第7話
翌日。
会社へ行く準備をしていると寝ぼけ眼のひよりが押し入れから出てきた。
「やあ。お兄さん」
「おはよう。今日は早いんだな」
「昨日は疲れてたからね。あ。そうだ。ここらにホームセンターはあるかい?」
「あー。県道沿いにあったかな。なにか買うのか?」
「まあね。今から会社?」
「うん」
「そう。いってらっしゃい」
ひよりがへらっと笑って手を振るので僕は苦笑してリュックを背負った。
「いってきます。冷蔵庫に冷凍のパスタがあるから、それでも食べといてくれ」
「そうするよ」
こうしてひよりに見送られ、僕はアパートを出た。
新婚さんとかはこういうのを毎日やってるんだろうか。それならやる気が出るのも少し分かるな。
まあ、別にそういう関係でもないけど。
にしてもホームセンターでなに買うんだろう。気になるけど覗いたら怒られそうだし。
いや、冷静になればなんで僕が僕の部屋の押し入れを覗いちゃダメなんだ?
中で変なことでもされたら困るし、ひよりがいない時にでも覗いてみよう。でもいついないんだ?
なんてことを考えながら仕事をこなした。
妄想は膨らみ、ひよりが押し入れの中でなにか悪いものでも作ってるんじゃないかなんてことも考えた。薬物の密造? そんな馬鹿なと思いつつも、道ばたの段ボールで寝る奴に常識なんて通用しないわけで。そういった不安がないわけでもなかった。
まあ、普通に考えたら年頃の女の子がプライバシーを求めることになんの不思議もないわけで、むしろ常に僕と一緒なんて方がおかしいだろう。
そんな結論に至った時には仕事を終え、帰りの電車に乗っていた。
ひよりがなにを買ったかは後で聞いてみよう。なんて思っていると昨日とは別の若者がスマホでゲーム動画を見ていた。
一昔前では電車で動画なんて見てる人は少なかったけど、今じゃそんな人がほとんどだ。
ゲームだって随分ポピュラーになって、やっているだけでオタクだなんて思われる時代でもない。
そのことに変な寂しさも感じつつ、この大きなムーブメントに自分が組み込まれていない悔しさもたしかにあった。
だとしても求められていない限りは戻る理由もないわけで、やっぱり僕は最初から部外者なのだと再確認する。
それでいいし、よくなくても受け入れるしかない。
結局僕は一生しがないサラリーマンなんだから。
そんな諦めを胸に玄関のドアを開けた時だった。
中から「うわあああああぁぁっ!」というひよりの悲鳴が聞こえた。
なんだ? なにがあったんだ? もしかして強盗とか?
「ど、どうした?」
部屋に入ってもひよりはいない。バスルームにも人影はなかった。トイレから聞こえた感じもしない。じゃあやっぱり押し入れの中か。
なにがあったんだろう? もしかして事故で出られないとか? そうなったら助けないと危険だ。
約束を守るのは大切だけど、ここは人命優先。加えてやっぱり中でなにをしているか見たかった僕は押し入れの引き戸を引いた。
するとそこにはあぐらを組んで驚いた顔をするひよりが座っていた。
「わ! え? あ! お兄さん!?」
なにをやってるんだ? と聞くまでもなかった。
垂れ耳ヘッドホンを付けて手にはコントローラー。そしてそれは僕が貸したパソコンに繋がっていた。
僕が口を開こうとした時だった。ひよりが唇に人差し指をあてる。
どういう意味だと思っているとひよりの付けていたヘッドホンにはマイクがついていた。
加えてディスプレイに映るゲーム画面の横には大量のコメントが流れている。
これは、もしや……。ていうかそれって……。
すぐさま察した僕は眉をひそめて押し入れをそっと閉めた。
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