第三話 祝日、不意の遠出

「所在地くらい確認しとけば良かったな」


 あの時はとりあえず入札しておこうと思ってたし、普通過ぎる概要にちょっと辟易していたから最後までろくに読んでいないのが良くなかった。まさか落札したダンジョンがある所は、電車を何本か乗り継ぎバスに乗ってやっと着く場所にあるなんて思いもしなかったのだ。


 呻る排気音を背後に、俺は畑ばかりで見通しの良い舗装された道路を歩く。だが、すぐに未舗装の草の道が現れ、足取りは不安定になった。


 まだ初夏も始まったばかりだというのに日照りが強く、思わず手で日陰を作り目を細めてしまう程だ。そして一本道からは外れ、畦道を曲がって更に歩きながら、外で活発に遊んでいた子供時代を想起していると、木々が多い茂った山に突入した。ダンジョンはこの一本道の奥にあるとサッキーさんに教えてもらったんだが、本当にこの先にあるのだろうか。そんな考えをしながら前へ進むと、段々とそれらしい特徴が現れ始めた。


「ダンジョン発生区域内の為、採戦者…えー、または関係者以外立ち入り禁止…か」


 蔓が絡まって読みにくい立て看板の奥を覗き見ると、魔力に浸食された草木が増えているのが目に見えて分かった。フェアリープラントと呼ばれるそれらは魔力の影響で大きく成長する。だが、そのほとんどは帯化している為奇妙な形をしていて、更には上手く適応出来ずに花が開く前に死んでしまうのだ。


「浸食具合から見るに、このダンジョンかなり放置されてたな」


 昨日も講師をやっていたので少し分析気味になってしまう。ただ、ダンジョン発生区域内にまで魔物が這い出て来ているかもしれないのでこの思考で良い。あの看板はスタートテープとゴールテープ二つの役割を持っている。つまり入って出るまで緊張の糸は解けない。


「一応軽い内見だけする予定だけど、時計着けてくか」


 ダンジョン発生区域内とダンジョン内では基本的に電子機器が使えない、その上時間が過ぎるにつれて魔力が身体を蝕む【魔力浸食】が起こり得るので時間を確認する為には手巻き時計が必須だ。俺は横掛けの鞄から時計を取り出すと、手首に着けて時間をスマホを見ながら時間を合わせる。というか、内見って普通入札する前にするよな。


「あの人か?」


 あの看板から十分程歩き、奇々怪々なフェアリープラントたちが織り成す景色を楽しんでいると、少し開けた盆地で地面から盛り上がった岩の前で佇む黒髪の長い人が居た。多分あの人がサッキーさんでその後ろがダンジョンの入り口か。俺は別に遅れても無いが小走りで近付いた。


「あのー、サッキーさんですか?」


「……」


「あの…」


 一瞬人違いを疑ったが『当日ダンジョン前で待っています』とのメールがあったので、この人がサッキーさんのハズなんだけど…。それに、話し掛けても全然喋ってくれないし、もしかして場所間違えたのかもしれない。


「すみません、人違いだったかもしれないです…」


 俺はそう言ってこの場を離れスマホで再度場所を確認することにした。彼女に背を向けて元来た道を戻ろうとすると、盆地に着信音が鳴った。一瞬スマホは使えないハズと思いながらスマホを取り出すが音の出所はそこではなく、普段あまり使わない魔石で動くダンジョン用の電話の方からと気付くのに少しの間が必要だった。


「はい、藤本嶺フジモト レイです」


「あの…人違いじゃない…です」


「へ?」


 俺は電話口で開口一番にそう言われてつい気の抜けた声を上げた。この番号を知っているのは魔石採集バイトの佐藤サトウさんと獏都バクト君、それとサッキーさんだけ、その中で女性と言うとサッキーさんだけなので、ここから聞こえて来る女性の声は彼女の声くらいなものだ。だが、それだけなら別に良いのだが人違い云々の話はついさっきあの人と…。


「も、もしかして…あの、ダンジョンの前に立っているのがサッキーさんですか?」


「あ、はい…そうです。あ…れ?メールにも書きました…よね?」


 恐る恐る聞いてくるサッキーさんを肯定すると『良かった…』と安堵の声が聞こえた。一方ここから見える彼女はただ電話を耳に当てて口だけを動かしていて、顔は一応こっちを向いているけど、視線は多分俺の背後の森を見ている。しかも身振り手振りも無しでその場で直立して立っていた。一言で言うなら不気味だ。


「内見していきます…よね?」


「え…えぇ是非!」


「ふふ、良かった」


 電話口の彼女は笑っていたが、少し遠くに見える彼女は目を細めて口端を吊り上げ歯を見せただけだ。笑顔は威嚇が起源という説があるけど、彼女の笑顔はその説を裏付けるようだった。そして風に撫でられた葉が擦れる音が彼女の不気味さを増長していた。

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