第二話 カガリのプレゼント

「ほお〜いいぜ?そのハナシ乗ってやるよ、ゼル」


 僕のちょっとした企画を耳打ちするとカガリは悪い笑みを浮かべた。


 白い花びらが舞う花吹雪の中でそんな顔してたらちょっと邪悪だよ。


「それじゃ、おさらいするよ」


 季節外れの祝時祭。ただプレゼント交換してご馳走食べるだけじゃつまらない。


 そんな訳でちょっとした賭けを取り入れてみた。


「一、お互いの興味を惹くものを用意すること。二、制限時間は三時間。三、——より興味を強く惹けた方が勝ち。勝ったら負けた方になんでも一つ、お願いができる……こんな感じかな」


 にっと口角を上げて笑いかける。カガリも応えるように笑った。


 だからちょっと邪悪だって。何企んでるんだよ。


「で、興味があるかないか演技をするのもご自由に……ってか。なかなかやるじゃねえの王子サマ」


 ピンと軽くおでこを弾かれる。


「いたっ、だってしょうがないじゃないか。そっちは一万年近くも旅してて、こっちはまだ国を出たてほやほや。目新しいものなんて幾らでもあるんだから少しくらいハンデ貰わないと」


 そう、演技は僕の十八番。国民の前で勇敢な希望の光として人生の大半振る舞ってきたんだ。興味がないなんてお任せあれ。


「見抜いた方が勝ち、ねえ……」


 カガリがボソリと何か言った気がしたけど僕はワクワクしながら準備をしてた。


 焚き火の揺らぎが停止し、その上に半透明な時計の紋様が現れる。針は丁度十二時を指してる。


「ちょっと早いけどお昼ご飯も食べたことだし、丁度いい時間だ。僕は時計が消えたらちゃんと感知できるし、君は焚き火が爆ぜる音が聞こえたら戻ること」


 こうすることで彼の行動範囲に縛りを作れる。


「それじゃあいいかい?針が三時を指したら時計は消える。よーい……スタート!」


 そう言うなり僕は近くの茂みに駆け込んだ。振り向くとなんとカガリは竜化して飛んで行こうとしてた。

 目が点になる。

 ハッと瞬きして気を取り直すと叫んだ。


「ずるい!ずるいぞ、カガリ!!それはあんまりじゃないかっ!!」


『竜化しねえってルールにゃ無かったからな。あばよっ』


 彼はこっちの文句もそこそこに聞き流して紅い流星のように飛んでってしまった。


 僕は頭を抱えた。


 酷いじゃないか!ルールの抜け穴を突くなんて!あの姿で三時間もあればどこにだって行って帰ってこられる!僕の圧倒的不利だ!

……まあ不利なのは最初からかもしれないけど。


 ぶっちゃけると一万年も世界を巡ってた竜人の目を惹くものなんて、想像つかない。


 でも。


 目を閉じて、開ける。

 一呼吸おいて世界万物全てのを停止させた。


 そっちがその気ならこっちだって本気を出させてもらおうじゃないか。力を使っちゃいけないなんてルール、なかったし。


 これで余裕ができた。じっくり森を巡って熟考しよう。


 木の実、果物、花、花、花。季節は春。生命に溢れた森は豊かだ。

 花畑で花冠を編んだり、小川を覗いて綺麗な石を拾ったり、日向ぼっこする狐の親子にも遭遇した。触ると少し硬い毛の下に柔らかな冬毛が残っていて温かくてとても手触りがいい。思わず頬擦りをしていてハッとした。


 僕は何をしてるんだ!?カガリに贈るプレゼントを探してたはずが僕の好きなものを堪能する時間になってるじゃないか!!


 慌てて子狐を親のお腹に戻して匂いを巻き戻して再びプレゼント探しの小さな旅に出る。


 初心に戻ろう。そもそもプレゼントとは。贈って嬉しいものじゃなく、贈られて嬉しいものだ。

 そうだ。カガリの好きなものにしよう。彼の好きなものはなんだっけ……。


 先ず、赤。赤いものが好き。目も髪も角も赤いのに上着まで赤いのはなんでかって聞いたらそう言ってた。


 次に、意外なことに甘党。ゲロ甘過ぎて僕が食べられなかった果物を平然と何個もおかわりして食べてた。それも、大量の砂糖をぶち撒けて。


 後は刀の手入れ。まあ刀は文字通り竜人族の命そのものだ。大事にしないとだしね。


 体を動かすのも好きだって言ってたな。竜人族は身体能力が総じて高いし、王族ともなれば力量値によって更に上乗せされる。その上歴代最強ともなれば元気が余ってしょうがいってとこかな。


 そして……


 はた、と気が付く。カガリが好きなものを僕はあまり知らない。


 これは……ちょっと、ショックだ。


 僕は頭を抱えた。その場にしゃがみ込む。


 カガリは自分を語らない。涼しい顔で飄々として、僕にはさらりと嬉しいことをしてくれる。

 なのに、僕は自分のことで精一杯で……甘えていいって言ったって、限度があるだろ。


 これからも一緒にいるなら彼の好きなものくらい知っとかないでどうするんだ。


 頬を張って立ち上がる。今回は仕方ない。想像で補おう。


 空中で時を止めた白い花びらを摘み上げる。


 青空によく映えて綺麗だなあ……


 カガリが嫌いなものも、僕はほとんど知らない。ただひとつ……雨が嫌いってことだけだ。

 帝国を消す使命を負っていたカガリは一万年近く北の山脈の向こうを見てきた。真っ黒な闇に支配された北の大地。太陽の光も届かない。分厚く黒い雲に覆われた空。

 山脈のこっちが曇ったり、雨や雪が降るとカガリは嫌そうな顔をする。


 あ、そうだ。だから冬もあんまり好きじゃないんだっけ……


 祝時祭。悪いことしちゃったかな……ううん。


 前向きに行こう。


 今は春。これからの冬は一緒に祝時祭を盛大にして、楽しいことに塗り替えてこう。


 カガリは他に何が好きかな?

 今一度辿り着いた小川を覗く。時の停止した水面はまるで鏡のようで。

 鏡に映った僕は彼の親友、アゼルト陛下の生き写し。髪を切ったらますます似てるって言って何回も伸ばせって言ってくる。


 え、あ……、ちょっ……と、待って。大変な事に気がついた。


 今度は恥ずかしさのあまり頭を抱えてしゃがみ込む。小川に映り込んだ僕の顔は真っ赤だ。熱くなった両頬に手を当てる。


 なんだよ、もう。忘れちゃダメじゃないか。


 カガリが好きなもの……僕だ。


 きゅぅっと胸が熱くなる。あれほど好き好き言われて、愛し気に見つめられててなんで思いつかなかったんだよ。


 大きく深呼吸を繰り返して、手で顔を仰いで、頬の熱を逃す。


 とは言え僕はもうカガリのものだし、プレゼントって言うのは冗談だ。


 うん。いいこと思いついた。自惚れてるけど、僕が手料理を作ろう。そうしよう。


 手近な果物を集めながら元来た道を戻って新しく焚き火を起こす。


 さっき教わっててよかった。


 カガリの荷物から鍋を失敬して皮を剥いた果物を刻んで次々と放り込んでいく。


 とは言え正直料理はそんなに得意じゃない。でも、反乱軍時代に食堂の女性が言ってた。『煮込めば大体のものは食べられる』って。


 今度は僕の荷物からありったけの砂糖を取り出してグツグツ煮え始めた果物の汁にぶち込んだ。


 甘ければ甘い程カガリは好きだと思う。

 ほら、好きな人の手料理って嬉しいってよく言うじゃないか。

 甘さも真心もプラスされて美味しさは倍々。

 僕は優しい甘みの方が好きだから砂糖を使わなくても問題なし。遠慮なく使っていこう。


 しばらくして果物が煮崩れると……多分、ジャム的なものが出来上がった。


 うん。見たことのない緑色だけど。


 大丈夫。愛情は込めた。砂糖の量から言っても甘いはず。カンパンにでもつけたらイケる。多分。


 リュックからカンパンを取り出して、どろりとしたその緑色のジャム的な何かを付けてみる。ゴクリと唾を飲み込んだ。


 人にあげる物は味見しないと……


 ……結局。しばらく緑色のジャム的な何かを付けたカンパンと見つめ合ってたけど、口に入れる勇気は出なかった。愛情でも勝てない物だってあるさ。カンパンだけ時を巻き戻してカバンに仕舞った。

 そしてジャム的な何かは————


「よぉ……時間だな。この勝負もらったぜ」


 ニヤリと口角を上げて上機嫌なカガリと向かい合う。僕は後ろ手に冷ました鍋を引っ下げてた。


 だから邪悪だって。


「はは……それは、どうか、な……?」


 僕は乾いた笑いで応えた。


 この際認めてしまおう。ハッキリ言って興味はひけること間違いなし。あの後。果物を足したり引いたりして煮込み続けたジャム的な何かは何故か半透明な球体型のゼリー状に固まった。

 ただ、味は保証できない。僕は最後まで味見できなかった。

 分かってる。プレゼントとしては最悪だ。愛情と料理は別物だって分かった。そして次にカガリに教えを乞うべきは料理だって事も。


 カガリは普段気配に超絶敏感なくせに、今、内心冷や汗かいてる僕にも気づかない程上機嫌だ。いや、助かるけども。


「そんじゃ俺からな。手え出せ」


 恐る恐る鍋を後ろに置いて両手を差し出すと彼はシンプルな小箱をその上に置いた。


「なに、コレ」


 僕が首を傾げると


「ばあか。開けねえで中身が分かるかっての」


 そう言ってカガリは僕の掌の上の箱をゆっくり開けてく。

 どんな物が来ようが興味ないフリするつもりだったことも忘れて思わず目を見開いた。


「わ、あ……!」


 感嘆の声が思わず零れ落ちる。

 小箱に収まっていたのはシンプルなピアスだった。ただ、その色合いに、その意味に感極まってしまった。


 綺麗に形を整えられた一対のバイカラーのピアス。真紅のルビーと恐らくダイヤモンドの組み合わせ。透き通った赤と銀の光を放つそれをカガリが手に取る。


「ちょっと前の知り合いに細工屋がいてな。俺が削り出した石を繋いでもらった」


 僕はバッと顔を上げた。


「削り出した?」


「そ。原石は買ったもんだが刀でちょちょいと細工してな。削り出したんだわ。いやあ我ながら丸みを帯びさせんのが上手いったら」


 唖然とした。確かに竜人族の刀はダイヤモンドだってスッパリ斬れるって知ってたけど……まさかこんな細々とした細工に使う奴が居るなんて夢にも思わないって……。


 ポカンと口を開けてたらカガリはピアスを僕の耳に当てがった。


「ん、ほら。よく映える。一つも装飾品受け継げらんなかったんだろ?これからは俺が徐々に飾ってやる、リゼルト。祝時祭おめでとう」


 王族が、先代から後世に装飾品を受け継がせることはよくある話だ。形見に、お守りに、お祝いに……と意味合いは様々だけど、親や大人が子供に贈ることが多い。

ただ、僕の場合は別れが早過ぎて、僕は幼すぎて……城も何もかも崩壊させたから手元には何も残らなかった。


 これが初めの一つ。カガリが作ってくれた。初めてのプレゼント。


 僕はくしゃりと顔を歪めて彼に抱きついた。


「ずるいじゃないか。こんな……大切な物、もらって、しかも手作りって……興味惹かれない訳がないだろ」


 カガリはぽんぽんと軽く僕の頭を撫でた。


「ピアス穴はまた後でな。着けれるようにしてやる」


「うん……ありがとう、カガリ」


「な、言ったろ?この勝負もらったって」


 しまった。そうだった。賭けをしてたんだった。


 僕は自分が差し出そうとしてたものを思いだして青ざめた。




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本日は序章と二話ほど更新したいと思います!

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