第7話「両立」
初夏のある日の早朝。
枕元のスマホが、何度目かのアラームを鳴らしていた。
みらいは半分眠ったまま手を伸ばし、ゆっくり画面を覗く。
——え。
一瞬で目が覚める。
時刻を確認した次の瞬間、「あーっ」と小さく声を上げてベッドから飛び起きた。
今日は大学が一限からだった。
洗面所へ向かい、鏡の前でざっと髪を整える。
寝癖を手で押さえ、最低限のメイクだけを済ませる。
丁寧にやっている時間はない。
カバンを肩にかけて家を出るころには、
すでに息が少し上がっていた。
バス通りと商店街をかけていき、駅へ。
自宅の最寄駅から電車で30分ほど。
都会の喧騒から離れた大阪の郊外に、みらいの通う『浪速芸大』はある。
専攻はアニメーション学科。
——自分の作品で、誰かがちょっとでも楽しくなったらいい。
選んだ理由は単純だけど、本気だった。
学内に着いたときには、講義開始のチャイムが鳴る直前だった。
教室に滑り込むように入る。
「ぎりぎりセーフやん」
席の近くにいた友達が笑いながら声をかける。
みらいは肩で息をしながら、
「……なんとか」
と短く返した。
二限はCGの実習。
みらいは、こういう作業は実は嫌いじゃない。
操作にも慣れていて、手は自然と動く。
周りが少し戸惑っている間に、課題は無難に形になった。
昼休みは学食。
トレーを挟んで向かいに座った友達が、スマホを見ながら言う。
「昨日の投稿見たで。めっちゃSNS頑張ってるなあ」
「あー……まあね」
みらいは苦笑いする。
昨日投稿したのは、
「ダイエット中です!」
というコメントとともに、部屋着でピースする写真だった。
三限になると、ここ最近の忙しさがじわじわと効いてくる。
英語の講義。
「両立……両立……」
頭の中でそう唱えながら、必死にまぶたを支える。
眠気と戦いながら、なんとか最後まで乗り切った。
四限はアニメーションの歴史。
スクリーンを見つめているうちに、一瞬だけ意識が途切れる。
はっとして姿勢を正し、その後は必死に起きていた。
五限。
あまり記憶がない。
——おわった。
講義がすべて終わり、友達と他愛ない話をしながら駅へ向かう。
帰りの電車では、座席に座った途端、うとうとと眠りに落ちた。
三十分ほどで最寄り駅。
少し背伸びをしてから電車を降り、改札を出て、駅前を歩く。
賑やかな商店街を歩いていると、ふと視界にラーメン屋が入った。
昨日のSNSの写真が頭をよぎる。
……でも。
今日はちゃんと頑張った気がする。
いいよね、と自分に言い聞かせて、暖簾をくぐった。
お気に入りのとんこつラーメン。
湯気と香りに包まれながら、夢中で食べる。
——美味しかった。
もう暗くなったバス通りを、小走りで歩いて自宅へ戻る。
メイクを落として部屋着に着替えると、ソファでくつろぐ。
夜は、好きな動画を流しながらだらだら過ごす。
一日の疲れが、ようやくほどけていく感じがした。
寝る前に、スマホを手に取る。
送信。
ベッドに横になり、眠りにつく。
——明日からまた、がんばろ。
今日のSNS投稿は、
「とんこつラーメン食べちゃった……大学頑張ったからいいよね」
というコメントとともに、空になったラーメン鉢の写真だった。
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