第六話 第六話 カガリの家出

 二日経った。三日経った。四日経った。五日目……カガリは荷物も置いたまままだ帰ってこない。


 僕はカガリの荷物から失敬したフライパンで蔦の葉や豆を炒めて塩や胡椒でちょっと味付けしたものをもそもそ食べながら彼の帰りを待った。

 ちょっとしょっぱいけど謎の水饅頭よりは食べれるだけマシ。

 でもさすがに料理上手のカガリのご飯が恋しくなってきたな。


 あまりにも長い年月を生きる竜人族のは長過ぎると思う。十年帰って来なかったらどうしよう。様子も変だったし心配だ。


 反乱軍時代はこんなに味なんて気にしてなかったんだけどなあ……。

 あと、ちょっとだけ夜が寂しい。いつも寄り添って寝てるから春とはいえ夜はまだ寒いんだよ。

 これも軍で野宿してた頃には気にも留めなかったのになあ……。


 なんだかカガリと過ごすうちに僕はどんどん弱くなってく。

 カガリは僕の強さに惹かれたって前言ってた。これ以上ヘタレになったら見捨てられる……なんてことはないだろうけど呆れられはするかな。もうちょっとちゃんと立たないと。


 フライパンの時を戻して綺麗にするとカガリの荷物に押し込んだ。

 今日も一人で毛布に包まる。


 ……カガリ、いつ帰ってくるんだろ。


 そんな事を考えながら僕はウトウトと眠りに落ちてった。




 ────ようやく頭の整理が着いたわ。


 ふらりと戻るとゼルが一人で毛布ん中に縮こまって寝てた。


 寒いんだろ。


 そっと抱き上げて膝に乗せると案の定体は少し冷えていて……温もりを求めてか膝の上で丸くなりながら擦り寄ってきた。


 お前、温いのが好きだもんな。


 愛しさが込み上げて理性と本能がせめぎ合う。

 なんとか理性が戦いを制して大きく溜め息を吐いた。


 挨拶……挨拶なあ……。


 まさかんなこと考えてるとは思わなかった。


 竜人族は個の生きもんだ。縦の繋がりは果てしなく薄い。

 歴代最強の目を持って生まれた俺はちょいと特殊な例で、千年経って成人してもまだジジイにもオヤジにも扱かれて相手してもらってた。ただひたすら鍛えるために。

 そいで独占欲が底抜けに強い。番が望むこたなんでもしてやりてえが人前に晒すのも嫌だっつって囲い込むヤツだっているほどだ。


 そんな俺ら竜人族が番を親に紹介するなんざあり得ねえことで、そこんとこ縦も横も繋がりの強い仁族との違いが頭からすっぽ抜けてた。


 ゼルの柔らかい銀糸の様な髪を梳く。

 あんだけ伸ばしてた髪も、「一族の悲願が叶ったから」つってなんの躊躇いもなくバッサリ切っちまった。

 手触りのいい綺麗な銀の髪を梳いて、長い三つ編みにすんの好きだったんだがな……。


 短くなった毛先を弄びながら思い耽る。


 仁族だけじゃねえ。どの種族にも共通の認識。


 南の果ての天国と。北の果ての地獄。


 そういう概念を皆して持ってやがる。


 世界一周なんざ容易く飛び回れる俺たち竜人族だけ、南も北も果てなんざねえ。死んだら土に帰るだけだ……つって冷めた認識を持ってた。


 他の種族だって世界は丸くて一周できるこた認識してる。南の果ても北の果ても行きつけば繋がってる。

 それでも概念として天国と地獄を信じてる。


 ゼルが叔父の最期に贈った言葉。


 ——『帝国は無くなる。北の地獄ももうなくなって、一周回って南と繋がるんだ……だから、叔父上はどうあっても天国に行くしかないんだよ。天国でみんなに謝って、反省して、ね?』——


 皇帝は事実、人が地獄と呼ぶような異次元の世界で生まれた。そしてそこを滅ぼしてこの世界に来ていた。


 木の隙間から覗く星空を見上げる。


 ……なら、天国だって本当にあるかもしんねえ。


 そこにいる親族に紹介したいだなんて言われたら……照れちまうだろ。


 ゼルの第二の父親。元反乱軍団長。アルメリアの新しい首相、ジーク・レベゼント。


 コイツに勝手に歯型つけて襲うフリしただけで殴られた。久々に食らった攻撃だった。……割と痛かった。


 無理やり番の儀に雪崩れ込まれたつって、親族一同に報告されたら……どうなるかね。


 くつりと小さく笑って膝の上ですよすよ寝息立ててるリゼルトを見る。頬を撫でて耳に着けたピアスを弄んでると長い睫毛を震わせた。


 目一杯愛してるから許してくれっつーしかねえよな。


 海に行くなら……その前にコイツに寄らせたい所がある。


 だが、そのためにゃ……いや、いずれ何処かの国に入った時。一つ、を突きつけなきゃなんねえ……。

 早く話しといた方がいい。理解させなきゃならねえ。そして動いてかねえと……二人で。


 仁族と、アルメリアのために。


 そう、頭で分かっちゃいたがどうしても切り出せなかった。だからできるだけ時間をかけて旅してた。だが、ができちまった。


 せっかくしがらみから解放されて楽しそうにしてたのにな……。もう少しでいいから自由て楽しい旅をさせてやりたかった。

 また、使を背負わせちまう。


 ごめんな、ゼル。

 でも、今度は最初から俺が着いててやるから。俺が守ってやるから。俺が一緒に歩いてやれるから。


 色んな想いをない混ぜにしてそっと頬にキスを落とした。




 ————ぬくぬくしてあったかいなあ。昨日は結構冷え込んでたと思ったんだけど……もう日が高いのかな。でも、カガリがまだ居ないなら特にすることもないし……寝坊してもいいよね。


 もぞ、と少し寝返りを打って心地いい温もりを堪能する。


 カガリ……早く帰ってこないかなあ。


「目え覚めたクセに二度寝決め込むつもりか?こんにゃろめ」


 聞き慣れた低くよく透る声に飛び起きた。目に飛び込んでくる鮮烈な赤。


「カガリ!!」


 僕はいつの間にか彼の膝の上に抱かれて寝てたみたいだ。そのまま抱きつく。


「どこ行ってたんだよ!あのまま五日も放置するなんて酷いじゃないか!」


「悪い悪い。ちょっと考え事してたんだよ」


 上着を握ってぎゅぅとしがみつく。


「君のは長いんだよっ!」


 背中にカガリの温かい手が添えられて安心感に包まれる。


「十年ほっとかれたらどうしようって思った」


「ぶはっ!!」


 カガリに埋もれたままボソリと呟くと彼は吹き出した。頭を撫でられる。


 吹き出すなんて酷いじゃないか。こっちはちょっとだけ本気で思ったんだぞ。


 彼の胸に頭をグリグリ押し付けた。


「ばあか。大事な番置いてんなほっつき歩くほど阿呆じゃねえわ」


 頭を撫でてたカガリの手がうなじに添えられる。

 温かい……


「でも五日ほっといた」


 正直に言おう。僕は今、ちょっと拗ねてる。随分甘えたになってしまった。


「悪かったって」


「五日も蔦と豆しか食べてない」


「ふはっ!分かった分かった。美味いもん作ってやるから拗ねんなって」


 背中と頸に添えられてた手が両頬を優しく包んで顔を上げさせる。


 膨れっ面の僕と嬉しそうに目を細めたカガリ。


 なんだよ。喜んでるじゃないか。


 カガリがそっと顔を近づけて唇を合わせた。僕も彼の手に手を添えて目を閉じる。何度かふんわりしたキスを続けて、次第に深くなっていった。


「んぅ……」


 ちょっと前のこととはいえ祝時祭の時以来のキスに、温かい手と、彼の熱い舌にあてられて頭がぽやぽやしてくる。

 まだキスしながら呼吸するのに慣れてなくていっぱいいっぱいになってるとようやく口が離された。


「ふ、ぁ……はふ……」


「あ゛ー……やべ……」


 ぼーっとしたまま大きく呼吸してるとカガリがなんか言った気がした。首を傾げると鼻のてっぺんに小さくキスを落とされた。


「海行く前にな、ちょいと寄りてえとこがあるんだよ」


 至近距離でカガリが囁く。


「寄りたい所……?」


「そ、今が花盛り。『花の都』だ」


 僕は目を瞬いた。


「海に挨拶行くんだろ?んなら花くれえ手向けにゃ怒られちまう」


 その気持ちに嬉しくなって僕はにヘラと笑った。


「ありがとう。……でもどうしてそこに?そこらに咲いてる花も綺麗だよ」


「花人が治める国、『花の都』にゃちょいとした名物があってな」


「名物?」


 カガリはすり、と僕の頬を親指で摩った。


「ああ、実物は目にしちゃいねえが、花人に頼みゃ『自分だけの唯一無二の花』が咲かせられるらしい。生命を息吹かせる土の王族にゃ及ばねえが花に限っちゃ様々な特殊能力を持ってるヤツらだ」


 そう言うと彼はもう一度僕と唇を触れ合わせた。


「俺と、お前の唯一無二の花。南の果ての天国とやらに手向けるにゃ特別なもんがいいだろ?」


 カガリがそこまで考えてくれてたなんて……!!


「ありがとうカガリ……っ!!」


 僕は感極まって改めて彼に抱きつき首を伸ばしてキスをした。

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アルメリア第二部カガリゼ旅行記〜世界最強の竜人に溺愛執着されてます。助けて!〜 雪明かり @xyukiakarix

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