第3話 ちょっとおかしなお見舞い

 互いの自己紹介がひと段落すると、ミレイユ先生が軽くエリシアの肩をポンポンと叩く。


「さてさて、名乗りも済んだところで、今日はもう遅いから、あなたたちはそろそろ帰る準備しないとね」


 その言葉に、三人は「あっ」という顔をした。

 いつの間にか日が落ち、窓の外の景色もぼんやりと輪郭が分かる程度だった。


「じゃ、じゃあカガリ。困ったことあったら言ってよね! アタシ、すぐ来るから。今度、差し入れ持ってくるから!」

 

 エリシアが勢いよく手を振る。元気が体から溢れてくるみたいだ。


「カ、カガリさん……。その、本当に無理だけはしないでくださいね」

 

 レナはしっかりとした口調でそう言うつもりだったのだろうが、言いながら手が少し震えていて持っていたカバンが僅かに揺れていた。


「カガリさま。ご入院中の身とはいえ、ご不便のないよう努めますので……何かございましたら、遠慮なくお申しつけくださいませ」

 

 エステルは完璧な一礼をしてみせる。気品が滲んでいる。滲みすぎている。

 優雅なのに、みんなに遅れないように戻る時だけちょっと急いでいるのがなんか可愛い。


 三人が部屋を出ていくと、医療室は静けさを取り戻した。

 一瞬だけだったというのに、もう寂しさを感じる。

 

「ふふ。にぎやかな子たちでしょ」


 ミレイユ先生が椅子を引き寄せ、ベッドのそばに腰を下ろす。


「そうですね」


「三人は見ての通りいい子だよ。レナちゃんは、人見知りで緊張しちゃうところもあるけど、感謝を伝えれる子。エステルちゃんもああいう風に振る舞ってるけど、すごく心配してた。エリシアちゃんだって、君に会うまでご飯もろくに食べれないくらい心配してたし。まぁ、差し入れはちょっとアレかもだけど」


「アレ?」


「うん、ちょっとね。でも、安心して! 食べたら死ぬとかじゃないから。ほんのちょっと死地を彷徨うくらいだから」


 なんとも言えない安心のさせ方だ。それで俺が「そっか、じゃあ安心っすね」と言えるほど、タフな心臓は持っていない。


「あの子たち、すっごく心配してたね。カガリくんが起きて、本当に嬉しそうだった」


 その言葉に、胸の奥が少し温かくなった。


 (……この世界で、最初にできた知り合いか……。そう思うと、なんか……胸がじんわりする)

 

 ミレイユ先生は立ち上がり、窓のカーテンを閉じた。


 すっかり暗くなった外は不気味な静けさを持っている。誰一人息をしていない。そんな感じさえする。

 

「さて。今日はもうゆっくりして。明日から、少しずつこの世界にも慣れていこうね、カガリくん」


「はい」


 カーテンの隙間から月光が差し込み、俺の顔をほんのりと照らした。

 

 ――――――

 

 あの日以来――三人は毎日のように変わるがわる様子を見にきてくれた。

 

 エリシアの場合。


 エリシアはいつも決まって差し入れを持ってきてくれる。クッキーだったり、スープだったり、本当にバリエーションが豊富だ。

 

「これ、アタシが作った元気出るスープ。飲んでみて」


 差しだされたスープは……

 色がすごい。匂いもすごい。

 見た目からして、ミレイユ先生がアレと言って苦笑いしたのも頷ける。


「あ、その……嬉しいよ。ありがと」


「でしょ?アタシの特製だし」


 エリシアは満面の笑みを見せて、俺をジッと見つめてくる。その顔にははっきりと「飲まないの?」と書かれている。


 その笑顔に免じて一口飲んだが――味は……うん、気持ちだけ、そっと受け取っておいた。


 レナの場合。


 レナは身の回りの世話をしてくれる。特に俺の周囲の環境には気遣ってくれる。彼女の言葉を借りるなら、「周りが綺麗なら、気分もよくなる」ということだ。俺を庭園で花を愛でる姫様とでも思っているのかもしれないが、あいにく俺はベッドで介抱されているだけの人間だ。

 花が綺麗だからといって、心まで綺麗になるなんてありえない。あるわけがない。


「あら、レナさん、いつもありがとうございますわ、オホホホ」


「ど、どういたしまして……?」


「お花が綺麗だと、心が綺麗になりますわね。オホホホ」


「あの、その……お水、取り替えておきますね……」


 レナさんはよく水差しを換えてくれますわ。

 ただ、手が震えてちょっとこぼすたびに、


「っ、ご、ごめんなさい……!」


 と真っ赤になって謝るんでございますわね。

 こぼした量より謝罪のほうが圧倒的に多い子なの。良い子でしょう?

 

「気にすることはないでございますわ。オホホホ」


「は、はい……」

 

 エステルの場合。 


 エステルはよく、俺の身の回りの世話をしてくれる。そこまではレナと変わらない。


 ただ、その世話の仕方がその、なんというか、とにかくおかしいのだ。

 

「カガリさま、枕の角度が二度ほどずれておりますわ。整えて差し上げますわね」


「二度って……。もう誤差じゃない?」


「誤差でも侮れませんわ。……かつてわたくし、モルモットを飼っておりまして――」


「なんだ、急にどうした」


「その子は少しの環境の変化でも体調を崩してしまう、たいへん繊細な子でしたの。わたくし、甲斐甲斐しく世話をしておりましたわ」


「……で?」


「あなたを見ておりますと、そのモルモットを思い出しますの」


「いや、どのへんで!?」


「小動物のように放っておけない、と申しますか。つい、世話を焼きたくなってしまいます」


「ちょっと待て。お前にとって、俺はモルモット枠なの?」


「はい。そうですよ?」


「おめぇ!!」


 エステルはきょとんとしたまま、まるでそれが褒め言葉であるかのように微笑んでいた。


 よく分からんやつだ。


 ミレイユ先生の場合。


 午前中は三人が授業でいないのでミレイユ先生が話し相手になってくれる。


「はい、今日は基礎魔法の授業しよっか。動けないなら頭くらい使わないと、ね」


 そう言って、俺の頭を指差す。

 すっかり、先生のこの距離感にも慣れてきて、俺も気兼ねなく会話できるようになった。

 

「先生、意外とスパルタですね」


「褒め言葉として受け取るね」


 そんな軽口を叩きながら、先生は魔法の仕組みや世界の常識を少しずつ教えてくれた。


 ミレイユ先生は魔法の基礎の説明をひと通り終えると、パチンと指を鳴らして、得意げにウインクした。いちいち可愛げある行動をしないでほしい。好きになる。


「――さて、じゃあ次は、この世界でのカガリくんの扱いについて、ちょっとだけお話ししようか」


「扱い?」

 

 いつもと違う会話の切り出し方に俺は固唾を飲んだ。そういえば、そういった真剣な話は今までしてこなかった。

 

 この環境に慣れてしまった俺は、もう異世界に転生したことをすっかり忘れていた。


 ただ怪我で入院している時に、仲のいい三人に介抱され、看護師にお節介を焼かれているだけの存在かと思っていた。でも、違う。


 俺も出来る限り史上最高の真剣な顔をして、ミレイユ先生を見つめる。


「なになに。急に変顔しないでよ。ふふ」


「出来る限り史上最高の真剣な顔してるだけですけど」


「ふふ、やめてやめて。カガリくんには似合わないよ、その顔」


 そう言って俺の顔を一回見ると、とうとう笑い堪えきれなくなったのか、「ふふ」といういかにも大人な笑いから徐々に「はっはは」と余裕がなさそうな笑いに変わっていった。俺のこの顔がツボらしい。

 

 いつも余裕ある先生がこうも余裕ないのが俺も嬉しくて、その顔のまま、顔を近づけたり、遠ざけたり、上下左右に動いていると「ふはっ」と吹き出して、顔を逸らした。


「ひぃー。ちょ、ちょっともうやめて。ははっ、ひぃー」


「すいません、楽しくなっちゃって、つい」


 ミレイユ先生は何度か深呼吸したり、途中で思い出して笑ったりしていたけど、ようやく落ち着いたようだった。


 息を吸って吐いてを何度か繰り返して、口を開く。

 

「そんな深刻な話じゃないから、気楽に聞いてね」


「はい」 


 ようやく、本題に入った。

 

「まず、このノアス魔法学園は、大陸の魔物と戦える魔法使いを育てる場所。魔物が増えてきちゃってね、国としては、人材ください!って感じなの」


「求人が切実だ……」


「そうそう。それでも危険なことに変わりはないから全体的にちょっと厳しめ。でも、その分、頼れる人も多い。ほら、エリシアちゃんたちみたいにね」


 そう言われると、ちょっと納得する。あの三人、確かに多少おかしくはあるものの、こっちからすると随分と頼もしい。本当にちょっとおかしいだけで。


「でね、カガリくん。君は、異邦人として扱われるの。とはいえ、この世界では年に数人は迷い込んでくるから……まあ、季節の限定イベントくらいのレアさだね」


「レアカード扱いですか、俺……」


「スーパーレアくらいかな。ウルトラまではいかない感じ」


「絶妙な線を突いてきますね、先生」


 ということは、俺以外にも異邦人がいるってことか。だから、ミレイユ先生も俺の扱いに慣れているのか。

 

「でね、異邦人って、大抵は魔力の流れが安定してないの。だから国が専用の施設で保護して、落ち着くまで様子を見る。今回は学園がその役を担ってるってわけ」


「魔力の流れが不安定……。それって、前みたいに暴走したり?」


「うん、可能性はあるね。でも、普通の子だと“ポフッ”くらいで終わるよ。お店で買える花火みたいな可愛いもの」


「可愛いかどうかは疑問なんですけど。え、じゃあ俺は?」


 ミレイユ先生は、一瞬だけ言葉を選ぶようにうーんと唸った。


「カガリくんは……ちょっと“例外”だったね」


「例外?」


「うん。他の子が、ポフッだとしたら、カガリくんは――そうだね。ボフンッッ!!くらい?」


「増えた! 音の量が増えた!!」


「実際、実習場の地形が、いったいどんな爆裂魔法を使ったらこうなるの?っていうくらい大きいクレーターができてたみたいだったし」

 

 先生はにっこり微笑む。冗談めかしているが、つまり俺はそれだけ危険な存在だったということだ。


 そんな危険があると分かっていても、彼女は俺を脅威だとは思っていない。そんな気がした。

 

「……あの子たちが無事だったのは、カガリくんのおかげだからね」


「本当ですか?」


「うん。その日実は、戦形式の実習をしてたの。本来ならそこまで脅威にはならない低級の魔物だけが出るはずだった。だけど、予定にない上位種が割り込んできちゃってね」

 

 ――三人があんな状況になった理由も、今なら分かる。


 あの悲鳴も、あの必死の表情も。思い出すだけで胸がざわつく。

 

「あの子たち三人だけじゃ本当に危なかった。実際、深手を負ってたしね。あ、今は治ってるから安心して。医療棟の先生の治癒魔法は優秀だから」


「確かにあなたを見ていたら、どれだけここが優秀なのか想像できます」


「ふふ、嬉しいこと言ってくれるね、君。素直にその言葉、受け取っておくね」


 こういう時は照れもせずに、俺の顔をまっすぐ見つめる。なんだか、負けた気分だ。

 

「君があそこで飛び込んだのは無茶だったけど、結果として三人は助かった。あの子たちが、毎日見舞いに来るのもね、理由があるんだよ」

 

 (だから、あんなに気にかけてくれているのか)


 俺が勝手にしたことに恩を感じて、忙しいであろうに毎日見舞いに来る。それが、どれだけ嬉しいことか。


 胸のあたりがほのかに温かくなるのを感じる。


「それで、君はしばらく学園で生活して、体が回復して、魔力にも慣れたら、普通にこの世界で暮らしていけるの。それを学園が手助けをする。それが決まりなんだ」


「そうなのか……」


「うん。でも、そんな深刻に考えなくて大丈夫。人生なんて、思ったよりなんとかなるからね」


 ミレイユ先生は軽くウインクしてみせた。

 まだ先生も若いだろうに、いい意味で人生を楽観視している。

 

 俺の人生なんか大抵のことは何にもなってこなかった。

 だから、人生なんてものにそういう価値観を抱いたことはない。


 素直に、そう思えるのを羨ましいと思った。


「それに、動けるようになったら学園内を散歩してみて。正門のほうとか、風が気持ちいいし」


「……」

 

 だから、そう言われた時、少し『自由』に近づいたような気がした。それは、体が動くようになるという意味だけじゃない。

 

「魔法の実演場は……。まあ、訓練が始まると危ないから気を付けておかないとなんだけど」


「どれくらい危ないんですか?」


「うん。前に掃除のおばちゃんが二メートル転がってた」


「大惨事!」


「大丈夫。笑って、その場で腕立て始めたから」


「強い……」


 先生は笑いながら冗談を飛ばす。俺を気遣っているのがよく分かる。


「ともあれ。ここでの暮らしは、そんなに悪くないよ。エリシアちゃんたちも優しいしね」


 言われてみれば、確かに悪くない。

 見ず知らずの俺のために、毎日誰かしらがお見舞いに来てくれた。


 あの賑やかさは――正直、嫌いじゃない。


「カガリくん。焦らなくていいよ。ゆっくり慣れていこうね」


 ミレイユ先生は、そう言って穏やかに笑った。

 その笑顔は、太陽の光を透かして柔らかかった。

 

――

 

「さて、カガリくん」


「はい」

 

 数日後。

 俺はミレイユ先生を見つめ、唾を飲み込んだ。

 彼女もいつにも増して真剣な表情で見つめてくる。


 いつも和やかな空気を纏っているこの部屋が今日だけは重苦しく感じた。

 

「診察の結果だけど──もう自由に動いても大丈夫!」


「……本当に?」


「うん。まだ無理はしないでほしいけど、歩くくらいならしても問題なし!」


 胸の奥に溜まっていた緊張が、ふっと抜ける。


 俺がここにきてから、二週間くらい経ち、すっかり、病室のベッドにも慣れた頃だった。

 

 ミレイユ先生は手で丸を作ると、柔らかい笑顔でそう言った。


 部屋に置かれた花瓶の花は、毎日レナが換えた水のおかげでまだ元気だし、枕の角度は――もちろんエステルによって完璧。


 エリシアのスープのおかげもあってか、体は健康体そのものだった。


 そんな病人生活とも今日でお別れか。


「よかった!」


「ほ、本当によかったです……!」


「おめでとうございますわ、カガリ様」


 この場で俺と一緒に固唾を飲んでいた三人も、同時に声を重ねた。


(……なんだ、この感じ)


 誰も俺を知らなかった世界で、いつの間にか誰かが気にかけてくれていた。

 

「カガリくん、明日には軽く歩けると思うから、体調がよければ学園を少し散歩してみてもいいよ。無理しない範囲でね」


「……わかりました」


「じゃあ今日はもう遅いし……三人もそろそろ帰ろっか」


「「「はい、先生」」」

 

 エリシアたちは名残惜しそうにしつつも、先生に促されて医療室を後にする。


 扉が閉まり、静けさが戻った。


 (……明日から自由に歩けるのか)


 だからそのとき、胸の奥に溜まっていたものが一気に弾け、飛び上がって声を上げる。


「ヒャッホーーーイ!!」

 

 こうして、俺の――異世界での生活が、ようやく始まった気がした。

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