第3話:新しい朝

 翌朝。

 目が覚めると、いつもより早い時間だった。

 窓から差し込む朝日が、カーテン越しに部屋を照らしている。


 時計を見ると、午前6時。

 普段なら二度寝するところだけど、今日は目が冴えていた。


 ——今日、ミコトが来る。

 昨日のことを思い出して、少しドキドキした。

 本当に来るのかな。

 それとも、やっぱり夢だったのかな。


 ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。

 秋晴れの気持ちいい朝だった。


「晴斗、起きてる?」


 母さんの声が聞こえた。


「起きてる! 今行く!」


 服を着替えて、階段を降りる。

 キッチンでは母さんが朝食の準備をしていた。


「おはよう。今日は早いのね」

「うん、なんか目が覚めちゃって」

「友達が来るから、緊張してるんでしょ?」


 母さんはクスクスと笑った。


「そんなんじゃないよ」


 そう言いながらも、確かに緊張していた。

 神様と一緒に暮らすなんて、誰だって緊張する。


「その子、何時頃来るの?」

「えっと……聞いてない」

「あら、そうなの。じゃあ、いつ来てもいいように準備しておかないとね」


 母さんは張り切っていた。

 久しぶりに家に客が来るのが嬉しいのかもしれない。


「掃除しておかなくちゃね」

「ありがとう、母さん」


 朝食を食べ終わると、母さんは掃除を始めた。

 俺も手伝おうとしたけど、「いいから、あなたは学校の準備しなさい」と言われてしまった。


 時計を見ると、もう7時半。

 学校に行く時間だ。


「じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい。帰ったら、お友達に会えるかもね」


 母さんは嬉しそうに手を振った。



◇◆◇◆◇



 学校への道すがら、昨日のことを何度も思い返した。


 神社で出会ったミコト。

 桜の花びらを出した時の、あの不思議な光景。

 「あなたを助ける」と言ってくれた、あの優しい声。


 夢じゃない。

 きっと、本当だ。


 でも——本当に一緒に暮らせるのかな。

 母さんにバレたりしないかな。

 そもそも、神様と人間が一緒に暮らすって、どういう感じなんだろう。

 考えれば考えるほど、分からないことだらけだった。


 学校に着くと、いつもの日常が待っていた。

 友達と話して、授業を受けて、昼休みにご飯を食べて。

 でも、どこか上の空だった。


「晴斗、なんか今日、変じゃね?」


 クラスメイトの大樹が声をかけてきた。


「え……そう?」

「なんかソワソワしてるっていうか……あ、もしかして彼女でもできた?」

「違うよ」

「マジで? じゃあ、なんで?」

「ちょっと、家に友達が泊まりに来るだけ」

「へー、珍しいじゃん。お前、あんまり人呼ばないタイプだろ」


 確かに、じいちゃんが亡くなってから、友達を家に呼んだことはなかった。

 というか、じいちゃんがいた頃でも、あまり呼ばなかった。


「まあ、色々あってさ」

「ふーん。まあ、楽しめよ」


 大樹はあっさりと引き下がった。

 ありがたい。これ以上突っ込まれたら、答えに困る。



◇◆◇◆◇



 放課後。

 いつもより早く家に帰りたくて、部活もないし真っ直ぐ帰ることにした。


 家に着くと、玄関の前で立ち止まった。

 もう来てるかな。

 ドキドキしながら鍵を開けて、中に入る。


「ただいま」

「おかえりなさい!」


 リビングから、聞き覚えのある声が聞こえた。

 母さんの声じゃない。

 急いでリビングに向かうと——そこには、ミコトがいた。


 昨日の白い着物ではなく、普通の私服を着ている。

 白いブラウスに紺色のスカート。

 髪は後ろで一つに結んでいて、見た目は完全に普通の女の子だった。


「あ、晴斗! おかえり!」


 ミコトは満面の笑みで手を振った。


「ミコト……本当に来たんだ」

「うん! 約束したでしょ?」


 その横で、母さんも嬉しそうに笑っていた。


「晴斗、お友達、すごくいい子ね」

「え……もう話したの?」

「うん! ミコトちゃん、色々お話してくれたのよ」


 母さんはミコトの肩を優しく抱いた。


「家の事情で、しばらく泊めてほしいって。もちろん大歓迎よ」

「ありがとうございます!」


 ミコトはペコリと頭を下げた。

 すごく自然だ。

 本当に普通の女の子にしか見えない。


「晴斗、ミコトちゃんに部屋、案内してあげなさい」

「う、うん」


 俺はミコトを連れて、客間に向かった。

 部屋は綺麗に掃除されていて、布団も敷いてあった。


「ここが、ミコトの部屋」

「わあ、素敵!」


 ミコトは部屋の中をキョロキョロと見回した。


「ねえ、晴斗の部屋も見せて!」

「え、俺の部屋?」

「うん! どんな部屋か気になる!」


 ミコトは目をキラキラさせていた。


「まあ、いいけど……普通の部屋だよ」


 俺の部屋に案内すると、ミコトは興味津々で中を見渡した。


「本がいっぱいあるね」

「まあ、読むの好きだから」

「漫画もある! 私も読んでいい?」

「いいけど……神様って、漫画読むの?」

「読むよ! 人間の文化、面白いもん」


 ミコトはあっけらかんと答えた。

 なんだか、神様っぽくない。

 でも、それがかえって安心させてくれた。


「ねえ、晴斗」


 ミコトは窓の外を見ながら言った。


「これから、よろしくね」

「うん、こちらこそ」


 ミコトは振り返って、にっこりと笑った。


「私、頑張るから。あなたが心から笑顔になるまで、前を向いて歩いて行けるまで、ずっとそばにいるから」


 その言葉に、胸が温かくなった。

 じいちゃんがいなくなって、ずっと寂しかった。

 でも、もう一人じゃない。

 ミコトがいてくれる。


「ありがとう、ミコト」

「どういたしまして!」


 ミコトは元気よく答えた。



◇◆◇◆◇



 その夜。

 母さんとミコトと三人で、夕飯を食べた。

 テーブルを囲んで、他愛もない話をする。

 久しぶりの、賑やかな食卓だった。


「ミコトちゃん、料理とかできる?」

「えっと……ちょっとだけ」

「じゃあ、今度一緒に作りましょう」

「はい!」


 母さんとミコトは楽しそうに話していた。

 俺も、自然と笑顔になっていた。


 ご飯が、美味しい。

 久しぶりに、ちゃんと味を感じることができた。


「晴斗、笑ってるわよ」


 母さんが嬉しそうに言った。


「え……」

「久しぶりね。あなたが笑っているのを見るの」


 母さんの目には、涙が浮かんでいた。


「母さん……」

「よかった。本当に……よかった」


 母さんは涙を拭った。

 ミコトは何も言わず、優しく微笑んでいた。


 食事が終わり、片付けを済ませると、ミコトは自分の部屋に戻った。


「おやすみなさい、晴斗。お母さん」

「おやすみ、ミコトちゃん」


 母さんも自分の部屋に入った。

 俺も部屋に戻り、ベッドに横になった。


 今日一日、色々あった。

 ミコトが本当に来て、母さんも喜んでくれて。

 なんだか、夢みたいだ。


 でも、これは夢じゃない。

 新しい生活が、始まったんだ。

 窓の外を見ると、星が綺麗に見えた。


「じいちゃん、見てる?」


 小さく呟いた。


「俺、なんとかやっていけそうだよ」


 風が、優しく吹いた。

 まるで、返事をしてくれたみたいに。

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