった。
その一振りは、素人のそれとは思えないほど鋭く空を裂いた。閃光のような速さで放たれた刃は、飛びかかろうとした野生犬の喉元を正確に捉え、一撃で沈めてしまった。
さらには、ルルが放った魔法。
彼女がたどたどしく呪文を紡ぐと、小さな火球が放たれた。それは逃げようとする残りの野生犬の群れの中央へ、吸い込まれるような軌道で着弾した。
激しい熱量と共に火柱が上がり、爆風が荒れ狂う。残された犬たちは、抵抗する間もなくその衝撃に飲み込まれ、街道に静寂が戻った。
「……また、助かったな」
僕は額の汗を拭い、鞘に剣を収めた。
「正直驚いたよ。二人の新人とは思えない実力には、目を見張るものがある」
僕が率直な賞賛を伝えると、ネアは借りた短剣を大事そうに胸に抱いて、はにかんだ。
「カイルさんの剣が、凄かったからです。手に馴染んで、勝手に動いてくれたみたいで……」
「……カイル、また守ってくれた」
ルルも、僕の袖を軽く掴んで静かに言った。
街道を吹き抜ける風は少し冷たかったけれど、僕の胸の内は、昨日よりも少しだけ確かな達成感で満たされていた。
道具を磨き、共に歩き、無事に帰る。
その当たり前の繰り返しが、今は何よりの幸せに感じられた。
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