第4話:ミコトとの日常

 ミコトが来てから、一週間が過ぎた。


 不思議なことに、まるで最初からそこにいたかのように、ミコトは家に馴染んでいた。

 朝起きると、リビングからいい匂いがする。


「おはよう、晴斗!」


 キッチンでは、ミコトがエプロン姿で朝食を作っていた。


「おはよう。もう起きてたんだ」

「うん! お母さん、夜勤で疲れてるから、私が作ろうと思って」


 テーブルには、トーストと目玉焼き、サラダが並んでいた。

 シンプルだけど、美味しそうだ。


「ミコト、料理上手いんだな」

「えへへ、ありがとう! 料理、勉強したの!」


 ミコトは嬉しそうに笑った。

 母さんが起きてきて、三人で朝食を食べる。


「ミコトちゃん、ありがとうね」

「いえいえ、お世話になってるので!」


 母さんもミコトも、笑顔だった。

 この一週間で、家の中の空気が変わった気がする。

 前よりも、明るくなった。


 学校に行く準備をしていると、ミコトが俺の部屋にやってきた。


「ねえ、晴斗」

「ん?」

「私も学校、行っていい?」

「……え?」


 ミコトは真剣な顔で言った。


「あなたが学校に行ってる間、ずっと家にいるの、ちょっと退屈で」

「でも、ミコト、学校に通ってないんだろ?」

「大丈夫! ちょっと神様パワーを使えば、転校生ってことにできるから」

「そんな簡単に……」

「簡単簡単! 任せて!」


 ミコトは自信満々だった。


「でも、無理しないでよ。神様が人間の世界にいるの、大変なんだろ?」

「うん、でも平気! それに、あなたのそばにいたいから」


 ミコトはにっこりと笑った。


「学校で、あなたがどんな風に過ごしてるのか見てみたいの」


その言葉に、俺は少しドキッとした。


「分かった。でも、本当に無理しないでよ」

「うん! 約束する!」



◇◆◇◆◇



 数日後。

 本当に、ミコトが転校生として学校にやってきた。

 朝のホームルームで、担任の先生が言った。


「今日から、新しい仲間が増えます。入ってきて」


 教室のドアが開き、ミコトが入ってきた。

 制服姿のミコト。

 クラス中がざわついた。


「うわ、めっちゃ可愛い……」

「マジで? 転校生?」


 男子たちが興奮している。

 ミコトは堂々と教壇に立った。


「初めまして。ミコトです。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げるミコト。

 教室中から拍手が起こった。


「ミコトさんの席は……そうだな、望月の隣が空いてるから、そこで」

「はい」


 ミコトは俺の隣の席に座った。


「よろしくね、晴斗」


ミコトは小声で言った。


「よろしく……」


 俺は小さく頷いた。

 周りの視線が痛い。

 特に男子たちの、羨望と嫉妬の混じった視線が。


 休み時間になると、案の定、ミコトの周りに人が集まった。


「ミコトちゃん、どこから来たの?」

「前の学校はどこ?」

「部活とか入る?」


 質問攻めにされるミコト。

 でも、ミコトは笑顔で答えていた。


「えっとね、遠いところから来たの」

「部活は……まだ考え中かな」


 器用に、質問をかわしている。

 さすが、神様だ。


「ねえ、望月とはどういう関係?」


 大樹が聞いてきた。


「え?」

「だって、隣の席だし、なんか仲良さそうじゃん」

「えっと……」


 ミコトは一瞬、俺を見た。


「家が近所なんです。だから、色々お世話になってて」

「へー、そうなんだ」


 大樹は納得したようだった。

 嘘じゃないけど、本当のことでもない。

 絶妙な答えだ。



◇◆◇◆◇



 昼休み。

 ミコトと一緒に学食に向かった。


「すごいね、学校」


 ミコトは目をキラキラさせていた。


「こんなにたくさんの人がいて、みんな勉強してるんだね」

「まあ、そうだけど……神様から見たら、変なのかな」

「ううん、素敵だと思う。みんな、一生懸命生きてる」


 ミコトは真剣な顔で言った。


「人間って、すごいよ。限られた時間の中で、こんなに頑張ってる」


 その言葉に、俺は少しドキッとした。

 ミコトは、人間のことをちゃんと見てくれている。


「ミコトは、神様だから、ずっと生きられるの?」

「うーん、どうだろう。神様にも寿命みたいなのはあるかも」

「そうなんだ……」

「でも、今は考えないことにしてる。今を楽しまなきゃ」


 ミコトは笑った。

 その笑顔が、少しだけ切なく見えた。



◇◆◇◆◇



 放課後。

 ミコトと一緒に帰る道すがら、神社に立ち寄った。


「久しぶりだね、ここ」


 ミコトは嬉しそうに境内を歩いた。


「ちゃんとお掃除されてる」

「母さんが、たまに来てくれてるみたい」

「そっか。お母さん、優しいね」


 ミコトは本殿の前に立ち、手を合わせた。


「おじいさん、ちゃんと晴斗を守ってるよ」


 小さく呟くミコト。

 俺も隣に立ち、手を合わせた。


「じいちゃん、俺、頑張ってるよ」


 風が吹いた。

 木々が揺れて、葉っぱが舞い落ちる。


「おじいさん、喜んでるよ」


 ミコトが言った。


「分かるの?」

「うん。ちゃんと見守ってくれてる」


 その言葉に、胸が温かくなった。

 じいちゃんは、きっと見守ってくれている。

 そう信じることができた。



◇◆◇◆◇



 家に帰ると、母さんが先に帰っていた。


「おかえりなさい、二人とも」

「ただいま」

「ただいまです!」


 母さんは嬉しそうに笑った。


「今日は早く帰れたから、夕飯作ってるのよ」

「わあ、嬉しい!」


 ミコトは本当に嬉しそうだった。

 三人でキッチンに立ち、一緒に料理を作る。

 俺は野菜を切って、ミコトは炒めて、母さんは味付けをする。


「晴斗、包丁の使い方、上手くなったわね」

「じいちゃんに教えてもらったから」

「そっか……」


 母さんは少し寂しそうな顔をした。

 でも、すぐに笑顔に戻った。


「お父さん、喜んでるわね。晴斗が頑張ってるの見て」

「うん」


 俺も笑った。


 夕飯を食べながら、他愛もない話をする。

 学校のこと、今日あったこと、明日の予定。

 何気ない会話。


 でも、それが嬉しかった。

 じいちゃんがいなくなってから、こんな風に笑えなかった。


 でも、今は笑える。

 ミコトがいるから。

 母さんも、前より元気になった気がする。


「ねえ、晴斗」


 ミコトが言った。


「明日も、一緒に学校行こうね」

「うん」

「楽しみ!」


 ミコトの笑顔を見て、俺も笑った。

 じいちゃんがいなくなった寂しさは、まだ消えない。

 でも、少しずつ、前を向けている気がする。


 ミコトが、そばにいてくれるから。



◇◆◇◆◇



 その夜。

 ベッドに横になりながら、天井を見つめた。


 ミコトが来てから、毎日が楽しい。

 寂しさは、まだある。

 でも、前よりずっと軽くなった。


「ありがとう、ミコト」


 小さく呟いた。

 隣の部屋で、ミコトも眠っているはずだ。

 もしかしたら、聞こえているかもしれない。


 でも、言葉にしたかった。

 窓の外を見ると、月が綺麗だった。

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2026年1月16日 17:00

神様の恩返し 皐月太郎 @satu_taro

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