第3話 狐の嫁入り
(……しかし、よく食べるな)
黙々とフォークを進めるさまをながめていると、こちらまでなにか口にしたくなる。
戸棚からカップラーメンを取り出しお湯を入れていると、うしろに寄ってきて不思議そうな声で尋ねてきた。
「あれ。お前はホットケーキじゃなくて、それなのか」
「はい。まだ食べるかなと思いまして」
残っている粉はちょうど一袋、三枚分。
食べっぷりを見た感じまだまだ胃袋に余裕がありそうだし、客人に出すほうが優先だろうと考えたのだった。
「じゃあおれにもそれをくれ」
「えっ?」
カップ麺ですか?
問いかけるとああそうだよ、ときっぱりした返事。
「お前、本来自分で食べたくて買ってきたんだろ。なのにおれが全部ぺろりといっちゃったらかわいそうじゃん、なんか」
ぶっきらぼうに言ってフォークを置く。
食べカスすら残さずきれいに平らげられた皿。
「……豚骨でいいです? 醤油もいちおうありますけれど」
「よくわからん。お前の好きなほう……いや、それだとまたアレだよな。うむむ」
やたらと気づかいをしてくれる、さっき人間のことを下等生物と呼んでバカにしていたわりには。
「まあな。さんざ見下してはいても、けっきょくは生まれがちょっと違うだけだし」
やかんに水を入れ沸かし始める。
「おっ。それ、ピーッて鳴くんだろ」
「そういう知識はあるんですね……」
やたら偏りまくっているが、いったいどこから仕入れてきたものなんだろう。
「たまに下界に降りてくるんだよな〜。あと映画。古いやつ」
「ああ、なるほど」
「でもあんまり内容が記憶にないんだよな。んで、お好み焼きとか食べもののことは比較的覚えがめでたいんだ」
「覚えがめでたい」
言葉づかいがしばしばみょうちきりんなのもその影響らしい。
「そだよ。てかさ、映画ってつまんなくね? おもしろくない、あんまし」
「見てるジャンルとかの問題じゃなくてですか?」
「有名なやつを友達によく勧められるから、ハイハイっつって家に帰って観てんの。でもさ、感動系のもほぼ涙腺動かねえのな。あーこれたぶん主人公の飼ってるヘビに全員食い殺されるなって思ったらなんかぜんぜん違うオチになるし。つまんねえよ」
「予想がトリッキーすぎるでしょ。ちなみにそれどういう終わり方だったんです?」
「恋人が死ぬ。で、主人公が泣いて終わる」
「あー……そういう感じですか。てっきりホラー系かと」
「感動系のだって言ってただろ。話聴いてたかちゃんと」
なんとなく話の流れが想像できてしまったけれど、それってヘビがノイズでしかないんじゃないだろうか? すごい趣味してるなその主人公。
「まあとにかく、おれはほかのやつらと違ってちゃんと努力してんの。お前らをきちんと知る努力をな」
自分と分かり合えない人種だったり、うわ下々のやつらだって思ってたりしても、歩み寄りって大事だろ。
もしおれがうわべも取り繕えないような傲慢なヤロウだったら、こうして美味いホットケーキにもありつけてなかったしな。
「意外と深い感じのこと言うんですね。悪魔なのに」
「意外とってなんだよ。あと再三言ってるけど、おれ悪魔じゃねえんだって」
「じゃあなんなんですか?」
「お前の人生を薄曇りにする存在」
「えっなんて?」
三分を少し過ぎていたことに気づき、あわててフタを開けてどうぞ、と彼の目の前に置く。
「ふうん……おれが醤油でいいのか?」
「はい。俺は豚骨のほうが好きなので」
「嘘つき。戸棚に入ってるの醤油のほうが多かったぞ、ホントはそっちが好きなんだろ」
「バレましたか」
まあ、ストックがあるしいいかなと。
やや気まずいのをごまかしながら笑うと、ふんお人好しが、と悪態を吐いてフォークを容器に入れる。
「あっ割り箸持ってきてたのに」
「先に言えよ」
パキッと小気味良い音とともに二つに分かれた箸は片方だけ変に先がとがっている。
あまり手先が器用ではないらしかった。
「げっ失敗した」
「替えましょうか」
「いいの? ありがと」
ちょっとだけ毒見でもするみたく口に運び、こっちはあんまおいしくないな、と眉をしかめる。
「まあインスタントですからね。知れたものです」
ずるずると麺をすする音がやけに大きく感じる。
おもむろに彼が顔を上げ、話を始めた。
「おれは言ってる通り、本物の悪魔ではないんだよな。ただ、お前にとっては似たようなもんだと思う」
まあ要するに、ちょっとした不運とか不幸をお前にお届けしに来ている存在だ。
カレーとおんなじだよ。
脈絡のない例えに首をかしげると苦笑いが返ってきた。
「もうちょっと会話が上手くなりたいもんだな。ほら、スパイスがない人生なんてつまんないだろ? 上のヒトがそういう思想持ちなもんでさ」
「へえ」
ホットケーキにはスパイスなんて入れないでしょう。
甘いだけのものがあったって、いいと思いますけどね。
スープにぷかぷか浮くきくらげをつまみあげる。
少し硬い。
「そうだよなあ。おれも実は賛成だよ、それに」
箸を置き、頭のうしろで手を組む。
目の前の容器はいつのまにか空になっていた。
「マズいからすぐ食べ終わっちまった。やっぱ次焼いてくれ、次」
お前のぶんも作れ。
いっしょに食べようぜ。
ぞんざいなお誘いにうなずき、キッチンに戻る。
話はまだ続くようだ。
「というわけで、お前のそばにずっといたわけだからさあ。実はさっき質問した事柄も、だいたい把握はしてんだよな」
「じゃなんで訊いてきたんですか?」
「反応が見たかったから」
生地を今度は三枚分まとめて作り、フライパンに流し入れる。
タイミングを逃さぬようにじっと並んだ円を見つめながら、今度はこちらから。
「不幸とか、不運とかって、これからもずっとあるんですかね」
「ああ。そうだよ」
なに当たり前のことを言っているんだ、とでもあとにつきそうな声音。
「立ち直れなくなるような、もう二度と起こってほしくないようなものもですか」
「……そいつぁ断定できねえな。おれはあくまで、上からもらってきたものをそんまま渡してるだけだから」
言っとくけどな、これは皆に当てはまるもんなんだぜ?
ひとつ息を吐く。
「自分だけ免除してほしいってのはワガママ――とはさすがに言わないけどさァ。でもまあ、気持ちはわからんでもないからな」
「……」
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