第2話 あと少し…

 唯一信じていた人に裏切られた私は、この後どうやって生きていけばよいのか…苦しくて辛くて毎日泣いて過ごした。


 あまりの辛さに、ラドル様に婚約解消を申し出たこともあった。


 でも彼は…


 “僕はどんな時でも、アントアーネを信じているよ。世界中の皆が君の敵になろうとも、僕はずっと君の味方だ”


 何食わぬ顔でそんな事を言ったラドル様。その言葉を聞いた瞬間、体中から怒りを感じた。私の評判を落とし、地獄に叩き落したのはあなたなのに!どうしてそんな事が言えるの?


 この男は、どこまで私をバカにすれば気が済むの?あんなに愛していたのに、嘘の様にすっと愛情がひいていくのを感じた。


 このままこの人とは、絶対に結婚したくない。絶対に婚約解消してみせる!そう心に誓い、この半年生きていたのだ。


 私はこの半年、ラドル様が私の悪い噂を流したという証拠を集め続けてきた。実際に令息たちに指示を出し、お金を渡している映像も入手した。もしかしたら他に好きな令嬢がいて、その令嬢と一緒になりたいが為に私の悪い噂を流したのかと思い、そっちの方も調べたが、残念ながらラドル様が特定の令嬢と特別仲良くしているという情報は得られなかった。


 とはいえ、悪い噂を流し、私に地獄を味わわせるくらいだから、私の事を嫌っている事だけは理解できている。正直ここまでされるほど、私は何かラドル様に悪い事をしたのだろうか?そんな疑問もある。


 でも実際、ラドル様は私の評判を地に落としたのだ。もしかしたら、ずっと私との婚約に不満を抱いていたのかもしれない。だからあえて、私の評判を落とし、世間から同情を買ってうまく私と婚約を解消しようとしているのかもしれない。


 それだけ私は、彼に嫌われているのだろう…


 その事が分かった時点で私はもう、覚悟は出来ている。この1年、本当に地獄だった。辛くて悲しくて、アントアーネという人間を、完全に否定されてしまった、私は何のために生きているのだろう。そう悩む事もあった。


 でも、もうそれもお終いだ。


 私の悪口に花を咲かせている令嬢たちをそっと見つめた。


 その時だった。


「アントアーネ、ここにいたのだね。探したよ。また君のよくない話をしている令嬢たちがいるね。可哀そうに、ごめんね。僕がもっとしっかりしていれば、君にこんな辛い思いをさせる事もないのに…


 でも、僕だけはずっと君の味方だよ。そうだ、母上がね、半年後の結婚式の準備で、アントアーネと話がしたいと言っていてね。今日僕の家に来ないかい?」


 そこにいたのは、ラドル様だ。いつもの様に笑顔を作り、私に話しかけている。腹の中では、私が悪口を言われているのが、嬉しくてたまらないくせに…


 この半年、この男の演技には反吐が出る思いだった。でも、それももうおしまい。全て証拠がそろったのだから。でも、まだダメ。まだお父様たちに、話しをしていないのだから。あと少し、あと少しで私は自由になれる。


 だから、あと少しの辛抱よ。


 そう自分に言い聞かせた。


「申し訳ございません。今日はちょっと用事がございますので、これで失礼いたしますわ」


 笑顔を作り、ラドル様に頭をさげた。


「用事とは一体なんだい?君は僕の婚約者なのだよ。僕との予定以外に、大切なものなんてないはずだよ。もしかして、令嬢たちの陰口を気にしているのかい?君が気にする事ではないよ。後半年、どうか堪えてくれ。後半年もすれば、もう学院に来ることもなくなる。君は意地悪な令嬢たちがいる社交界になんて出ずに、ずっと屋敷で暮せばいいから」


 ずっと屋敷で暮らす?そんなのは嫌よ。そもそも私は、私を嫌い、陰で卑怯な事をしているこの人と一緒になんて、なりたくはない。


 とはいえ…


「そうですわね、あと少しの辛抱だという事は、私にも分かっておりますわ。とにかく今日は、用事がありますのでこれで失礼いたします」


 ペコリと頭を下げ、クルリと反対を向くと、早歩きでその場を去る。


「待って、せめて屋敷まで送らせてほしい。君の事を快く思っていない人間が多いだろう?万が一危害を加えられたら、大変だからね」


 あなたが一番、私に危害を加えるのでしょう!そう言いたいが、言える訳がない。私の評判を地に落とすくらい嫌っているのに、この人はどうして私に絡んでくるのかしら?さっぱりわからない。私はもう、顔も見たくない程、ラドル様の事が苦手なのに…

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