第2話 曇りのち晴れ

「さて。なにを食べさせてくれるのかなぁ」

 狭い部屋の床にあぐらをかいて座り、にこにこしながらこちらを見る。

「ホットケーキです」

 答えると彼が目を白黒させた。

「ほ、ほっとけ? いきなり対応がぞんざいになったな。どうしたんだ一体、まさかここまで来ておれをもてなすのが面倒くさくなったのか?」

「いや違います。ホットケーキです、ホットケーキ」

「はぁ……?」

 キッチンへ歩いていき調理台の上に材料を出していく。

 卵、牛乳、ホットケーキミックス。

 立ち上がりのそのそとこちらに様子を見に来て目を丸くする。

 パッケージを手に取りへえぇ、と大げさに声を上げた。

「ふうん。こういうやつができるのか?」

「ええ、まあ」

「この材料と鍋と、ボウルでか」

「はい。あと泡立て器ですねえ」

「……」

 にわかには信じられないといった目つきだ。

「もっとこうさ、キャベツとか肉とか入れねえのかよ? なんかさァ、そのぉ」

「まあ言いたいことは分かりますよ。成人男性の夕食としては軽すぎますよね」

 苦笑しつつ卵を割る。

「おわ、片手!?」

「えっはい」

 あんぐり開いた口から牙の先っぽが見えている。

 そんなにびっくりすることだろうか。

「まじか~。卵って片手で割れるもんなんだな」

「けっこう慣れれば誰でもイケますよ」

「おれもやってみていいか? めっちゃぶきっちょなんだけど」

「限られた個数しかないのでダメです。あとでご自宅ででもやってみてください」

「ちぇっ」

 それきり沈黙してしまう。

 含みのありそうな顔でこちらをじっと見ているが、ひとまず調理に集中することにした。

 牛乳と卵をよく混ぜてからホットケーキミックスを投入。

 ダマが多少残るくらいに加減し、あくまでさっくり軽めに溶かす。

 生地をいったんおいて布巾を濡らし、熱していたフライパンをその上で少し冷ます。

「おい、これ粉がまだ固まってるぞ。こんな感じでダイジョブなのか……?」

 指を突っ込もうとするのであわてて止める。

「もう焼きますから。待っててください、ちゃんと出来上がるんで」

「ホントなのかなぁ? おれ不安になって来ちまったぞ、ちゃんとおいしくなかったら怒るからな」

「怒られないように善処しますよ」

 玉じゃくしを引き出しから取り、生地をそろりとすくう。

「調理器具メッチャあるじゃん。料理好きなのか、お前?」

「……」

 火を弱めつつ、やや高めからフライパンに流し入れる。

「わっ! すげえ、きれいなマルになってるな」

「でしょう」

 このまま三分ほど待って、プツプツ穴が開いてきたら反対の面に交代する合図だ。

「話していいタイムか?」

 尋ねられうなずくと、お前料理好きなのか、と先ほどの質問を繰り返してくる。

「……妻がですね。好きだったんです」

「あ~。それでやるようになったのな」

「はい。もう数年前に、離婚しちゃったんですけどね」

「待ち受けの人間だろ?」

「はい」

「うっわ未練たらたらじゃねえか。どういうきっかけでそうなったんだ?」

「やっぱ悪魔らしくそういう話好きなんですね」

 わからないくらいの塩梅で皮肉を混ぜると、いやおれは違うよ、と片手をひらひら振る。

「え、なにがですか」

「悪魔じゃないよ。おれは」

「え……? でも羽があるじゃないですか、人間のこと下等生物だって言ってたし」

「あとで話すよ。それより、もう焼けたのか」

 いい匂いがしてきてるぞ、ひっくり返さなくっていいのかよ。

 指差された先を見るとたしかに頃合いだった。

「おっとと。フライ返しフライ返し」

 引き出しから目的のものをぱっと探り当ててひょいと半回転。

 宙を舞った生地がみごとに着地し、きつね色にこんがり焼けた面を見せてくれる。

「すげえ。ナイスだぜ」

「俺もそう思います。我ながら」

 ひさしぶりに焼いたけれど、やっぱりこううまくいくと気持ちいいですね。

「一枚しか焼かないのか?」

「まだ焼きますけれど。取り急ぎあなたのぶんを味見してもらって、もっとほしいなら追加で用意しようかと」

「へえ。気に入らない可能性も配慮してるってことか、気が利くな」

「お褒めにあずかり恐縮ですよ」

 反対側もきれいに火が通っているのを確認し、いったん火を止める。

 できるだけ良い感じに見える白い皿を食器棚から物色してそっとあつあつのホットケーキを乗せ振り返ると、いつのまにかフォークとナイフを用意しうきうきしたご様子でうしろで待っている。

「もう食っていいのか?」

「いいですよお」

 返事をするが早いか皿をなかば奪うように受け取り、すばやい足取りで部屋中央に置いた小机のほうへ向かう。

 そのあいだに自分のぶんを焼くことにする。

 牛乳を計量カップに入れたあたりでひゅっ、と息を呑む音が聞こえてきた。

「ん。どうかしましたか?」

 そちらを覗くと、ほっぺたをふくらませていっしんに動かしている姿が目に入る。

(……やばい。ちょっとかわいいって思っちゃったぞ)

 ちょうど昔、小学生だったころに飼っていたハムスターを連想させるような挙動だ。

 ときおり、んめ、んめこれ、と目をキラキラさせてつぶやいている。

 あっというまに空になった皿をじっと見て、こちらに目配せしてくる。

「もう一枚いりますか」

 問いかけに返って来るのはピースサイン。

「二枚か……」

 ほほが緩みそうになるのを必死にこらえて、卵を割る。

 同じ工程を踏み、二枚目、三枚目と焼いていく。

「自分が食べるとこまでは無理かもな、これ」

 いちおう二袋買ってきてはいるのだが、このペースだと食いつくされる可能性がなきにしもあらずだ。

 カップ麺の備蓄があったっけと記憶を呼び起こしつつ、寄ってきた彼に追加ぶんをサーブする。

 ふわふわしたホットケーキが二枚重なった皿をスキップで持って行こうとするのを呼び止め、冷蔵庫にあったハチミツとバターを渡す。

「これはなんだ?」

「バターはひとかけ、あついうちに上にのっけるととろりと融けます。塩味がプラスされるのでよりおいしくなるかと」

「ハチミツは?」

「シンプルに甘さマシマシです。好きなだけかけてオッケーですよ」

「す、すきなだけ……ホントにいいのか?」

「はい。いいですよ」

「……!」

 ごくりと唾を呑んで卓へといそいそ戻っていく彼のあとに続く。

 自分の作った料理へのリアクションを、もう少し間近で見たかった。

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