第四話 一万年生きてきて

 ────透けるような銀髪に長いまつ毛。女に間違えそうな綺麗で優しげな面立ち。碌に栄養摂ってこなかった体は華奢で小さくてどこまでも儚く見えた。

 仁族の成人年齢はただの慣例みたいなもの。でも成人の儀をしたらは固定されちまう。

 だから、その前に。いや、一刻でも早く。この綺麗で儚い生き物を俺のモノに——そんな考えが何度も過った。

 けれどお前はその度に思いもしねえ強さを見せてきた。儚気で庇護したくなるようで強かだった。旅に出て色んなしがらみから解放されたお前はただただはしゃぎまわる子供だった。

 油断し切って俺に甘えて来るその姿を見ると、もう少しだけ待ってやろうと自分を押さえ込んできた。衝動に任せてモノにしても心が離れないように。


 だがお前自身が俺のタガを外しちまった。


 ——『プレゼントは……その……ぼ、僕……』——


 顔を赤めて恥じらうようにはにかんで見せたその瞬間。思考が停止して俺の我慢を繋いでた糸が切れた。なんかその後言ってた様な気もしなかったがもう止まることなんてできなかった。

 お前にとっちゃ突然で引け腰になってたのは分かった。でも洞窟での様子を盗み見てると本気で嫌がっちゃいねえことも分かった。

 だから逃げ道塞いで今日、この時をもって。完全に俺のモノにすることにした。


 そーだよ。お前は初心者で俺は超上級者。仰る通りだ。ジジイに仕込まれて成人して一万年近くも生きてんだ。性処理ぐらいしねえワケねえだろが。


 竜人族は捕食生物の頂点に立つ。だから、そのならねえ。ホイホイ生まれてちゃまずいって話だ。だからこれと定めた番としか仕様だ。


 誰と、どんだけ交わろうが番とじゃなけりゃ意味がねえ。

 ただ欲求を晴らすだけ。恋人ごっこなんざ虚しいわ。するわきゃねえだろ。


 アゼルトに番の話を持ちかけたのは半分以上冗談だった。

 俺にもアイツにも使命があった。力量値が初代と同じでも鍵が壊せねえ限り一緒になんのは無理な話。それにアイツにとっちゃ俺はただの親友。生まれた時から馴染みの顔。安心し切って寄りかかってくんのが遠ざかるのは嫌だった。

 アゼルトの側が居心地よかったのは本当。捕食生物の頂点として意識してなくても周囲を威圧しちまう竜人族……の歴代最強王族。アイツから一歩離れりゃ人っ子ひとりいなくなる。そりゃ離れがたくもなるってもんだろ。

 恋人作った時にゃ、驚きはしたが相変わらず俺は迎え入れられてた。

 だからこそ惜しかった。寿命が削れていく国王になったのが。

 その僅かな執着で番の話を持ち出した。寿命を伸ばすために。ほんとは恋心なんてもんなかったんだよ。


 俺が惚れたのはお前だけだ。リゼルト。

 凄惨な過去を抱えて生き延びて、過酷すぎる環境で育って、残酷な運命を見据えてて。それでも周囲に気心配って温かく人を惹つけ安心させる、アゼルトと同じ空気を纏ったお前だけ。

 一目見て気に入った。

 生きることを諦めてるんじゃなく人を生かすために死ぬ覚悟を持って現れたお前はアゼルトにゃねえ強さを持ってた。

 だから生かしてやれるのは俺だと思った。

 短い戦いの中、どれ程残虐な目に遭おうが諦めずに立ち上がったお前は想像以上に強かった。

 その度に惚れ直した。

 戦いと共に、全てが終わったのは俺の方だった。使命のためだけに生きてきた。そう思ってた。

 でもお前がいたから新しく生きる意味が見つかった。


 ゼル、ゼル、リゼルト。


 あの日あの時あの瞬間にお前と出会って俺の全てが始まった。動き出した。


 だから離さない。離せない。離してなんてやれない。


 一刻も早く俺に縛りつけたかった。

 人に好かれるお前だ。引く手も数多。お人好しで危なっかしい。時の力がなけりゃひ弱なガキだ。巻き戻しもできない失態を犯したらどうする。世界万物巻き戻せるっつったって、自体は巻き戻せねえ。


 一秒でも早く番にしたくて我慢してた俺に発破かけたのはお前だぞ、ゼル。


 抱き潰れて寝落ちたゼルの寝顔を見る。それだけで愛しさが込み上げる。


 ふと、胸の奥底を不安が過ぎる。


 他種の王族を番にすんのは今までに実例がねえことだ。それも歴代最強、俺よりも力量値の高いゼル……。


 今回で完全に番にゃ出来なかった。

 だが回数重ねりゃ無事に番にできるのは証明された。歯型が薄くなってる。


 番の儀が完了する前にもしも——

 いや、悪いことは考えねえに限る。俺が守りゃいい事だ。


 お前は俺のもので、俺はお前のもの。

 俺のできること全てをお前に捧げてやる。


 ふと思いついて慎重に両耳に牙を立てる。ゼルが潰れてる上着から取り出した薬で丹念に消毒して、さっき取っ払ったポーチに入ってた小箱を取り出した。中のピアスを極々小さな傷口に押し当てて貫通させ、留め具を固定して仕上げる。


 銀糸の様な髪を耳に掛けてやると俺の赤とゼルの銀を組み合わせたピアスが揺れた。白い肌と銀の髪によく映える。


 それに満足いって頬にキスを一つ落とした。




 ————チャリ、と耳慣れない小さな音に意識が浮上する。ぼんやりとした視界に星空とカガリの顔が見えた。


「お、気が付いたか?」


「ぅ……?」


 頭がぼんやりとして働かない。掠れた声だけが出た。


「お前、最後で寝落ちたんだよ。ゼル」


 徐々に記憶が戻って来て僕は目を吊り上げた。


「何がだよっ!!二回も三回も繰り返してたら全然もう一回なんかじゃないじゃないかっ!!ケホケホっ!」


「おいおい無理すんな。声掠れてんだから」


 そう、あの後カガリは合計四回も僕を抱いた!抱き潰されて僕が気を失うのも当然だっ!!

 必死に制止したのに聞き入れてもらえなかったし……声が掠れるのも当たり前っ!!カガリのせいなのにどの口が言うんだっ!!


 むすっと睨んでもカガリはそんなこと知らんと僕を片腕に抱いて歩きながら上機嫌に鼻唄なんて歌ってる。

 仕方なく状況把握すると僕はカガリの上着に包まれてた。僕の衣類や荷物は全部カガリが反対の手に下げてる。


 ……片腕だけで軽々抱えられるなんて……なんか屈辱だ。


 チャリ、と小さな音がまた鳴って頬にに滑らかな何かが当たる。手を遣ると


「あ、ピアス……なんで……」


 カガリがくれた僕の初めての装飾品。ルビーとダイヤのピアスが揺れてた。


「ん、いいだろ?お前が寝てる間に着けといた」


 カガリの得意気な声がする。


「ぅん……」


 二人だけの祝時祭。今回余計なことばっかりしてくれたカガリだけど、これは素敵な演出だ。


「今何時?」


「深夜三時だな」


 カガリが懐中時計を取り出して放ってきた言葉に顔を覆う。


 逃げ回ってからほぼまる二日経ってる……父上にも叔父上にもジーク団長にも顔向けできないじゃないか。


「まあお陰で歯型も薄くなったし後何回かする内に完了するだろ」


 カガリが上機嫌なのはそれが理由か。


「もうシない。カガリとなんかシない。ばか。ばカガリ」


 そう言いながら上着に埋もれるとカガリの匂いに包まれて安心してしまうものなんだから僕も大概だなと思う。


「ばあか。俺とシねえでどうすんだよ。ぜってえ番になってもらうかんな。他に盗られて堪っか」


「他に盗られる?」


 カガリはちら、と僕を見下ろして顔を正面に戻した。その顔に珍しく不安が浮かんでいることが僕は気になった。

 彼は遠くを見つめながら口を開いた。


「稀にな。番の証つけてても横取りされっことがあんだよ。むしろ、付いてる方が狙われる」


「狙われる……どういうことだい?」


 カガリが僕を抱く腕に力が入った。


「竜人族は……並の生物にゃ恐れられる。人も同様。どの種族でも共通の畏怖の対象だ。だからそれをよく思わねえ奴らも居んだよ」


 僕はカガリの服をキュッと握った。


「……番の儀が俺らみてえに一回じゃ終わらねえ組み合わせもある。竜人族の大体は番にしてえやつに証をつけてさっさと儀を終えるのが大半だ……奪われるから」


 息を詰めて続きを待つ。


「番の証付けたり、儀を始めた後に……他のやつの体液で体が満たされたら、体の作り替えが塗り替えられる。そして元の奴を二度と受け付けなくなんだよ」


 心臓がギュッと縮んだ。


「そ……う、だったんだ……」


 小さく呟くと、カガリが不安に瞳を揺らめかせながら僕を見下ろしてきた。


「竜人族は必ず男として生まれる。だから同性でも異性でも番にできるようになってんだ。だからそれを邪魔できるのも男だけ。もし……」


 カガリは僕のおでこに頬を擦り寄せた。


「万が一にでもお前が盗られたら。俺は生きてけねえ。愛してる。愛してんだリゼルト。一万年生きてきてこんな気持ち抱いたのはお前だけなんだよ」


 僕は手を伸ばしてカガリの頬に触れた。


「帝国滅ぼすために生きて来て何もなくなったのは俺の方。その後に生きる意味を与えてくれたのはお前なんだ。お前は俺の全てだ、ゼル。だから……頼むから、盗られてくれるな……」


 あの戦いを終えて以来初めて聴くカガリの想い。


 僕はもう片方の手も上着から出して彼の顔を包み込んだ。


 何だか泣いてるみたいに思えて。


 カガリが立ち止まる。


「僕はここに居るよ、カガリ」


 首を伸ばして小さくキスをする。


「もし、例え、万が一のことがあって……君の番になれなくなったとしても。君の側に戻ってくる。絶対だ約束するよ。僕の命はカガリのものだ」


「万が一があって堪るかこんにゃろめ」


 そう言ってカガリも荷物を落として僕にキスした。




 ————二人だけの祝時祭は散々な目に遭ったけど。カガリから向けられた愛情を実感して結局僕はまた幸せに満たされてる。


 僕がカガリの正式な番になれるのはいつだろう。早く彼を安心させてあげたい。


 さあ、次は何処に行こうか。


 僕らの寿命は長い。


 旅はまだまだ続いてく。




────────────────────


お読みくださりありがとうございます(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

これにて序章幕閉じです(*´∀`*)

ここから先が第一部と重なっていないものとなります!お楽しみください!

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