第4話 決行

理事長の家は、丘の上にあった。


夜でも分かるほど、無駄に広いとわかる敷地だった。

門から玄関までの距離が長く、砂利は均一に敷き詰められ、

防犯灯が等間隔に並んでいる。

だがそれらは威圧ではなく、見せびらかしの光だった。

金があることを、わざわざ知らせるための配置だ。


 「金の匂いがする」


 神山が小さく言った。


 「で、ありますな」


郷田は周囲を見回し、静かに頷く。

警戒というより、確認だった。

ここは戦場ではない。

慢心の敷地だ。


ケイはエンジンを切り、腕時計を確認する。


 「三分。超えたら切り上げる」


その声には、迷いがなかった。


だが車を降りる前、神山はトランクを開けた。


 「待て」


中には工具箱が一つだけ入っている。

ジャッキも予備タイヤもない。

代わりに、トルクレンチ、スパナ、薄汚れたウエス。


 「峠用の最低限だ」


神山は膝をつき、素早く足回りを確認する。


 「空気圧、前を少し下げる。グリップを早めに出すためだ」


 郷田が眉をひそめる。


 「今それをやるのか?耐久性は?」


 「犠牲にする」


 神山は迷いなく言った。


 「帰るまで持てばいい」


ナットを締め直し、サスペンションに軽く体重をかける。

軋む音が、わずかに変わる。


 「これで、限界が分かりやすくなる」


ケイは無言で見ていたが、やがて一歩近づいた。


 「ありがとう。これで踏める」


整備が終わると、郷田が車の前に立った。


ボンネットに、そっと手を置く。


冷たい鉄の感触。


 「……頼むであります」


誰に向けた言葉かは分からない。

車か、仲間か、自分自身か。


その手は、わずかに震えていた。

取り戻すとは言え、元警察官が盗みを働くのだから。


 「行くぞ」


 「か、家宅捜索であります」


裏手の勝手口。


神山の指が、鍵穴に滑り込む。

ピンを押し、回し、待つ。

数秒後、控えめな感触が指先に伝わった。


 「……開いた」


 「さすがであります」


中は、奇妙なほど生活感がなかった。

高価な調度品と、使われていない床。

人が住む家ではない。

金を置くための箱だ。


誰も信用しない性格が守衛すらも置かず、

逆に入りやすさを生み出していたのだった。


書斎の本棚。

その一角だけ、日焼けの色が違う。


神山は迷わず押した。


低い音とともに、本棚が回転する。


 「やっぱりな」


現れた地下階段。湿った空気が流れ出す。


地下室には、無造作に積まれた札束、金塊、封筒、帳簿。


 「……脱税」


郷田の声が低くなる。


神山は札束を一つ取り、軽く叩いた。


 「苦労を知らない死んでる金…」


 「ただの汚い金だ」


ケイは無言でバッグを広げる。


 「全部は持てない、金だけにするんだ」


 「必要な分だけであります」


 「でも、軽く憶は入るね」


郷田は帳簿の写真をスマホで撮った。


 「必殺の武器になるかもしれないであります」


 「その写真、私と神山に送って置いて」


その時、遠くでエンジン音がした。


 「……来た」


ケイが言う。


郷田は一度だけ、地下室を見回した。


 「正しい仕事であります」


それは、覚悟を固めるための言葉だった。


三人は駆け出す。


勝手口を抜け、車へ。


ケイがシフトを入れ、アクセルを踏む。


 「飛ばすよ!」


エンジンが吠え、車は闇へ飛び出した。


背後で、防犯灯が一つ、また一つと遠ざかっていく。


後戻りは、もうできなかった。

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Last Gear 如月 睦月 @kisaragi0125

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