第2話 白い世界で

「吉沢さん――」

 医者の男が私たち夫婦を呼んでいる。

 だが、私の耳には届かない。


 違う選択をしていれば、娘は生きていたのかもしれない。

 そんな後悔がずっと私の頭の中を駆け巡っていた。


「真衣――」

 夫に肩を揺さぶられ、顔を上げる。

 いつの間にか医者の男が私たちの目の前に腰掛け、深々と頭を下げていた。


「この度は、全力を尽くしましたが――」

「いいんです。誰のせいでもないですから」

 自分でも驚くほど感情の無い抑揚で、私は医者の言葉を遮る。

 医者は丁寧に対応をしてくれたが「葬儀関係での相談先はありますか?」という台詞には感情が爆発しそうになった。

 そんなの、あるわけないでしょ!


 諸々の手続きを翌日に回し、私たちは帰宅した。

 夫が30年のローンを組み、家族3人での幸せな未来を夢見て建てた家。

 それが今では寒々とした雰囲気を放っている。


 だが玄関を開けると、娘が駆け寄ってきて『パパ、ママ帰ってくるの遅いよ!』という声が聞こえてきそうな雰囲気が、まだここには残っていた。


 目眩を起こす私を夫が支え、寝室のベッドに腰掛けさせてくれた。

「飲み物、取ってくるよ」

 夫は私を置き部屋を出て行く。


 壁の時計を見ると、まだ0時前だった。

 あんなに色んな事があったのに、まだ日を超えていなかったらしい。


 私はベッドに足を投げ出したまま、仰向けに横たわる。


 娘は、もういないんだ――。


 冷静にそう考えた時、急に私の心が娘の死を実感した。

 途端に涙が溢れ、嗚咽しながら泣き叫ぶ。


 娘はもういない。

 笑顔でケーキの箱を抱きしめる娘の姿が目に浮かぶ。


 これから私はどうしたら良い?

 死んだのが私だったら良かったのに!

 やり直せるならやり直したい。


 神様!いいえ、誰でもいい――!

 私の全てを犠牲していいから、やり直させてよ!


 時計の針が"2025年12月25日 0時00分"を指した。


 ………………


 私は涙で顔を覆っていた手を外すと、周囲が異様に明るいことに気がついた。

 何もない真っ白な空間に光の玉が浮いている。


 ここはどこだろう?

 まるで体が宙に浮いているような不思議な感覚。


『私を呼びましたか――?』

 光の玉が、まるで空間に響くような声で私に語りかける。


『驚いているようですね。ここは普段人間が来る場所ではありませんから』

「あなたは……?」

『私は……、そうですね。あなたたちの言葉で言うところの女神、でしょうか?』


 女神――?

 アニメの世界じゃあるまいし、私は夢でも見ているのだろう。馬鹿馬鹿しい。


『……混乱しているようですね。できることなら人生をやり直したいのでしょう?』

 女神は私の願望を言葉にする。


「でも無理でしょう。どうせこれは私の夢なんだから――」


 でももしこれが現実で、もう一度娘に会えるのなら――。

 例えそれが、だったとしても――。


「……じゃあ、娘のコンサートが終わった直後に戻してください」

『承りました。あなたに幸福が訪れんことを――』


………………


 2025年12月24日 19時29分48秒――。

 街はイルミネーションで輝き、行き交う車と、多くの人々の話し声が飛び交っていた。

 大通りの歩道を、私たち3人が手を繋いで歩いている。

 娘は真っ白なドレスを着ていた。


 戻ってきた――。


 娘の手を握る力が無意識に強くなる。

「ママ……?」


 私を見上げる娘と目が合った。

「どうしたの?とっても悲しそう」

「なんでも無いのよ――」


 あぁ、本当に戻ってきたのだ――。

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