第三話 失言と暴走

カクヨム 第三話 失言と暴走


「ん〜?さてさて?俺の愛しのリゼルトくんは興味の惹けるプレゼントを用意できたのかな〜?」


 カガリが嫌味ったらしく訊いてくる。


 さっきまでの雰囲気なんてもう台無しだ。僕の感動を返せ、このやろう。


「できないなら俺の勝ちってことになるがなあ〜。な〜にしてもらおっかなあ〜」


 そんなことを言うカガリそっちのけで僕は頭をフル回転させていた。


 カガリの興味のありそうなものカガリの興味ありそうなものカガリの興味ありそうなもの……やっぱりあのゼリーもどき?いや、お返しとしてどうなんだアレは……


「おやおやあ?まさかゼルくんは用意できなかったとか〜?三時間もあったのに?」


 カチンときた。


 これだけ煽られたら冗談くらいなら許されるだろうって、その時は思ったんだ。

 あんなことになるなんて夢にも思わなかった。世界を巻き戻せるならあの時の僕をぶん殴って止めさせてる。


「時間なんて元々いらなかったさ。君のいっち番!興味の惹くものなんて最初から把握済み!!」


「へえ?」


 胸を張ってそう言った僕を見てカガリが腕を組む。


 僕はそっと自分の頭に時を止めてた間に作った花冠を乗せてにヘラと笑った。


「プレゼントは……その……ぼ、僕……」


 何故かカガリがピシリと固まった。


「なーんてね。ほんとは失敗したのさ。こっちが——


 鍋を拾い上げた次の瞬間視界がひっくり返った。驚きに目を白黒させてると僕の上に跨ったカガリは顔を覆って長い長い長い溜め息を吐いた。


「はーーーーーーーーーーーー……。ほんっと……お前さあ……」


「え?え??」


 僕は状況について行けずに鍋を抱え込む他なかった。


「俺がいつもいつもいつもいつもどんっっっっっだけ我慢してるか気もしれねえで………『プレゼントは僕』、だ?」


 手を下ろした彼を見て息を呑む。いつもの何倍も鋭い眼光。虹を帯びた真紅の瞳は爛々と光ってて僕の頭の中で危険信号が鳴り響いた。


 怒ってる。カガリが怒ってる。前に食事事情を心配して怒られた時の数千倍怖いのはなんでだ。僕は一体何をしたんだ!?


「そ、それは冗談で……ホントはこっちが……」


「冗談で済ませられっか。ハッ、んなもん今更取り消そうったってそうは行かせるかよ。こっちがどんだけお預け喰らってたと思ってんだ、あ゛?」


 危険な光を放つカガリの目に見下ろされて今度は僕がピシリと固まった。


 まさに蛇に睨まれたカエル。って言うかなんでこんなに怒ってるんだ。怒ってるっていうか苛ついてる……?


 何はともあれ僕はどうやら彼の地雷を踏み抜いたらしい。


「ご、ごめ、んむっ!?」


 兎にも角にも謝ろうと口を開いた所を塞がれた。カガリの唇で。

 開いた口の隙間から彼の熱い舌が入り込む。口内を撫でて舌を絡めとられた。息ができない。段々と苦しくなってカガリの胸を押したけどますます密着された。


 知らない。こんなキスなんて知らない。


 今までしたものとは比べ物にならない長い時間をかけてカガリは口付けを続けた。僕の息が続かなくなって震えだした所で漸く解放された。


「ぷはっ!は、はっ……はふ、は……」


「はは、いー顔」


 カガリが目を細めて熱くなった僕の頬を撫でる。

 長いこと酸欠だったせいで涙目になった僕は文句も言えずに呼吸するので精一杯だった。


 これじゃまるで食べられてるみたいじゃないか……ん?食べ、られ……る……?


 そこで僕はやっと自分がやらかしたことに気づいた。


 いや、まさか。そんな……


 僕は小さくふるふると首を振った。カガリが邪悪な笑みを浮かべる。


「ほぉ〜?その顔は想定外だったってか?残念だったな。自分から言い出したことだ。男に二言は無ぇよなぁ?」


「に、二言も三言もあるさ。ちょ、ちょっと落ち着こう。一旦待って。僕は心の準備なんてできてないしそもそもプレゼントはこの鍋の中身で賭けの勝負だって着いてない……!!」


 鍋を突き出すとカガリはそれを覗き込んだ。ひっくり返ったにも関わらず微塵も動かない半透明の水饅頭。


そそられねえな。と言うわけで勝負は俺の勝ち。お前にゃ今日からになってもらおうか」


 自分で作ったルールで墓穴を掘るなんて!


 再びカガリが覆い被さってこようとしたので僕は咄嗟にそのおでこに指を当てた。彼の時を思いっ切り減速させる。


「あっ……クソ、……こんにゃろ……め……」


 喋り口まで遅くなったカガリの下から必死に這い出す。さっきのキスのせいでヘナヘナになった手足に鞭打って鍋を放り出し駆け出した。


「待ち……やが、れ……ゼル……!」


「待てと言われて待つ奴なんか居ないよ!」


 そう叫び返しながら茂みに飛び込んで全力で逃げた。

 カガリは竜人族、それも歴代最強の王族だ。幾ら減速しようが動けるはずだ。現に喋ってたし。

 最終的には身体能力ゴリ押しで減速さえも振り切ってしまうかもしれない。


 どうしようどうしよう。どこまで逃げればいい?


 時の停止はインターバルのせいで使えない。


 ああ、もう!馬鹿だな僕は!あんな謎物体作るために何時間も世界を止めてたなんて!側から見ればズルした罰だって笑われるかもしれないけど今の僕には死活問題だっ!


 アレだけ長いキスが『番の儀式』とやらじゃなかったらは一体何されるのか想像もできない。こわい。とにかくこわい。

 そもそも恋愛経験のない僕にとってキス以上は未知の世界だ。おそらく体を交える行為以上のものだってことだけ分かる。


 それを男同士で何をどうやってするつもりなんだよ!?いや、なんとなく想像はできるさ。だからこそ余計にこわいんじゃないか!!


 結構な距離は稼いだけど彼は竜になれる。距離は関係ない。近くまで来たら匂いや音でバレてしまう。

 と、なるとカガリが落ち着くまで逃げ切るには必然的に隠れ場所が必要だ。


 幸いにも僕と彼には体格差というものがある。僕が入れてもカガリには無理な大きさの入り口を探せばいい。


 走り続けてたら崖に突き当たった。


 ここなら……


 あちこち手あたり次第探って漸く小さなひび割れを探し当てた。中を確かめると空洞になってる。


 うん。隠れ場所としてはうってつけだ。


 僕はひび割れに手を当てて時を進めた。


 チクタク。


 時計の針の音がする。


 チクタク。


 早く早く劣化してくれ!


 ガラ、と崩れる音がしてひび割れ周辺やっとが脆くなった。急いで手で崩して僕一人がやっと通れるくらいの大きさまで広げると中に滑り込んだ。そして崩れた瓦礫を積み上げて時を巻き戻す。

 これでカガリに僕を見つけることは不可能。

 距離はとんでもく稼いだし、この場所も外から見ればほんの小さなひび割れでしかない。流石の彼も僕が中に潜んでるなんて気づかないはずだ。

 暗闇に目が慣れて空洞の中を見回せば外からは想像できないほど広い。丸三日は空気も保ちそうだ。


 僕はその場にへたり込んだ。


 びっっっっっくりしたなあ、もう……


 あんな軽口叩くんじゃなかった。カガリがあんなに僕を求めてたなんて知らなかった。我慢してたなんて微塵も気づかなかった。


 さっきの長い口付けを思い出して顔が火を吹きそうになる。慌てて手で仰いで熱を冷まそうとした。


 あんな熱烈なキスされたのも初めてだよ……いや、まあ、キス自体カガリ以外としたことなんてないんだけどさ。


 膝を抱えて顎を乗せる。


 逃げ出して……ちょっと悪いことしちゃっただろうか。


 カガリの側は心地いい。大きくて、温かくて、ちょっと乱雑だけど優しくて……。

 彼に抱き込まれて、ほんの時々ちょっとした軽いキスをして……それだけで僕はふわふわと幸せな気持ちでいた。

 カガリも幸せそうな微笑みを返しくれて、頬を優しく撫でてくれてたからそれでいいんだって思い込んでた。


 けれど彼はもっと、こう……もっと激しい欲求を押さえ込んでた。ついさっき判明したことではあるけど。


 いつかはカガリの正式な番になるって決めてたことだけど、あまりにもびっくりしすぎてパニックを起こした。そしてこのザマ。


「カガリ……怒ってるかなあ……」


 いいや、彼はそんなに懐の狭い人じゃない。


「……謝らないとなあ……」


 もしかしたら傷ついたかもしれない。やっぱりいまからでも出ていって謝るべきかな。


 いや、でも、ちょっと待て。


 カガリは何千年と生きてる。さっきも流れるようにキスしてきたし、最初の時だって僕を落ち着かせるための手段にも使ってきた。

 ……手慣れてる。

 今まで経験してないワケないじゃないか。不特定多数……の男男女女。恋人だっていたかもしれない。叔父上と戦ってる最中に襲おうとしてきたことすらあるんだ。

 ……手慣れてる。


 ……やっぱり不公平じゃないか。

 あ、段々腹が立ってきた。

 こっちは何の心構えも無かったのにいきなり襲おうとするなんて酷いじゃないか。初心者が上級者に敵うワケないだろ。

 カガリの過去の恋愛事情に腹を立ててるワケじゃ決してない。過去は過去。何千年生きてたらそりゃそんなことだってあるはずだ。別にそれで拗ねてるワケじゃない!

 そもそもの話。単純な腕力で僕がカガリに敵うワケないんだ。怖くならないはずがないだろ。ちょっと逃げ出してまた機会を改めてもらうことくらい許されてしかるべきじゃないか。

 確かに賭けには負けたさ。潔く認めよう。でもお願いを聞くって言ったって期限を決めてたワケじゃない。


 うん。さっき襲ってきたのは圧倒的にカガリが悪い。逃げ出した僕は悪く、ない!


 胡座をかいてうんうんと頷く。


 と言うわけで引き続き引きこもり作戦続——


「なあに開き直ってんだよこの阿呆」


「うわぁっ!?」


 いきなり掛けられた声に飛び上がった。本当に二十センチル以上飛び上がった。ついでに心臓はニ、三拍すっ飛んだ。


 ひび割れの隙間からカガリの虹を帯びた紅い瞳が覗く。


「ったく。んな所逃げ込みやがって」


「か、カガリ!?なんで見つけられるんだよ!?」


 カガリは胡乱げに目を細めた。


「忘れたか?辿つったの」


 僕はハッと頸の歯型……『番の証』に手をやった。


 こわっ!竜人族こわっ!!


「って、なんで君普通に動いてるんだよ!?」


 減速の力はまだ緩めてない。


「ん。動いてたら慣れた」


 こわい!世界最強の竜人族こわい!!


「出てこいや」


「い、嫌だよ!君まだ僕のこと襲う気満々じゃないかっ!」


 鋭い目つきが全てを物語ってるって!


「んじゃ、こっちから行くわ」


「……は?」


 呆気に取られてるとカガリはひび割れの両端に手をかけた。ピシっとかバキッとか音を立ててひびが広がり始め地鳴りがし始める。

 そんな馬鹿な。


「待って、待って!ちょっと待とうか!!」


「待てって言われて待つ奴がいるかっつったのお前だろ」


 僕は退がれるだけ退がって壁に張り付いた。


 どうしようどうしよう!!


 そうする間にもひび割れは崩れてって地鳴りが酷くなり……とうとうカガリが入り口に立ちはだかった。僕にもう逃げ場はない。


「諦めて大人しく


「ひっ」


 いつか前に聞いた悪役の様な台詞を吐きながらカガリが僕を捕まえて。


「うわぁぁあああーーーーーーーーーっっっ!!」


 辺り一帯に僕の悲鳴が虚しく響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る