空を目指せ

@yoll

掌作

-0-  


 目を開くとひび割れたバイザーが、幾つもの段違いの世界を映し出していた。緩やかに移り変わるそれを見て、私は水の流れに飛び込んだことを思い出す。


 同時に止むことのない不自然な音が、ヘルメット越しに聞こえていることに気が付く。ただ、不思議と恐怖は感じない。随分と前に聴いていた、二人の足音を思い出していた。


 時折差し込む、目に痛いほどの明るさを感知したのだろう。あの光を遮る機能が働いたと同時に、何時もの世界が戻ってきた。


 何時の間にか鳴っていた、歯の音が少しだけ落ち着いた。



-1-


 12/25。繰り返されるその形の意味を知るものは、遠い昔に失われた。

 

 その形が現れる時。何度でも鍵がもたらされることだけを知っている。


「空を目指せ」


 その言葉だけが、魂に刻まれていた。



-2-


 仄暗いオレンジ色の人工灯に照らされ、三つのシルエットが浮かび上がる。

 宇宙服の様に丸みを帯びた防護服に、視線を通さない程暗いバイザーが付いたヘルメット。この世界に生きる為の必需品であり、逃れられない呪いでもあった。


 一つ目は長身。大型の銃を両手で抱え、堂々と辺りを睨みつける様に立っている。


 二つ目は小柄。長身の半分ほどの背丈のそれは、大事に長い棒を抱いているが、その肩が微かに震えている。


 三つ目は腰からスカートの様な物を穿いていた。片手には取っ手の付いた鞄の様な物が握られている。少し遠間に立ち、バイザーが二人を慈しむかのように向けられていた。



-3-


 三つのシルエットは静かに旅立った。

 

 所々オレンジ色の光が薄く照らす朽ちた道路の上を、長身を先頭にして、小柄を挟んでスカート姿が殿を務めている。


 緩やかに下る道は複雑に伸び、幾つかが袋小路となっていた。だがそれに掴まることなく、三つのシルエットは導かれるように、ただ下へと下ってゆく。


 じゃり、じゃりと、規則正しい足音だけが無音の空間に響き渡る。


 小柄のバイザーの裏側には口から洩れる水蒸気が張り付き、珠を結んでいる。


――何故私が。


 その言葉だけが、拭いようもなくこびりついていた。 



-4-


 長身が不意に立ち止まり、腕を上げた。

 それに従い、二つは直ぐに足を止める。


 道の先には大柄な四つ足の獣がいた。

 オレンジ色の光を反射しているのか、瞳は不気味に輝いている。

 閉じた口から零れ落ちた長い赤い舌が、朽ちた道路の上で小さな泥濘を作っている。

 

 彼らを食らう、野良犬だった。


 バイザーの裏でがちがちと歯を鳴らし、震える小柄の肩に、スカート姿が鞄を持たない方の手を優しく乗せる。


 長身が銃をゆっくりと構え、躊躇いなく引き金を引いた。


 銃口から一条の激しい青い光が伸び、獣の体を撃ち抜いた。一瞬の青い輝きは、不気味なその姿を僅かに照らし出した後、音もなく全てを灰へと変えた。


 長身は初めて見たその光景に、暫し呆然として銃を見つめていたが、再びゆっくりと歩き始め、二つもそれに合わせて歩き始めた。



-5-


 休みなく道を下り続けると、道を塞ぐガラクタが増えてきた。時にはそれを乗り越えるために三つは協力した。


 道を下るにつれて野良犬の数も増え、長身が引き金を引く回数も増えた。

 そのためか一度だけ銃の一部が赤く光り、引き金を引いても青い光が出ないことがあった。


――もしあれが目の前で起きていたのなら。


 ガラクタの影に身を潜めながら、小柄はその先の想像を無理矢理止める。隣のスカート姿の腕が肩に回されて、漸く息を吸うことが出来た。


 見回りに出た長身は未だ、戻ってこない。



-6-


 帰ってきた長身の防護服は所々が破れていた。それを見たスカート姿は鞄を開き、幾つかの道具を取り出すと作業を始める。

 防護服は、何時の間にか修復されていた。


 私はただそれを見ているだけだった。



-7-


 あれから更に三つは道を下っていた。道を照らす光はもはや頼りない。


 長身の持つ銃の一部が赤く光る時間が増えてきた。

 スカート姿の持つ鞄は旅立ちの頃に比べると随分と軽くなった。

 小柄は長い棒を両手に抱き震えていた。


 道の先には、何処までも続く大きく高い壁の一部分が、時折ぼんやりと浮かび上がる様に薄く発光しては、消えるのを繰り返している。


 三つはそれを目指すことにした。


 暫くすると、遂に長身の持つ銃の一部は常に赤い光を灯して使えなくなり、野良犬を見つけるたびに大きく迂回をすることを余儀なくされた。

 いよいよガラクタの大きさも三つが住んでいた寝床程になり、一つを乗り越えるのにも大きな時間を掛ける様になっていた。

 

 道を塞ぐ野良犬に仕方なく、三つは未だ屋根の形が残る大きな廃屋の様な場所で休むことを決めた。


 長身は比較的平らな床を見つけると、ゆっくりと体を横たえる。スカート姿はその横に座り込むと、暗いバイザーをただ向けるだけだった。


――私は、何の役にも立たない。


 小柄は遠間にそれを眺めることしか出来なかった。



-8- 


 とうとう緩やかに下る道の先が見えてきた。

 今まで見ていたあの壁は、どうやら円柱型をした柱の一部だったようだ。

 三つがかつて居た、その遥か先まで伸びているようにも見えるが、遠すぎて詳しくは分からない。


 長身はスカート姿に肩を借りながらも、慎重に一歩だけ先を進む。その手にはもう銃は握られていない。代わりにガラクタの中から引き抜いた、先の尖った棒が握られている。

 

――あんなものが役に立つはずがないのに。


 小柄はそれを後ろから眺めながらこれまで旅の事を思い出す。


 銃を持ち、先頭を歩き、傷付きながらも戦うことを止めない彼。

 傷付いた彼を治す彼女。

 守られるだけの私。 


――誰が一番必要がないかなんて、分かり切っているじゃないか。


 がちがちとなる歯を必死に噛みしめる。

 それでも止まらない奥歯を噛みしめる代わりに、その棒を痛い程に握り締めた。



-9-


 オレンジ色の光が届かなくなった頃、辺りの様相が変わり始めた。

 

 長い事闇の中で過ごしていた三つでも、辺りを見回すことが困難になってきていたが、ある時バイザーから見える視界自体が淡い光を生み出した。

 私の視界の端に、何かの形が浮かび上がり、直ぐに消えた。


 始めはその事態にただ困惑したが、慣れてくると今までよりも鮮明で、広い視野を得られることを喜んだ。


――これが空なのだろうか?


 私はバイザー一杯の視界で見ることが出来る、今までとは違う、広い世界に心が震えていた。

 

 生憎、それを表現する言葉は知らなかったが。


 ガラクタだと思っていた物は良く見てみれば、傷やねじれ、凹みがあるものの、その面が滑らかであることに気付く。

 

 前を歩く二人から少しだけ離れ、片手でそれに触れてみた。


 防護服に遮られ、指先に感覚は伝わらない。舞い上がった塵がバイザーを汚し、それを拭おうとしたとき、視界の端に赤い光が二度瞬いた。


 釣られるように視線を走らせると、大きなガラクタの影から、今まさに野良犬が顔を出していた。その顔の先には二人の姿が――。


 気が付けば、近くにあった手ごろな何かを掴み、無我夢中でそれを元来た道の方へと放り投げていた。


 思いの外近くに落ちたそれを見届けた後、何をしたのかを悟り、膝から崩れ落ちる。

 取り落とした長い棒が、甲高い音を立てた後、少しだけ転がる。


 恐る恐る振り向けば、鮮やかな赤い舌がバイザー越しに迫ってくるのが見えた。



-10-


 スカート姿は大きなガラクタの影に隠れ、ただ、その状況を見ていた。

 

 最初は野良犬が小柄をその口に咥え、大きく持ち上げた後、激しくその頭を地面に叩きつけた。

 潰れたバイザーの内側が汚れ、小柄は大きく体を震わせると直ぐに動きを止めた。


 次は長身が手に持つ棒の先を野良犬の頭部に突き刺したが、咥えたままの小柄を振り回し、それに巻き込まれて吹き飛んだ。


 その後、野良犬は丁寧に小柄を地面に放し、自由になったその口で、長身の胴体に食らいつく。

 それと同時に、長身が伸ばした手が、刺さったままの棒に辿り着き、それを押し込んだと同時に、閉じられた野良犬の口は胴体を千切り捨てた。


 時々震えるだけの長身を、野良犬はゆっくりと食らいだした。


 それで満足したのか、ゆっくりと顔を上げた野良犬は小柄をそっと咥え、近くのガラクタの影に置いた後、何事も無かったかのように何処かへと消えて行った。



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 スカート姿は長い時間を掛けて、丁寧に散らばった欠片を集め、その横に座り込む。


 鞄を開け、道具を取り出した。それを長身だったものに繋げた後に、同じものを取り出し、動かなくなった小柄へと繋げる。


 もう一個、同じものを手にした後で、スカート姿は反対の手を伸ばし、一度だけ長身のバイザーを撫でた後、それを自分へと繋げた。



-12-


 目が覚める。ただそれだけのことだが、途轍もない違和感を覚える。

 最後に見たのは野良犬に咥えられて、高く持ち上げられた光景。その後の結末は想像すらしたくないが、のんびりと目を覚ませるような結果になったとは思えない。


 上半身を起こしてみると、胸の辺りから何かが落ちた。視線を向ければ、何度か見た、スカート姿の道具の一つだった。


 周りを見回すと、同じような道具が二つ地面に転がっていた。それと内側が汚れ、罅割れたヘルメットが一つ、私が寝ていた隣に転がっているのが見えた。長身とスカート姿は何処にもいない。


 分かったことは、致命的な失敗をしてしまったことだけ。


 

-13-


 どれ位そうしていたのかは分からない。野良犬に見つからなかったのは偶々なのか、そうなる場所を見つけてくれたのか。恐らくは後者だろう。


 それが分かる程度に落ち着いた私は、幾つかの事に気が付いた。


 今、私がかぶっているヘルメットは多分、彼女の物。

 サイズはほんの少しだけ大きく、微かに優しい香りが残っていた。使い物にならなくなった、私のヘルメットの代わりに被せてくれたのだろう。


 すぐ隣で見つけたおびただしいほどの出血の跡は、多分は彼の物。

 あの頼りない、先が尖っただけの棒で、きっと勇敢に野良犬と戦ったのだろう。


 長い棒は私の隣に並んで置いてあった。こんなものが何に役立つのか分からない。まるで、私みたいだとため息が出た。


 もう、誰もいない。



-14-


 覚悟を決めたわけでもない。

 あの言葉の為でもない。

 

 どうしたら良いのか分からないから。


 一度だけ振り返った後で。すがる様に、私は歩き始めた。



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 色々なことがあった。

 

 あれだけ大きく見えていた円柱状の柱には、幾ら進んでも辿り着かず、長い棒は疲れた足を誤魔化すだけの、ただの杖代わりになっていた。

 時折その一部が浮かび上がる様に発光してくれるので、迷うことだけは無かった。


 野良犬は幾ら見かけたか覚えていない。ただ息をひそめ、ガラクタの影に隠れて通り過ぎるのをひたすらに待った。


 大きなガラクタは、寝床を思い出すような穴を見つけては這って進んだ。行き止まりも沢山あったし、何度も引き返した。其処がそのまま何度も寝床になった。


 それでも進み続けると、聞いたことも無い音と共に、見たことも無い大量の水が流れる道があり、良く見えるバイザー越しでも見えないほどの、奈落へと落ちていくのが見えた。

 それは、あの円柱状の柱の元から来ているようだった。


 そして私はついに辿り着いた。円柱状の柱の前に立っている。


 目の前には、彼の背丈よりも少し高い位のドアがある。滑らかな材質で出来ており、その横には小さな穴が開いていた。同じようなものが、随分と先にだが、等間隔で柱に配置されているようだ。


 立ち尽くす私を出迎える様に、同じ防護服を着た先客が静かに横たわっていた。

 

 揺すってみたが、反応は無かった。



-16- 


 先客の横に座り込み、呆然としている私のバイザーに、突然一つの映像が浮かび上がり思わず声を上げてしまった。

 咄嗟に辺りを見回すが、野良犬の姿は見えない。その間もバイザーは映像を繰り返していた。


 私の持つ長い棒をドアの横の穴に差し込む。それだけが繰り返されている。

 促されるまま、私は同じことを行った。


 穴は長い棒とぴったりの大きさで、何の抵抗もなく半分ほどを差し込んだ後、するりと飲み込まれるようにして、向こう側へと消えて行った。


 その直後、バイザーに新しい映像が浮かび上がる。

 ドアが開き、その中に入る。それだけを伝えている。


 同時に柱が微かに振動し始め、柱の上が発光した。突然の光に視界を奪われ目を背けたが、再び視界の端に何かの形が浮かび上がった後、何時もの明るさが戻ってくる。


 柱はやがて、大きな唸り声の様な音を響かせる。

 そして、酷く重い何かが墜落したような凄まじい轟音を立てた後、柱の発光も消えて沈黙した。


 何時まで経っても、ドアは開かない。


 思わずへたり込んでいた私の周りに、野良犬が二匹やって来ていた。



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 がちがちと歯を鳴らすだけの私を、まるで奪い合うかのように、野良犬は絡み合いながら迫ってくる。

 思わず目を閉じると、強烈な圧迫感が腹のあたりにやってきた。


 その衝撃で閉じた目を見開くと、私は先に着いた野良犬に咥えられているようだ。後から来た野良犬は、私を奪いたいのだろう。大きな口を開けて、何度も体当たりを繰り返している。


 その度に振り回されながらも、離すまいと噛みしめられた鋭い歯が、防護服を突き破る様子がはっきりと見えていた。

 腹部の辺りを搔きまわす痛みに、気が付けば思わず悲鳴を上げていた。


 だが、そんなことはお構いなしに二匹の野良犬は暴れまわる。

 

――もう、楽になりたい。


 そんなことを思い始めた時、私を口に咥えた分が不利な野良犬は、腹部の辺りを思いきり噛みつかれたようだ。


――ざまあみろ。


 そう心の中で叫んだ時、悲鳴を上げた野良犬は首を振り、私を放り投げることになった。


 遠ざかる野良犬二匹を見ていると、地面に叩きつけられバイザーに罅が入る。 

 視界は複雑な模様を描いたが、幸いなことに淡い光を保っている。

 野良犬二匹はすぐさま私の元へと駆け寄ってくるが、良いことを思いついた。


――食われてなんか、やらないよ。


 私は最後の力を振り絞って、大量の水が流れる道へと体を躍らせた。



-18-


 大量の水に押し出されるようにして、私は何処かに連れていかれようとしている。

 罅割れたバイザーは未だ淡い光を保ってくれているが、余りにも暗いためなのか、視界には何も映らない。こんなことは初めてだった。


 もしかして、もう死んでいるのではないかと言う疑問も、時折訪れる、体を何かに打ち付ける衝撃と痛みにより否定される。もう意識を手放したいという、淡い願いも同じ様な結果だった。


 ごうごうという、酷い耳鳴りの様な音と、何も見えないという世界がどれくらい続いたのだろう。

 それが次第に感覚を摩耗し、擦り減らしてゆく。そして何も感じなくなった頃、一つの後悔が胸によぎる。


――ごめんなさい。私は何も出来なかった。


 そう呟いた後、私の体は不意に明かりの中に投げ出された。

 落ちている、という感覚と共に。


 

-19-


 小川の流れの真ん中に、苔むした小岩があった。

 それに背中を預け、空を見あげる一つのシルエット。灰色の防護服の腹部は酷く破れ、地面から伸びた青々とした雑草が幾つか顔を覗かせていた。

 

 防護服の上に乗る、少しだけ大きさの合わないヘルメットのバイザーは罅割れ、暗いバイザーが内側を覗くことを拒んでいる。その上に小鳥が一羽舞い降りると、暫し体を休め、毛づくろいをした後に、雲一つない空を目掛けて飛び立っていった。

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