第8話「ひかりさん」

 店内は、いつもより少しだけにぎやかだった。


 カウンターの端で、

 ひかりが、常連の男性客たちと談笑している。


 三人とも、年齢はばらばら。

 でも共通しているのは、

 ひかりのエトワール時代からの推しだったということ。


「いや〜、やっぱりこの店来ると落ち着くわ」

「ひかりちゃんおると安心するし」


 そんな言葉に、ひかりは肩をすくめて笑う。


「もう“ちゃん”はやめて言うてるやろ」

「今は店の人やねんから」


 口調は軽いけど、どこか距離をきちんと保っている。


「せやけどさ」

「リーダーやった頃と全然変わらへんな」


「変わったで?」

「前はこんな立ち仕事、毎日してなかったし」


 そう言いながらも、笑顔は自然で、無理がない。

 ファンだった頃の思い出話になっても、ひかりは過去を美化しすぎない。


「楽しかったけどな」

「しんどいことも、正直あったし」


 それでも、三人はどこか誇らしそうだ。


「でも、こうしてまた会える場所作ってくれたんやから」

「それだけで、俺らは嬉しいわ」


 ひかりは一瞬だけ言葉を止めて、それから、少し照れたように言う。


「……大げさやな」

「ただ、居場所があったほうがええ思っただけや」


 少し離れた場所で、みらいはその様子を見ていた。

 トレイを持ったまま、ほんの一瞬、足を止める。


 ——ああ、って思う。


 ひかりさんは、『元アイドル』だからすごいんじゃない。

 “今もちゃんと信頼されている人”なんだ。


 昔のファンと話していても、

 距離が近すぎない。

 でも、冷たくもない。

 相手の気持ちを受け取りながら、

 線は、きちんと引いている。


 ——簡単そうで、たぶん一番むずかしい。


 ひかりがふと視線を上げて、みらいに気づく。


「みらい、次いける?」


「はい、すぐ行きます」


 返事をしながら、みらいはもう一度だけ、ひかりを見る。


 元ファンに囲まれていても、浮つかない。

 懐かしさに流されない。

 それでいて、その場の空気は、ちゃんとあたたかい。


 ——なんか、いいな。


 そう思いながら、みらいは再び仕事に戻った。


 カウンターの向こうでは、ひかりが変わらない笑顔で、今日も店を回していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

よみがえるエトワール yoshinoya ussie @y_ussie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画