第3話 川の中で
ケーキ屋の前でサンタの格好をした男性の前を通る。
「パパ!サンタさんがいるよ!ケーキ買って帰ろ!」
「でも、今日はもうケーキ買ってるしなぁ」
「えー。わたし、サンタさんが売ってるケーキがいい」
私は同じ時間軸をなぞっている。
だったら私は――。
「パパが買ってきたケーキで良いでしょ。皐月が好きな苺のショートケーキよ」
「えー……」
不満そうな娘の表情に胸が痛むがやむを得ない。
これはあなたを守るためなのだから――。
駅のホームにつき、電車を待っていると娘が近づいてくる電車に気づく。
「電車来たよ!」
娘の言葉にアナウンスが重なる。
『20時03分発の列車がまもなく到着――』
どん――。
誰かが私にぶつかってきた衝撃で体が前のめりになる。
夫が私の体を庇い、バランスを崩す。
そのまま倒れ込んだ拍子に娘が突き飛ばされ、ホームから――。
金属音がけたたましく鳴り響き、電車は数十メートル進んだところで停止した。
「え――。なんで……?」
時間を戻したのに――。
「お、俺悪くねえぞ!」
酔っ払った男がそこから逃げ去っていくその背中を、私は力無く見つめていた。
………………
2025年12月25日 0時00分。
『またお会いしましたね。今度はどうしたのですか?』
光の存在は私に語りかける。
「また、時間を戻してください……」
『いいですよ。ご希望の時間はありますか?』
「同じ時間に」
『……それはできません』
「え?なぜですか!」
『同じ時間に戻ることはできないのです。次は、もっと前になります』
「では、12月24日の朝7時は?」
『承りました。あなたに幸福が訪れんことを――』
………………
2025年12月24日 7時00分。
いつもつけている、朝のニュース番組のオープニングが始る。
アナウンサーの男女2人が挨拶をした後、女性の方が今日の番組構成を喋っていた。
その台詞を聞きながら、私は朝食の準備をしていた。
「ママ!今日はこっちの服にする!」
娘が今日のコンサートに着ていく真っ白なドレスを体に当てていた。
私がこの子を守らなければならない――。
私は調理の手を止め、娘の頭に手を置いた。
「今日コンサートに行くのは止めましょうね」
「え……?なんで?」
「なんででも。今日はあんまり良くないから。それよりクリスマスパーティーしましょう。パパが買ってきてくれた美味しいクリスマスケーキもあるよ」
「やだ!わたし、コンサート出るの!ママだって楽しみにしてたでしょ!」
娘は泣きそうな表情で訴えてくる。
私は胸が痛んだが、正しい選択をするのがこの子のためだ。
「皐月、聞いて。今日だけはどうしてもダメなの。明日だったら何をしても良いから」
20時03分を超えられれば、きっと何をしても大丈夫だ。
「明日はコンサートやってないじゃん!」
娘は私の顔にドレスを投げつけると、逃げるようにキッチンから出て行った――。
20時05分――。
あっけないほどに何事もなく、その時間を過ぎていた。
こんな簡単に超えられたんだ……。
緊張の糸が切れた私はリビングのソファーに深く沈み込んだ。
皐月には悪いことをしたな。
私は2階にある娘の部屋の前に立ち、コンコンと扉をノックする。
だが、部屋の中から返事がない。
寝ているのかな。
そう思いながら扉を開けると――。
「皐月……?」
部屋を見渡すが、娘の姿は見当たらない。
布団の下に隠れている様子もない。
そしてベランダへと続く窓だけが開いている。
まさか――。
まさか、窓から――。
その事実を確認するのが怖くて、足が震えだす。
開け放たれた窓からベランダへと進み、身を乗り出し、下を確認する――。
そこに、
娘はいなかった。
「はあぁぁ……」
私はヘナヘナとそこに座り込み、深く安堵のため息をつく。
娘の自殺が頭をよぎったことを馬鹿らしく思った。
「良かったぁ……」
そこまで呟いて思い直す。
それなら、娘はどこへ――?
十日後。
2026年1月9日 14時ごろ――。
警察からの電話に夫が出ている。
「はい……。えぇ、その腕時計は娘のものです……」
抑揚のない夫の声。
あの日から娘は行方不明となっていた。
その手掛かりが見つかったのかもしれない。
「はい……。いえ、こんな時期に毎日ご苦労様でした……。お手数をおかけしました……」
ご苦労様でした……?
まるで捜査を打ち切ったかのようなその台詞に私は違和感を覚える。
夫は電話を切るとソファーに座る私の横に腰掛け、顔を覆って動かなくなった。
私は意を決して夫に訊ねる。
「ねぇ、皐月は……?」
「…………」
「ねえってば!」
「……遺体で見つかったって。川の底から――」
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