第一章 花を手向けに

第五話 南の果ての天国へ

「海に行きたいんだ」


 まだ春先、花びらが舞う空の下。

 僕とカガリはアルメリアを出て何処を目的にするでもない旅に出た。


 つい先日にした季節外れの祝時祭では酷い目に遭ったけど、以降カガリがソレっぽい雰囲気にしようとしても会話を振ってきても知らんぷりしてるから平穏そのもの。


 今日も旅に欠かせないを生活最低ラインを勉強中。ただ……


「んじゃ……これは?……で、海って急にどうしたよ?ゼル」


 カガリが一見ただの蔦に見える木に絡んだ葉を指差して訊ねた。


「食べられる。毒もえぐみも無くて意外に美味しい。煮るとイマイチだけど、炒め物には向いてる。……うん、ちょっとね」


 まだ南に近い内に僕は海に行っときたかった。


「うっし、ごーかく。こんくらいにしとくか。しっかしお前……料理は壊滅的なクセに食いもんの可否や調理法は意外に見分けられんのな」


「あれは……料理じゃないよ。単によくわかんないままやったら変な事なっただけでちゃんとレシピとか教えてもらったら作れるって」


 祝時祭の時に作った謎物体の話を持ち出されて思わず赤くなる。


「いやいやいやはねえわ。だって鍋から引っぺがすのに三時間かかったんだぞ」


「砂糖の入れ過ぎと煮込み過ぎのせいさ」


「んなワケあるかこの阿呆」


「いてっ」


 言い訳したらカガリにゲンコツ落とされた。


 適当な果物と砂糖を原料に煮込んだり時を巻き戻して取り除いたりした結果出来上がった謎の半透明の球体は中々しぶとかった。


「掴もうにもツルツル滑るわ、引っ張ったら鍋の底が抜けそうになるわ、水に浸けても温めても微塵も変化しねえ水饅頭作るとか最早才能だろうが。危うく鍋一つダメにするとこだったわ、こんにゃろめ」


「いたたたててて、ギブギブ、ごめんって!!」


 カガリに頭を抱え込まれてこめかみをグリグリ押し込まれた僕は悲鳴を上げた。


 水饅頭はカガリの炎で二時間半燃やし続けてようやく灰になって消えた。


 普通の火で中身を超高火力で燃やし続けるなんてしたら鍋ごと消し炭になること間違いなしだけど、竜人族が操る炎は燃やす範囲も威力も対象もバッチリ指定できる。


 だからなんとか水饅頭だけ消し飛ばせたんだけど、それでも二時間半も形を維持し続けたアレは一体なんだったんだろう。作った張本人の僕でも分からない。


「反省の色が見えねえな」


 首を捻ってるとまたグリグリされた。


「あいだだだだだ〜〜〜って!!勝手に君の鍋借りて作ったのは確かに僕が悪かったけどさあ!その後始末に困ったのはカガリのせいだろ!!」


 僕だって基本やらかしたら自分で後始末するさ。時を操って巻き戻すなり進めて破棄できるようにしたり……。だけどなんで今回に限ってやらなかった……いや、のか!原因は彼にある!!


「僕が寝込んだのは……君がっ!いきなり番の儀なんて始めてっ!!丸二日も抱き潰したせいじゃないか〜〜〜〜っ!!」


 自分で言ってて赤くなる。

 でも僕が泣いても喚いても気を失っても続けたのはカガリだ。その次の朝から僕がへばって動けなくなるのは至極当然。どう考えても自業自得だろ。


「ふぅん?」


 パッと手を離される。急に不安定な体勢になった僕は地面を一回転して起き上がった。これでも一応十年間の戦いで鍛え続けてる。無様に転けて潰れるなんてことはない。


「鍋のことはきちんと謝ったじゃないか。なのに今になってまた責めてくるなんて酷……


「やあっと認めたな?自分が誰に何をされてどうなったか」


 顔を上げると屈み込んだカガリの顔が目の前にあった。虹を帯びた真紅の瞳が鋭く光る。


 しまった!


 動いたのはほぼ同時だった。


 けど今回は僕にも余裕があって足も腰も砕けてないことをカガリは勘定に入れてなかったみたいだ。


「ほいっと。って、ん?」


 カガリが僕をとっ捕まえようとした腕は空を掻いて


「ていやーーーっ!」


 僕は彼の長い脚の隙間から背後へ転がって逃げた。そのまま地に手を着き飛び上がって大きな背中を足場に蹴り飛ばした。


「ぅおっ」


 カガリがバランスを崩した拍子に二転三転宙返りして距離を取る。


「だっから言わなかったのにっ!!カガリ!!君さ!!今!僕に何しようとしたんだよ!?」


 十メトル以上距離を取って僕は喚いた。


「ベッツにぃ〜?あの日あーんなこともこーんな事もした仲なのにえらく距離とってくるから寂しいな〜って」


「何が『ベッツにぃ〜?』だ!!『寂しいな〜』だっ!!今捕まえてたら絶っっっ対また襲ってきてただろっ!!」


 何度も何度も指を振り下ろして叫んでるとカガリは開き直ったようで腕を組んで足で地面をトントンと叩いた。


「あん?祝時祭ん時言ったろうが。俺は一刻一秒でも早くお前を番にしてえんだよ。なのにはぐらかして逃げようとするお前が悪い」


 僕はダァンッと地面に足を叩きつけた。


「それは百も承知だよっ!!こっちだって何も考え無しで逃げ回ってるんじゃないっ!!ちょっとは僕の事情を聞いてからにしろよっ!もうっ!!」


 いや少しだけ間を空けて欲しいって私情もちょっとは入ってはいるけどさあ!!


「ほぉん?じゃあその事情ってヤツ聞こうじゃねえか」


「だからっ!!海に行きたいんだってっ!!」


 シン


 僕達の間にしばし沈黙が降りた。


「……なに、開放的な場所ならいいって?」


 カガリが行き着いた結論にずっこける。


「ちっがーーーうっ!!」


 僕は両手で地面をバンバン叩いた。


 なんでそうなるっ!どうしてそうなるっ!無駄に鋭く空気読んでくるクセにこういう時に限って馬鹿になるのはなんなんだっ!!


 目的があるのに伝えられない悔しさに僕が地面を叩き続けてたら腰に腕を回されてひょいと抱え上げられた。

 青ざめる。


「ま、待ってっ!!カガリ、待って待ってっ!!ほんとに待ってくれっ!!ヤダヤダヤダヤダヤダっっ!!」


 音もなく僕のポーチやベルトを引き抜いて上着の襟を下げた彼に必死の抵抗を試みた。


「うっせ。場所なら何処でもいいわ」


 よくないっ!!って!!今はそうじゃなくて場所の話じゃないんだって!!


「今!!噛んだら口利かないぞっ!!」


 ピタ


 僕が頸を覆って叫ぶと一瞬カガリの動きが止まった。


 今この隙に理由を言うしかないっ!!


 即断して口を開く。


「挨拶しに行きたいんだよっ!!南の果ての天国へっ!!」


 あ〜もう……台無しだ。


 僕はうんざりして項垂れた。


 せっかくサプライズしようと思ってたのに……。


「父上はともかく、叔父上や母上、兄上姉上達にカガリのことを紹介したかったんだよ……。本当はさあ……事後報告じゃなくてさあ?こう……こ、恋人?……とか、将来の?……とかさあ……。…………って、カガリ?」


 余りにもシンとしてピクリともしないからうっかり忘れてうだうだ言い続けてたや。


 不審に思って振り仰ぐと彼は口元を覆って真っ赤になってた。


 え、こんなカガリ始めて見たんだけど。


「だ、大丈──うぎゅっ!」


 ボトっと落とされた。余りにも唐突すぎて無様に潰れた声が出た。


「いてて……」


 ぶつけた顎を擦りながら立ち上がるとカガリの顔色は落ち着いてたけど口を覆って固まってるのはそのままで……


「か、カガリ……?」


 そぉっと声を掛けると彼は飛び上がった。本当に。

 二、三十センチルどころじゃない、一メトルくらい。垂直にこんな飛び上がった人なんて初めて見たよ。さすが竜人族。


「お、おん……そうか……挨拶……挨拶、な……」


 カガリはようやく意識を取り戻したようで手早くパパっと僕の衣服の乱れを整えた。


「そうか、そうか……」


 ぼーっとしたままブツブツ呟いて無意識か癖なのか僕の頭を撫で回す。


「ちょ、ちょっと!どうしたんだよ」


 終いにはぐりんぐりん頭ごと撫でくりまわされて首がもげそうになったので彼の手を掴んで止める。


「お、おう……ちょいと考え事してくるわ」


 そう言うなりカガリの姿は掻き消えた。


「えぇ……」


 こうしてボサボサになった僕一人取り残されてしまった。

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