第2話 俺と三人の少女

「……異世界ってこと!?」


「そう、異世界ってこと!」


 その人は、びっくりする俺を指差しながら、笑みを浮かべる。

 なんでそんな落ち着いてるの、この人。


「で、でも、なんで俺なんかがここに? 俺はただ、病院にいて、その後……」


 言いながら、自分でもここにどうやって来たのか思い出せない。

 思い出せるのは、病院で音が消えたところまでだ。

 その先――声を聞いたはずなのに、そこからの記憶がごっそり抜け落ちている。


 ミレイユ先生は、俺の顔を見て、声を少しだけ落とした。


「詳しいことは、私にもわからないの。ただ――」


 うーんと人差し指で唇を抑えて言葉を探す仕草をしてから、優しく続ける。


「君は森の実習場で倒れてて、居合わせてた三人に運ばれてきたんだよ」


「……三人? あ、あの三人! アイツらは無事ですか!?」


「どうどう、落ち着いて。ちゃんと無事だから」


 急に立ち上がって捲し立てる俺を、まるで暴れ馬を宥めるみたいに落ち着かせた。


「ふぅ、すいません急に」


「いいの、いいの。それくらい心配してくれたってことでしょ」


 少しだけ笑って、続ける。


「その子たちも、ずっと君のこと気にしてたよ。『助けてくれたおかげで命拾いした』って、何度も言ってた」


(やっぱ、あれは現実だったのか)


 魔物の衝撃。

 光。

 少女たちの必死の声。


 胸の奥がジンと熱くなる。


 ミレイユ先生が手元の書類を整えながら、軽く肩をすくめた。


「まぁ、理由はともかくとして、君の身体が無事だったのは運が良かったね。正直、もう少し遅かったら死んでたかもだったし」


「え、そんなに……?」


「うん。君は魔力が暴走してたんだよ。魔力が暴走しちゃった後って大変でね。まぁ、君みたいな人たちでも、滅多にこんなことって起きないはずなんだけど。こっちもヒヤヒヤしたんだから」


 ミレイユ先生が、先生らしく苦笑する。


 魔力の暴走?

 俺はてっきり、何か特別な力を手に入れたんだと思っていた。

 でもそれは――制御もできない、ただの危険な状態だったらしい。


「でも、今は大丈夫。ここ数日寝込んでくれたおかげで、しばらく安静にしてれば、普通の生活を送れるくらいには元気になるよ」


(本当にそういうファンタジーみたいな世界なんだな。って――)


「数日寝込んだ!?」


「そう。ここ五日間くらいかな。ずっと寝たっきりだったよ。あ、お腹空いてる? 一応弁当は作ってあるから、あげられるよ」


「一応もらっておきますけど。……五日間!?」


 俺、そんな長い間、寝てたのか。


 現実味がゆっくり、ゆっくりと追いついてくる。

 そして――、怖さよりも、なぜか胸が高鳴っていた。


「そういえば、その三人と会ってもらってもいい? 『起きたら知らせてください!』ってしつこく言ってきたからさ。多分、お礼したいんじゃないのかな」


 もらった弁当を食べながら、俺は照れて頬を掻く。

 やっぱり、そう言われるのは嬉しかった。


「もちろん、大丈夫です」


「わかった。じゃあ呼んでくるね」


 そう言い残し、軽い足取りで部屋を出ていった。

 残された俺は、静かな医療室で弁当を食べながら、思う。


 美味い――じゃなかった。


 異世界の魔法学園。そう言われても、俺はまだ夢の中にいるのかと頬をつねりたくなる。


 まだ、よく分からないことだらけ。

 でも、俺は生きていて、世界は途方もなく広い。


 (普通の生活……。俺にも、できるんだろうか)


 病院で寝たきりだった過去の俺。でも今は体さえ回復すれば自由に歩くことだってできる。


 (うん、悪くないな)


 夢にまで見た、自由な生活。そう考えるとワクワクしてきた。


 ミレイユ先生が部屋を後にしてから随分と経ったような気がする。

 俺は心の中で遅いなぁと思いながら、三人との出会いを思い出した。

 

 確か、あの時三人もボロボロだったんだっけか。

 というか、あの三人の顔も声も、どんな敵と戦っていたのかさえ、ほとんど思い出せない。

 あの緊迫した場面を今でも鮮明に覚えていられるほど、俺も余裕があったわけじゃない。


 思い返せば、よく動けたなと自画自賛したい。

 今急に目の前に現れでもしたら、おしっこ漏らしながら子鹿のように足をガクガク震わせることしか出来ないだろう。


 (あの三人も無事だったわけだし、あの時の行動は正しかったみたいだな)


 俺が無茶して――いや、あれは勝手に身体が動いただけなんだけど。

 その結果、こうしてあいつらが助かって、自分の命を繋げられたのなら、まぁ、悪くない結果だったんだろうな。


 そんなふうに考え始めたときだった。


 コツコツコツコツッ!


 明らかにテンポの速い靴音が三つ。

 急いでいるのに、走ってはいない。

 でも、隠しきれない気持ちの焦りが音に滲んでいた。


 そして、近くなるにつれて、その焦りが大きくなるように靴の音も大きくなっていく。


 タッ、タッ、タッ……バンッ!


 扉が勢いよく開いた。


「――あっ! 本当に起きてる!」


 二つに分けた赤色の髪をふわっと揺らしながら、一人の少女が飛び込んできた。


 目に入る色が鮮烈すぎて、一瞬息を呑む。


「アンタ、体は……大丈夫?」


 すぐに俺のそばまで駆け寄って顔をのぞかせてくる。


 語気は強いのに、瞳は心配そのもの。

 怒っているようでいて、怒っていない。

 そんな不器用な優しさが伝わる言い方だった。


「あぁ、だいぶ楽になったよ。ありがとう」


 そう言うと、赤髪の少女は胸をなでおろした。


「……はぁ、よかった」


 小さく呟いた声は、さっきの勢いからは想像できないくらい柔らかかった。


 今ままでずっと心配していたのがよく分かる。とてもいい子みたいだ。


 赤髪の子の後ろから、ひょっこりと控えめに顔をのぞかせる栗色の髪の少女。

 肩くらいまである髪を揺らしながら、その子が前に出る。手をいじいじし始めて、俺とようやく目が合うと、少し顔を赤くした。


「その……よかったです。倒れた時、本当に心配で……」


 おずおずと言葉を紡ぎながら、こちらをじっと見つめてくる。


「ありがとう。俺のこと、運んでくれて」


 そう言うと、栗色の少女は俯きながら小さく首を振る。


「い、いえ。私は……少しだけ、その……ほんの少しだけ手伝っただけですので」


 声の小ささとは違い、とても嬉しそうに微笑んだ。


 そして――最後に金髪の少女が、やけに落ち着いた足取りで部屋に入ってきた。

 この部屋は窓が締め切られているのに、どこからともなく風が吹く。

 腰あたりまである長い髪は、風に靡いてキラキラ輝いていた。

 

(……なんだこの登場。どっかの王子様か?)


「お身体の具合は、もう大丈夫ですの?」

 

 流石にガラスの靴を持ちながら「このガラスの靴が合う女性を、必ず見つけ出す!」なんて言わないか。


 普通に心配してくれてるだけみたいだ。


 姿勢も言葉遣いも、凛として整っている。

 ただの気取った貴族みたいなものではなく、品の良さが自然に滲み出ているような子だった。

 けれど、その瞳には確かな不安が浮かんでいた。


「うん、ありがとう。助かったよ」


 答えると、金髪の少女の瞳から不安も消えて、ほっとしたように微笑む。


「それはよかったですわ。あなたが倒れた時、わたくしたち、本当に焦りましたのよ」


 その言葉から、彼女なりに必死だったのが伝わる。


「みんな、ありがとうな」


 三人とも――間違いなく命を助けてくれた恩人たち。

 俺が感謝されるんじゃなく、まず礼を言うべきなのは俺の方だ。


 一通りの挨拶を終えると、ミレイユ先生が三人の背後から姿を現した。


「はいはい、感動の再会の最中に邪魔しちゃって悪いけど、ちゃんと自己紹介しとこうか」


 赤髪の少女が胸を張って一歩前に出る。


「アタシはエリシア。ノアス魔法学園の一年生。よろしく」


 続いて、栗色の少女が小さく頭を下げる。


「同じく一年のレナ……といいます。よろしくお願いします」


 丁寧だけど素朴で、柔らかい。


 そして、金髪の少女。


「わたくしはエステル・クラウディアと申しますわ。以後、お見知りおきくださいませ」


 優雅な礼。まるで貴族みたいだ。


「俺は、かがり。助けてくれてありがとうな」


 一通りの自己紹介を終えた俺らをミレイユ先生は、見回しながら言う。


「さて、カガリくん。まだ本調子じゃないでしょ? だからしばらくは、この医療棟で生活してもらうことになるから。完全に回復するまでは無理しちゃダメ。分かった?」


「……はい。わかりました」


 そう返すと、三人もほっとしたように表情を緩めた。


 この世界で最初に出会った人たち。

 まだ距離はある。


 でも――この出会いが、きっと俺の居場所になる。

 そんな気がした。

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