第4話 空模様は元通り
「そういう役割ですもんね」
こぼした言葉のトーンが自分でわかるくらいに冷たかった。
「ああ。言っただろ? 要は割り切ってるってこった」
ところどころに穴の空いた生地をひっくり返すと、こころなしかさっきよりも黒っぽい色。
「あっ」
「どした?」
てくてく歩いてフライパンを覗き込み、あららと声を上げる。
「焦がしたか」
「すみません」
「おれがそれ食うよ」
よけいなこと話しちまったからな。
その詫びだ。
指差してそっけなく告げる。
「そのかわり全部は食わねえ。分けるから。お前残りの二枚と、焦げたやつ半分な」
「まあ、これを一枚まるまるはキツそうですしね……」
皿をもうひとつ出し、フライパン上から移し替える。
包丁を出すのがめんどうだったのでフォークで切り分ける。
彼が横でちいさく何事かつぶやいた。
「ん? なにか言いましたか」
「いや。器用でいいよなって」
おれだったら、たぶんぐっちゃぐちゃになるから。
横髪で隠れた顔。
「まっ、いろいろあんのは人間だけじゃねえんだぜってこと」
慣れてしまった味ではあるが、あつあつのホットケーキはやはりおいしかった。
料理はできたてがいいな、とあらためて実感する。
「なあ。提案なんだけど」
ほっぺたをまんまるにふくらませたまま、指を一本立てて下に向ける。
「ひとつ、契約をしたいと思ってる。呑むか呑まないかはまあ、お前しだいなんだけれども」
えへんと咳払いをしこちらをうかがう。
「……やっぱり悪魔じゃないですか。ほら、取引とか持ちかけてくるもんでしょうあれって?」
「んー。違うって言っておいてなんだけど、限りなくそれに近いっちゃ近いのかもな。マジで」
ずずいと身を乗り出してくる。
「確認なんだけどさ。お前、料理できるんだよな? これのほかにもいろいろ作れる?」
「え? あっはい、多少は。お味の保証はまあ、プロ並みとまではいきませんけれども」
「そっか。ならいいや」
ほんのわずかに微笑む。
「単刀直入にお願いする。ここにいっしょに住んでも良いかな」
「へっ?」
「や、マジでうまいんだよなこれ」
ホットケーキをていねいに切り分け扇形にし、眼前まで持ち上げてしげしげと眺める。
口に入れて咀嚼しながら表情をゆるめる。
「人間のたべものってさ、いままで口にしてみたこと一度もなかったんだ。映画とかで見てはいたけど、基本おれたちってその必要性は特にないから」
「はあ、そうなんですか」
「うん。一部の物好きはたまに降りてって店巡りしたりごちそうになったりしてるけど、そもそも存在理由的にバレたらかなりマズいじゃねえか。ひとに不幸をもたらす存在なんて」
向こうさんからしたらそりゃまあ、たまったもんじゃねえよな。
何回かうっかり話しちまって、石を投げられたこともあったし。
あれは痛かったな、ハハハ。
頭に空いた手を持って行き、やわらかい手つきでさする。
「お前みたいにニュートラルな態度で接されたの、なにげに今回が初めてなんだよ。だからかな、つい魔が差しちまった。悪魔的な存在だけに」
いつのまにふたたび出したのか、背中から羽がわずかに見えている。
真っ黒な翼の先を軽く触り、またどこへともつかぬ場所へと戻した。
「これは言うなれば、『わかりやすく』あるための記号なんだよな。そんだけの意味しかない。でも、世の中のものってわりかしそういう側面を持ちがちだ」
役割とか記号とか、なんかいろいろ。
単純化しねえとやってられねえくらいに、情報量が多いだろ?
バターをひとかけ指でつまみ、慎重にホットケーキの上に載せる。
時間が経ったからか、融け具合があまり芳しくない。
「パッケージの袋にもこういう写真載ってたよな。あれって冷めてから撮ってんのかね、もったいね~」
ようやくじわじわと液状になり始めた半固形を突っつき、やがてあきらめてハチミツにも手を伸ばす。
生地の上にまんべんなく三、四往復。
「で、どうする? おれさ、お前の作る料理がもっと食いたいんだよ」
ナチュラルに戻った話題。
「もちろん衣食とか家事とか、自分のことは自分でやる。てかそもそも、あんまりそういうの発生しねえし」
「や、そう言われてもですね」
「頼むよぉ」
返事に困り、じっと彼の目を見つめる。
ウソや出まかせ、からかっているだけという色合いはない――ように見えた。
もちろん相手は人外だ、うまく表に出ないように取り繕っているだけというケースも考慮しなければならないだろう。
「うーん……」
迷った末にふと思いついた但し書きめいた内容を、苦し紛れに相手へ伝えることにした。
「じゃあこちらからも、恐縮ながら提案なんですが」
「なんだ?」
「お試し期間を設けるというのは、その……どうでしょうか」
「お試し期間?」
「はい」
自分としても、いきなり同居を始めるというのにはかなり抵抗があります。
人間じゃないとはいえ、他人であるのに変わりはありませんから。
「他人と暮らすのイヤなのか? 結婚してたことあるのに」
「そうですね。というよりかは、心の準備が必要なんです」
ひとりの空間が好きなところはまあ、少なからず性格的にあるので。
「わかった。いつまで待てばいい? 長過ぎないならわりとダイジョブだぜ」
あぐらをかき、ホットケーキをまた切り分ける。
「かんたんなものでもなんでも、こうして食えてることがしあわせなんだからさ。考えてみりゃ、毎日いて飽きが来たり気に食わないトコ見っけちゃうよりも、ときどき顔合わせてるくらいがいちばん良いのかもだし」
「まあ、そうですね」
しばらく協議し、とりあえず月一で会うことになった。
夜も深まってきたので玄関で見送る。
明日からまた仕事だ、気が重い五日間。
ドアが閉まる間際、ふと思い出したように彼が言った。
「おれはいままで通り、生活にスパイスを運ぶ役割なんだけどさ。――ちょっとでも、甘さが増えるといいよな」
ハチミツもあるしバターもある。
プラスすることなら、きっとできると思うんだ。
「……いいこと言うじゃないですか」
「だろ?」
次は何を作ろうかな。
メニューを考えなきゃだな、とひとりつぶやき、そっとキッチンに戻る。
二人ぶんの皿を洗うのは億劫だ。
けれどイヤというほどではない。
自然に出てきた鼻歌が、洗剤の香とともに空間へ満ちていった。
薄曇りとホケミと便宜的悪魔 天萌 愛猫 @AibyouOcat2828
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