第3話 歌殺し

― あと3日―


ザラが嗚咽の声がやんでしばらくすると踊り場から少女が戻ってきた。

「終わり……ました?」

昨日プラウスに言われたようにザラの無様な姿を見ないようにしているのだろう。

「ああ、すまないな」

「いえ、勉強です。藁は纏めてくれれば交代の時に片づけますよ」

二人は黙った。外から学生の合唱の練習が聴こえる。

「ミソサザイの……餌はやってくれてるか」

少女は笑った。

「あげてますよ、私を見ると降りてきます。かわいいです」

ザラが鼻で笑う。

「首傾げるんですよ?」

少女がむきになった感じでおどけた。

「でも可笑しいですね、ごはん食べられない人が小鳥のごはんの心配なんて」

合唱の声が聞こえる。明るい調子の静かな歌だ。創立歌らしい。

「もうすぐ十周年祭ですからね~」

通路の先のたいまつが少女の横顔を照らしている。ザラはふと気になった。

「君は……何故ここにいる?」

少女はきょとんとザラを見た。

「何故…ってどういうことでしょう?」

「あ、いやどういう経緯でここに入ったのかと……学生としても若いだろう。気を悪くしたならすまない」

ああ、と少女は歯を見せた。

「あー私の故郷ってすっごい田舎なんですよね、都市国家の領地だけど……内陸部のすっごい辺境で」

少女は松明を眺めながら続ける。

「わけわかんない病気流行ってたくさん死ぬし、麦作はよく失敗するしそのうえ税はとられるし……でも世の中とか、生きていくってこんなもんだってみんな大人も言ってたんです」

かなり悲惨な状況だが笑っている。

「そしたらですね、六年ぐらい前かな?学院都市帰りの若い人が村に来たんです、あっという間に上下水道引いちゃって変な病気は流行らなくなったし米育てろって言いだして」

「一年目はそうでもなかったんだけど二年目にすっごい豊作で……私もお腹が破れるぐらいたくさん食べて今でもお米大好きなんです」

薪の割れるかすかな音がする。

「もう魔法みたいで、実際その人は魔法使えるけどそういう話じゃなくて、私は頭が良かったから」

少女はここで自分で吹き出してしまった。

「あ、すいません。村長が感動しちゃって誰か学院都市に入れようって話になったんです。でも学費もかかるから一人しか送れない。で、私は村で一番頭が良かったし若かったから、両親も村長もいい教育受けて来いって、三年前ですね」

「それが殺し屋の相手か」

ザラが皮肉を入れる。

「あら?志願したんですよ?」

意外な答えだった。少女は大きな栗色の目でザラに笑顔を向けた。

「学長は止めんのか女にこんなこと」

「あなたみたいなのと話すのも勉強になるって私もそう思います」

「そうか……」

ザラは壁に体を預けると目をつむった。会話の終わりを察して少女も黙る。

【ザラ】

蛇の声が意識に響いた。

【ザラ、お前はこんな小娘も殺すのか】



― あと2日―


「あらー昨日よりやつれてますねー」

交代に食事を運んできた少女が明るくいう。

「餓えて死ぬのが早いか、処刑の方が早いか興味があります」

栗色の目を細めて笑う。

「どちらにしろ短い命か」

ザラは自嘲気味言った。

「もうすぐ死んじゃう人と話すってあんまりないですよ?」

少女は屈託なく笑っている。二人は黙った。

スープの匂いが牢に漂っていた。薪の砕ける音聞こえる。

「静かだな、今日は」

「あー……雪なんですよ今日。ここは窓がないけど。私こっちに来てからはじめて知ったけど雪の日って静かなんですね」

ザラは少し考える。

「ミソサザイは?」

「ごはんあげてますよ、あなたが死んじゃっても卒業までは続けようかな、かわいくなっちゃった」

【やるのか】

蛇の声がザラの意識に響く。

【ああ、今日しかないな。明日には警戒が厳しくなる。最後の機会だろう】



しばらく目をつむり薪の音を聞いていた。やがてザラはゆっくりと蛇のように食事に這っていく。それを認めると少女は小走りに踊り場に去った。


ザラが吐くことはわかっている。『敵の無様な姿を見るものではない』プラウスの言いつけを守っているのだ。


食事はベーコンとトマトのスープが二杯、さらにミルク。確認できる範囲で出されたのは全て人間への食事だった。裁判の前日当日にはもっと豪勢なものも出すのかもしれない。どちらにしろザラにはもう知る手段がないだろう。がっつくようにすべてを嚥下していく、戻すために。ザラは格子に背を向けて藁の束に向き直るとあらん限りの嗚咽とともに胃の中のすべてを吐き出した。真っ赤な胃液が藁に拡がる……しかし今日ザラが吐きだしたのはスープだけではなかった。


ーきつく結ばれた拳の半分ほどの革袋ー


食道を逆行させるのが凄まじく苦しい。息が止まりそうになるのを激しい嗚咽の声で何とか押し流した。革袋は血まみれの内臓のように藁の上に転がった。ザラはそれに屈みこむと素早く歯で破る。中からは黒い粉と小さく光る金属片が現れた。ザラは体を回すと嗚咽をあげながら縛られた後ろ手でかけらを掴む。ぎりぎり余裕がある程度に縛られた縄を削った。そのままその余裕を使って片を床にこすった。火打石の要領だ。首をひねって覗きながら黒い粉に火を移す。粉から床を這うようにゆっくりと目立たぬ煙が拡がった。ザラはそれを確認すると壁に体を預け、その隙間に革袋を固定した。外からは見えないはずだ。嗚咽を止める。


「もう……いいですか?」

踊り場から声が聞こえる。

「ああ、ありがとう」

少女が戻ってくる。

「敵に礼を尽くすは自分を高めると学長が」

「そうか」

彼女の顔を見ずにザラが言った。

「卒業はいつになるんだ?」

「来年です」

少女が笑う。

「なら俺は見られないな」

ザラは目をつぶった。



その日の深夜になった。


【先ほど、音がしたな】

【ああ】

ザラは後ろの手を動かす。革袋と灰の感触がある。再び金属片を掴んだ。少しずつ片を動かし両手を結ぶ縄を切っていく。今度は最低限の動きの確保ではない。

やがて全ての結びを切り、ザラの両手は自由になった。肩を回し、指で輪を作ると手首をこすった。感触を確かめる。

ザラは格子の隅に近づきしゃがみ込んだ。

右手の指を一つ一つ折り、印を組む。


ルーンkanoー【解放】


左胸から文字が抜けていく感覚がすると、かすかなきしむ音とともに格子の鍵が外れた。ザラは空いた隅の扉をくぐると牢を抜けた。


階段までの廊下、松明の逆光に黒い塊が沈み込んでいる。


ザラはしゃがむと塊を確かめた。うつぶせの首を回す。栗色の目を見開き、口から泡と血を吐いたあの牢番の顔があった。体はすでに冷たい。

【お前にはよくしてくれた小娘だろう】

【化け物と戦うのだ、なんだって使うさ】

ザラは左手で彼女の瞼を閉じた。


【標的の場所はわかるのか?】

【この塔の最上、魔姫の書斎だろうな】

【エントランスをどう抜けるつもりだ】

【口八丁だな】

ザラが階段を上り、エントランスに出ると恐らくは警備であろう三人の学生が床に転がっていた。一人がザラの姿を認めると口元が不気味に動いた。意味のある音は出ない。

「動くな、声を出すな、魔法を使うな……死ぬぞ……」

男子生徒の顔が恐怖にゆがんだ。ザラは広間を突っ切って螺旋階段に向かう。

「生きていたければ大人しくしていることだ」

ザラは階段を登り始めた。

【死ぬのか?あの女のように】

【いや奴らは吐くだけだろうよ、意思力があればおれを止められた】


……致死量……。


ちょうど一月前、ザラと蛇は学院南の村を訪ねていた。

真っ白な雪に沈んだ村、十年前から時が止まったように、生活用品はそのままに三十戸ほどの家を擁する村には一人の人もいなかった。

「誰もいないのか?」

蛇が聞く。

「学院を作るために退去させられた廃村だ。纏まった土地がいるからな」

しかし予定より実際の立地がずれたため廃村と退去の必要はなかった。

「民主と法治を是とする学院都市も都市国家アレフより悪辣なことをする」

蛇が嘲笑する。

「いずれにしろ学院は拡がる、早いか遅いかの違いだ」

ザラにはそんなことはどうでもよかった。彼が探していたのは自分に必要なものだった。

一人と一匹は村の奥まで歩きやがて目的のものを見つけた。

「あったな」

雪と苔にまみれた井戸だった。

「井戸?」

蛇がきいた。ザラは井戸に耳をつけ水の流れの音を確かめた。ついで釣瓶を降ろし、桶一杯の水をくみ上げた。

「生きているな」

満足げに笑う。

「学院の水道はこの水脈を利用しているはずだ、ここに……」

ザラは背負った巨大な布袋から縄で纏められた黒い塊を次々井戸に落としていく。

「ベラドンナの毒だ」

「これで中のやつらを殺せるのか?」

蛇がたずねる。

「用水に溶けたものをとったところで殺すのは無理だろう。高純度の煙を嗅がせれば、吐き気がする……程度だろうな。立てないぐらいの」


ただ……数日にわたってベラドンナの密生地に侵入していたなら話は別だ。

牢番が歩いていたミソサザイの高台……ベラの庭……にはベラドンナがびっしりと生えていた。彼女は充分ベラドンナの息を吸っていただろう。



ザラは塔の最上、扉の前に付いた。あかがね色の引き戸を引く。きしむ音が幽かに響いた。

部屋の中央の机に座り、プラウスは蠟燭の薄明かりのもとで何か書き物をしていた。戸の音にふと顔をあげる。ザラとプラウスの視線が静かに交わった。

「書を紡ぐ者、プラウス」

「抜けたのか……見事……」

信じられないという表情でプラウスが呟いた。瞬間、ザラが右手をあげる、より早くプラウスも右手をあげ立ち上がる。書斎側面の美しい大窓が砕け散った。色とりどりのガラスが雪の上に虹となって降っていく。プラウスは印を変え、右手を大きく振り回した。ザラは体が強く引っ張られるのを感じる。


獣のごとき咆哮をあげザラはプラウスに組み付いた。


ザラの体ごと二人は空中に投げ出された。蛇の声が響く。

【魔人はともかくただの人間のお前が落ちれば死ぬぞ!】

ルーンteiwazー【肉体】

ー心臓が百の鼓動打つ間、英雄の膂力を得ることが出来るー

百。

ザラの瞳に金色が灯った。左胸から文字が抜けていく感覚とともに全身に力がみなぎる。ザラは空中で体を回し足から雪に着地した。雪煙が跳ねる。その向こうに同時に着地したプラウスがゆらりと立ち上がるのが見えた。荒い息のまま咆哮しザラはプラウスに向かって駆け出した。

【鼓動が早い!抑えろ!】

【離れれば勝ち目がない!】

八十。

プラウスに肩からぶつかり押し倒した。そのまま馬乗りになり力任せに拳を振り下ろす。だがプラウスの顔には笑みがあった。

「ルーンでも人間の力など…」

プラウスはザラの脇に手を入れると力任せに右手を回した。人の身長二人分ほど文字通りザラの体は『投げ飛ばされた』。蛇が感嘆の声をあげる。

【魔人の膂力か!素晴らしい!】

しりもちをつく格好になったザラをプラウスは見下ろし……右手を掲げた。

「勝負あったな」

ザラも笑みを浮かべ右手を掲げる。プラウスは笑った。

「稲妻など……当てられる魔法ではない」

しかしザラはプラウスのはるか後ろにミソサザイの高台『ベラの庭』を見ていた。


ルーンfehuー【所有】


四十。

左胸から文字が抜ける感覚。プラウスのはるか背後、ベラの庭で雪が破裂する。音はこちらに聞こえずに、子供だましの幻灯芝居のように。

空を裂き引き寄せられた二振りの剣がプラウスの右肩を貫いた。絶叫がこだまする。剣はそのままザラの両手に収まった。


『火剣 中刃1短刃1』


三十。

「貴様……!」

プラウスが憎悪に満ちた目でザラをにらむ。しかし砕かれた右肩は黒い帯状の物体が生き物のようにうごめくと覆われた。見る間に再生する。

【魔人の再生力、殺せんぞ】

「首を落とさんとなぁ!」

狂気じみた笑みでプラウスが叫ぶ。その通りだ。火刃は強力な武器だが、魔の息を受けたものに対しては最低限傷を負わせられる武器でしかない。再生を止めるは首を落とすしかない。

ザラは再び黒い獣の如く標的にとびかかる。持ち手の長い中刃を両手で握り、渾身の力を込めて首に振り上げる。

激しく発光して弾かれた。【防御魔法か、当然だな】ならば右肩、中刃は深く喰いこみ再び右腕を飛ばした。しかし黒い帯が再び蠢き瞬時に再生される。プラウスは両手で火剣の刃を掴むと自らの腹に突き刺した。ザラの顔色が変わる。

【抜かせないつもりか!】

ザラは全身を使って無様にもがいた。

「貴様には時間がない」

プラウスが呟いた。


零。

ザラの瞳がゆっくりと光を失い黒く戻っていく。プラウスは腹に剣を刺したままザラを振りほどくと両手で火剣を抜きぬいた。再びしりもちをつく格好のザラとプラウスが対峙した。

ただ今回はプラウスだけが火刃を……殺す手段を持っていた。稲妻のルーンは当てられる魔法ではない。


「名を言え」

「……ザラ」

「古語で死、か。字ではない本名だ」

「……ヤン・フラッド」

「ではヤン、こちら側に来い、おまえは愚民のために使う命ではない」

唇の端をあげてザラは笑う。

「……そうか」

プラウスが火刃を振り下ろす。と……

激しく発光し刃が弾かれる。

『防護符1』

【あとは防護符があるだろう?】

【手のひら一枚の大きさしか守れん、しかも一度だけ、役にはたたん】


虚を付かれたプラウスの首筋に獣が短刃を押し付けていた。左手で……。そのままザラは全体重を使ってプラウスを押し倒すと愛しい女を抱くように刃を上下する、白い喉の骨が見えそのあと刃がすっと軽くなった。


白い雪に赤い血だまりがゆっくりひろがっていく。


プラウスが唯一動かせる目だけを動かし立ち上がるザラを見上げた。

「敗れたのか、私は」

「ああ」

「なぜ太刀筋がわかった」

荒い息のまま絶え絶えにザラが答える。

「お前はおれを……」

「殺せない、まだ罪人ではない……から……」

「右肩を狙うのは……わかっていた」

プラウスが笑う。

「やはり……私たち側だな……」

ザラはプラウスの胴体に中刃を突き立てる。雷はこれに落ちるはずだ。

「姫……今まいります」

プラウスが目を閉じた。


最後に残ったルーン。

ルーンhagalazー【落雷】

左胸から文字が抜ける感覚とともに稲妻が閃いた。



その朝、学院都市から都市国家アレフに一羽のハトが飛び立った。

『標的、書を紡ぐ者、プラウス。落雷にて焼き候』

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歌殺し、ザラ ごとうもろい @moroi

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