第三話 行き先
門の前で、立ち尽くしていた。
昨日まで、
自分が、こんな場所に立つことになるとは思っていなかった。
気づいたときには、
知らない場所にいて、
知らない人たちに囲まれていた。
異世界に呼ばれたことはわかったが、
状況を理解する暇もなく、
次の瞬間には、役に立たないから追放だと言われた。
そもそも、何を期待されていたのか。
説明はなかった。
分かったのは、
ここにいてはいけない、ということだけだった。
それから、兵士に連れられ歩かされた。
城を出て、
舗装されていない道を、
兵士に挟まれて歩いた。
どこへ行くのかも分からないまま、
半日。
途中で何度か足を止めそうになったが、
止まる理由も、止まっていい理由もなかった。
そうして辿り着いたのが、
この街だった。
兵士は門番の男に何事か伝えると、
用は済んだと言わんばかりに去っていった。
一人の兵士は僕からなけなしの路銀を奪い、
もう一人は自己満足のような施しを残して。
今、自分がここに立っている理由を、
うまく言葉にできなかった。
門は開いている。
人は、絶え間なく出入りしている。
荷を担いだ男が町に入っていく。
籠を抱えた女が外へ出ていく。
馬を引いた商人が、何事もなかったように通り過ぎる。
誰も、こちらを気に留めない。
町は、すぐ目の前にある。
石造りの建物が重なり、
人の声と生活の音が、混じり合っている。
生きている音だった。
門をくぐっていく人の背中を、何人か見送った。
皆、迷いなく歩いている。
入る理由が、はっきりしている足取りだった。
自分は、違う。
入らない理由も、
入る理由も、
どちらも、うまく見つからない。
ただ、ここに立っているだけだった。
門は閉じられていない。
拒まれているわけでもない。
それでも、足が前に出なかった。
半日歩き続けた足は、
もう十分に疲れている。
それ以上に、
頭が追いついていなかった。
異世界に呼ばれた。
追放された。
歩かされた。
放り出された。
出来事の順番は理解できるのに、
現実感が、追いつかない。
門の影が、
少しずつ位置を変えていく。
それを見て、
思っていたより長い時間、
ここに立ち尽くしていると気づく。
喉が渇いていた。
腹も空いているはずなのに、
それを考える余裕がなかった。
立ち尽くしたまま、どうすることもできずにいると、
門の脇に立っていた男が、こちらに向き直った。
「……行く当てがないんだろ」
唐突だった。
声をかけられて初めて、
門番が、ずっとこちらを見ていたことに気づく。
否定する言葉が浮かばずにいると、
門番は小さく息を吐いた。
「さっきの兵士から聞いてる。
素性も知れんし、路銀もすぐ底をつくだろう」
城でのやり取りが、
すでにここまで伝わっていることに、
少しだけ現実味を感じた。
「宿は無理だ。
この町は栄えてるほうだが、慈善事業はやってない」
門番は、言いかけて口を閉じた。
それから、町の外周のほうを指した。
「……それでも、このまま放っておくわけにもいかん」
建物がまばらになる方向。
「東の外れに、
子どもをまとめて預かってるところがある」
「話くらいは、聞くだろう」
「ありがとうございます」
声が、少し掠れていた。
門番は短く頷く。
「行くなら、早めに行け。
日が落ちると、余計に面倒だ」
それ以上、言葉はなかった。
門は、閉じられなかった。
かといって、招き入れられたわけでもない。
判断は、こちらに投げ出されたままだ。
それでも、僕は門をくぐった。
歩かされた足が、
石畳の感触に遅れてついてくる。
示された方向へ、歩いていく。
町の中は、人で満ちているのに、
自分はそこに含まれていない。
市場の匂いが漂い、
腹が反応する。
それでも、足は止まらなかった。
歩いているうちに、町の様子が変わっていく。
人は減り、
建物は低くなり、
町の外周を囲う石の壁が、すぐそこに見える。
その壁に沿うように、
小さな建物が建っていた。
壁や屋根に年季は感じたが、生活の気配ははっきりしていた。
中から、年齢の違う子どもたちの声が重なって聞こえ、
それをまとめるような大人の声が続く。
扉の前で、足を止めた。
手を伸ばしかけて、止めた。
思っていたよりも、声が近かった。
ここに来るべき人間じゃない、
そんな気がした。
けれど、他に行く場所もない。
もう一度、手を上げる。
今度は、引っ込めなかった。
扉を叩く。
中の声が、ふっと途切れた。
しばらくして、内側から足音がした。
扉が少しだけ開き、
女が顔を出した。
若くはない。
だが、老けてもいない。
目の下に疲れが残り、
忙しさが常にそばにあるような様子だった。
こちらを一度、値踏みするように見て、
すぐに判断を保留した目になる。
「……何の用だい?」
扉の隙間から、
擦り切れた袖口が見えた。
声に、余裕はなかった。
僕は、言葉を探した。
「……行く場所が、なくて」
女はすぐには答えず、
僕の顔を少しの間、じっと見ていた。
短い沈黙。
「……待ちな」
扉が閉まり、
内側で、誰かに短く声をかける音がした。
少しして、再び扉が開く。
「こっちだ。
ついてきな」
案内されたのは、
建物の脇にある、
小さな小屋だった。
壁際に薪が積まれ、
雨をしのぐための屋根があるだけの造りだ。
床は土のままで、
踏み固められているだけだった。
「ここだ」
女はそれだけ言った。
僕は頷き、小屋の中へ入る。
女は入口のところで足を止めたまま、
積まれた薪のほうを見る。
その上にかけられていた布に手を伸ばし、
少しためらってから外した。
「……使いな」
差し出される。
受け取ると、
思ったよりも重かった。
「子どもがいる。
妙なことをするんじゃないよ」
念を押すような声だった。
それだけ言って、
女は母屋のほうへ戻っていった。
薪小屋には、
僕一人が残された。
布を床に広げ、
その上に横になる。
背中に、土の冷たさが伝わった。
目を閉じても、
すぐには眠れなかった。
小屋の周りで、
人の気配が動いたような気がする。
遠ざかったのか、
ただ消えただけなのかは分からない。
風が吹くたびに、
屋根のどこかが軋んだ。
母屋のほうから、
子どもの声が一度だけ聞こえて、
すぐに途切れた。
呼ばれたような気がして、
体が少し強張る。
けれど、
こちらに向かってくる気配はなかった。
しばらくして、
自分がまだ布の端を掴んでいることに気づく。
指の力を抜く。
喉の渇きを意識したが、
それより先に、意識が落ちていた。
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