配給ゥー!!

真田紳士郎

終わりの始まり






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【プレゼント・差し入れ】


 アイドル現場ではファンが推しメンにプレゼント・差し入れをできる文化がある。

 演者に直接手渡しできたり、スタッフに預けたり、指定の箱の中に入れるなど、グループによってルールは異なる。

 なかには『一万円以上の高額なプレゼントはお断り』などの規制がある現場も。



・─・・─・・─・・─・・─・・─・











 【 地獄への道は善意で舗装されている―――。 】


(ヨーロッパのことわざ)







「ひなたちゃん、これ。今日の差し入れ」


 手渡されたプレゼントにひなたは目を輝かせた。


「わー、いいの? 嬉しい!」


 袋の中を覗くと、小瓶に入ったオレンジ色の漬物が見える。


「ひなたちゃん、オレンジ色担当だからさ」

「ありがとう。いっぱい食べるね!」

「でも太らないようにお願いね。オレの差し入れのせいになったら困るからさ」

「大丈夫だよー、もう!」


 東京を拠点に活動する地下アイドルグループ・天使米(エンジェライス)はとある特徴をもったグループである。


 事務所社長の実家が米農家としてため、給料とは別に白米を支給しているのだ。

 所属タレントが食うためのアルバイトで芸能活動がおろそかにならないようにとの配慮である。そのため天使米エンジェライスの現場では、オタクたちがご飯のおかずになるようなものを推しメンに差し入れするのが定番となっていた。


「黄色担当ちゃん。今日は『のりたまふりかけ』ね」

「ありがとう」


「青担当ちゃーん、『青魚の缶詰』あげる」

「わーい」


「ハイ赤担当ちゃん、『食べるラー油』だよ!」

「えーっ」


 オタクたちはそれぞれが差し入れしている光景を見て和やかに笑い合う。

 メンバーもオタクたちもとても仲が良いのだ。

 ひなたは天使米エンジェライスの現場の雰囲気が大好きだった。

 この平和がいつまでも続いてほしいと思っていた。





 ライブが終わり事務所に戻ると、給湯室から良いにおいがしてくる。

 炊飯ジャーを開けてメンバーみんなでのぞき込むと、ツヤツヤの白米がふっくらと炊きあがっていた。


「「「わぁー!!」」」


 全員で歓喜の声をあげる。

 ライブの疲れが吹き飛ぶかのようだった。


「今日のお米当番、ひなただもんね。当たりの日だー!」

「えへへ」


 ひなたの炊いたお米はメンバーからの評判がすこぶるいい。適度な研ぎと絶妙な水加減はひなたにしかできないものであり、それについて彼女は鼻が高かった。

 

「じゃ、ひとまずご飯にしますか」


 給湯室にぎゅうぎゅうになりながらメンバー全員で食卓を囲む。

 ファンからの差し入れはありがたくいただくのだが、アイドルも人間。当然ひとりひとり好き嫌いがあるため、実際にはおかずの交換会も頻繁に行われるのだった。


「ねぇ、アタシ青魚ほしい」

「緑担当ちゃん、わさび茶漬けの素ちょうだい」

「誰か海苔もらってる人いない?」

「海苔はないでしょ」

「こんなにお米が美味しいとさ、お味噌汁も飲みたくなるよね……」

「次に新メンバーが入るなら茶色担当いれてもらおうよ」

「いや差し入れを期待して担当カラー決めんなって」


 他愛のない会話で笑い合った。

 ライブやレッスンの合間、みんなで談笑しながら食べるご飯はひなたの至福の時間である。


「ご飯おいしいね」

「うん、おいしい」

「しあわせ~」


 歌って、踊って、ご飯が食べられて、暮らせている。

 ひなたにとってこれ以上の幸せはないのだった。


「なんだ、騒がしいと思ったらキミたちか」


 社長の日陰ひかげが給湯室を覗き込むと、全員がもぐもぐしながら一応、シャキッと起立した。


「日陰社長! お疲れ様です! いつも美味しいお米をありがとうございます!!」

「「「ありがとうございます!!!」」」


 天使米エンジェライスのメンバーに頭を下げられると、日陰は遠慮がちに手を振った。


「いいって、そんなにかしこまらなくて。というか、米粒とんできた」


 社長が照れ隠しで言ったつまらない冗談にメンバーは一応、笑顔を見せた。


「やっぱり生活の不安があると、ステージに身が入らないでしょ? ウチは弱小事務所だからみんなに充分なお給料をなかなか払ってあげられないけども、せめて食べ物の心配だけは解消してあげたいなってさ」


 所属してから100万回は聞いている社長のこの持論を、ひなたはもぐもぐしながら頷く。


「その代わりみんな、はしっかりとね」

「「「ハイっ」」」


 日陰社長は善人だが甘い男ではない。

 メンバーひとりひとりに基準の体重をキチンと設けていて、ちゃんと体型維持しているメンバーにはお米を支給するが、太ってしまったメンバーにはお米の量を減らすのである。

 メンバーは事務所からのお米とオタクからの差し入れで食いつなぐため、ダイエットにも余念がないのだった。


「それにしても凄い景色だな」


 オタクの人たちからもらったおかずがずらりと並ぶテーブルを見て日陰は言った。


「これはもう差し入れじゃない。配給だな」

「配給ゥー!!」

「「「アハハハハ」」」


 みんなは輪になって笑った。

 何が面白いのかもよく分からなかったが、とりあえず笑った。

 お腹いっぱいなら、それで幸せなのだ。


 この幸せがずっと続いてほしいとひなたは思っていた。


 だが、ほんの些細な出来事が歯車を狂わせるのだった。




 あくる日。






「えええーっ!!! め、め、明太子ォォォッ!!!???」






 ひなたの大声が、特典会フロアに集まっている天使米エンジェライスのオタクたちの注目を一身に集めた。


「そう明太子。こないだ実家に帰省したからさー。買って来たんだよねー」

「え、でも、お高いんでしょう……? 悪いよお」

「そんなこと気にしないでよー」


 いいなあ。

 ギロリ。

 メンバーからの羨望の視線がひなたに向けられると彼女は苦笑いした。


「ああ、大丈夫ー。ちゃんとみんなの分もあるからさー」


 明太子のオタク君は持参していた小型のクーラーボックスを掲げて見せる。


「「「ウオォォォー!!!」」」


 メンバー全員が床に向かって低い声で歓喜・絶叫した。


「ちょっとみんな、興奮しすぎだって!! オタクさんたちの前だよ」


 メンバーは起き上がると同時にシャランッと可愛いアイドルの姿に切り替わる。


「いやあ差し入れに明太子とはねぇ。すごいなあ……」

「大したもんだ……」

「推し想いだねぇ……」


 それを眺めていた天使米エンジェライスのオタクたちは明太子くんを褒め称えた。

 だがその温度はいつもより低かった。

 この時、それぞれのオタクの心の中で何かの引き金が引かれたことにひなた達は気づかなかった。




「えっ!? 松茸!?」

「そう。良かったらみんなで食べてよ」

「いいの!? あ、ありがとう……」


「名古屋コーチン!?」

「そう。この間、出張で行ったから。みんなでどうぞ」

「あれっでもリモートワークじゃ……」


「神戸牛!?」

「ご飯がすすむと思って。実家からたくさん送られてきたから」

「出身、茨城って……?」




 明太子の件を皮切りに差し入れの食材のグレードが上がった。

 最初はメンバーも無邪気に受け取っていたが、あまりにそれが続くと、オタクコミュニティーの異様な加熱っぷりに恐怖を覚えるようになった。


「最近オタクさんたち、変だよね」

「どうしちゃったんだろ」

「つーか、みんな出張とか言ってるけどさ、あれウソじゃない……?」

「だよね。これ完全に『きそってる』よ」

「競ってる?」

「そう」

「……つまり?」

「ウチらの現場で、差し入れマウントバトルが巻き起こってるってことだよ!!」



「「「 差し入れマウントバトルゥー!? 」」」



 オタクとは優しい生き物なのです。

 みんな、推しメンの役に立ちたいのです。

 その想いは間違いなく善意なのです。

 ただ、それと同時に、


 オタクは、生き物でもある。


 そのことを天使米エンジェライスのメンバーたちは見落としていたのでした。




「次は出張で北海道に行くんだ。冷凍のカニを送りたいんだけど、事務所の住所ってこれでいいんだよね?」




「来週のライブ? ごめん、行けないや。知り合いに船を出してもらってカジキマグロ釣ってくる!!」




「えっ? べ、別に無理して差し入れとかしてないよ。たしかに車は売ったけど差し入れとは関係ないよ」





 あんなに和やかだった天使米エンジェライスの現場はピリビリとしたものになってしまった。


 そして変わってしまったのは現場だけではない。

 給湯室も同じだった。



「「「…………………」」」



 みんな無言で、無表情でカニの身をほじくっていた。

 これまでの和気あいあいとしたムードはそこにはない。

 その沈黙に耐えられずにひなたは言った。


「『カニを食べるときは無言になる』って言うよね。アハハッ!」


 ひなたはお手本のような空回り方をした。

 メンバーはぼんやりと頷くだけで、誰も笑わなかった。

 空気の重さにしゅんとしながらひなたはカニばさみを持ち、慣れた手つきで殻をジョキジョキと切りひらいた。


「……ねぇ」

「……あん?」

「アタシもうカニ飽きたわ」

「は?」

「他のもの食べていい?」

「ダメに決まってんだろ。もう蒸しちゃったんだから、今日中に全部食べないと」

「……ハア。ハイハイ」


 険悪なムードが給湯室に充満する。

 最近はもうずっとこんな感じだった。

 メンバーみんな食べたいものではなく、ダメになりそうなもの、消費期限の近いものから急いで消化していく日々がつづいていた。


「あたし……卵かけご飯がたべたいなぁ……」

「よせよ、よだれが出る。カニに集中しろ」


 黙々と食材を処理する時間が過ぎていく。

 ひなたが大切に思っていたあたたかいひとときはない。虚無の時間だ。


「なんだ、みんな居たのか」


 廊下を歩いていた社長の日陰が驚いて立ち止まる。


「あんまり静かだから誰も居ないのかと思ったぞ」

「社長……お疲れ様です……」

「ああ、うん。それよりだね」


 社長が小脇に抱えていた箱を見せると、メンバーみんなギョッとした。


「またファンの人たちから食材が届いたよ」

「……わーい……今度はなんでしょう?」

と伊勢海老かな」

「…………………ありがとうございます」


 チカラなく頭を下げて箱を受け取る。

 誰も心からは喜んでいない。口角は下がったままだ。

 差し入れでぎゅうぎゅうになった給湯室で食材をしまう場所をなんとか捻出する。


「これはもう配給じゃない。ふるさと納税の返礼品だ」


 日陰社長は冗談なのかなんなのかよく分からないことを言った。

 もはや誰も笑わなかった。

 愛想笑いをする余裕すらない。みんな食材を食べるのといただき物をどこに収納するかの思案で精いっぱいだった。


「それから、こんなタイミングで言うのもアレなんだが……」


 日陰はひとつ咳ばらいをしてから言う。


「みんな太ったな」


 全員が動作をピタリと止めて社長を見つめる。


「全員、基準よりだいぶ重くなってる。たるんでるぞ。プロ意識が足りないんじゃないか? ペナルティーとしてしばらくお米の支給はナシ。反省して自活したまえ」


 言い捨てて社長が去っていく背中に全員で頭を下げる。

 日陰が遠くへ行ったのを確認してから、メンバーはひとり、またひとりと膝から床にくずおれた。


「助かった……」

「やっとされる……」

「だってもう、食べきれないもの……」


 誰かがすすり泣きはじめると、おのおのが励ますように抱き合った。

 オタクの差し入れも最初はアイドルへの思いやりだっただろう。

 それがいつのまにか『誰が一番すごい食材を推しメンに差し入れするか』の鍔迫つばぜり合い、オタク同士の意地の張り合いへと変貌してしまったのだ。


「贈ってもらえるのはありがたいよ。ありがたいけど、限度があるよ……」


 スマホを見てるメンバーがため息混じりに言う。


「アタシのオタク『他界する(※推すのをやめる)』ってSNSにつぶやいてる」

「なんで?」 

「わかんないけど、たぶん、お金が続かなくなったんだと思う。高級な食材をたくさん差し入れてくれた人だから」

「それ、完全にがんばりどころを間違えてるよね……」


 ぐったりとうなだれるメンバーの背中をひなたは支える。

 加熱し過ぎた推し活では誰も幸せにならない。

 死屍累々とした給湯室の惨状を眺めてから、ひなたは言った。


「ねぇみんな、私、社長にお願いしようと思う」


 ひなたの提案にメンバー全員が力なくうなずくのだった。





 ほどなくして、天使米エンジェライスの現場では飲食物のプレゼントが禁止になった。









 




『配給ゥー!!』おしまい。



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配給ゥー!! 真田紳士郎 @sanada_shinjiro

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