第5話「現状把握はベビーベッドで」
大陸歴 2791年 5月 エヴェリン王国 王都リュミエール / ヒイロ=エヴェリン
重厚な扉が閉まる音が、静寂の合図だった。 衣擦れの音と、複数の足音が遠ざかっていく。
(……ふむ。ようやく退室したか)
俺は閉じていた瞼をうっすらと開け、視界に広がる豪奢な天蓋を見上げた。
「あぅ!(忍法!狸寝入りの術!(砂の化け狸をその身に宿す忍者風に) )」
ビジネスマンにとって褒められたスキルではないが、共有オフィスやカフェなどでは聞き耳を立てることが有効な情報収集手段となる。 特に、相手が「赤ん坊は言葉を理解していない」と油断しているこの状況下においては、最強のスパイ活動と言えるだろう。
俺は小さくあくびをしながら、今の「首脳会談」の内容を脳内で議事録として整理し始めた。 得られた情報は、極めて重要かつ、俺の今後の生存戦略に関わるものばかりだ。
まず、第一の議題。この国の婚姻制度と家族構成について。
(姉妹で一人の夫を共有する。...か)
現代日本の倫理観で言えば、姉妹一緒に嫁にするとかは各所から叩かれそうな話だが、この世界の男女比が大きく女性によっている状況を前提にすれば、これは極めて合理的な結婚方法だと言える。 希少リソースである「男性」を、血縁という信頼度の高いコミュニティ内で共有し、効率的に次世代へ子孫を残す方法だな。
歴史的にも一族の血縁が重視されていた頃は、日本でも側室とか順縁婚だのはよくあった話だ。ただ、人口比がここまで女性に寄ってしまっていると、現代社会で生涯120人と結婚して200人以上の子供を作ったケニアの男性みたいな話もゴロゴロあるのかもしれん...。
父上――エリオンは、一見すると人の好さそうな草食系に見えるが、女王である母と、宰相である叔母の二人の才女を相手に家庭を築いているわけか。 とんでもない勝ち組に見えるが、その実、精神的な負担は計り知れないだろう。 男が少ないということは、それだけ一人の男にかかる責任と期待が重くなるということだ。 「僕以上に忙しい人生になる」という彼の言葉は、実体験に基づく重みがあった。過労死しないか心配になってくる。
次に、第二の議題。『Word』と『魔力量』について。
これが最も興味深い。 父上は『Soil(土)』というWordを持っているがゆえに、子爵家という身分から王配に抜擢された。
(なるほど。この世界における「才能」は、努力で獲得するスキルではなく、出生時に付与される初期ステータス、あるいはギフトに近いものがあるということだな)
前世のソシャゲで言うところの「SSR確定ガチャ」みたいなものだ。 だが、その確率はわずか3%程度。 父上はその3%を引き当てたからこそ、王配という地位を得た。 逆に言えば、もし父上にWordがなければ、どれだけ誠実な人柄でも、女王の夫にはなれなかった可能性が高い。
冷徹な属性主義だ。 だが、嫌いじゃない。ルールが明確なゲームは、やりこみ甲斐がある。 魔力量という別軸の評価基準もあるようだし、Wordがなければ「無能」のレッテルを貼られて終わり、というわけでもなさそうだ。
そして、第三の議題。父上の警告。
『優しさだけじゃ、男はこの世界で食い物にされるだけだよ』
あの穏やかな父が放った、鋭利な刃物のような言葉。 あれこそが、この世界の真理なのだろう。
「家の宝」「奇跡の男児」。 耳触りの良い言葉で飾られてはいるが、要するに俺たち男は「希少な資源」なのだ。 守られているようでいて、その実は管理されている。油断すれば、俺の意思など関係なく、家の存続や政治的な取引のために消費されるだけの人生が待っている。
(お断りだ。どこぞの水柱ではないが「生殺与奪の権」を他人に握らせてはいけない)
俺は豪華なベビーベッドの中で、小さな手でギュッと握りしめた。
35歳の俺は、組織の歯車として働きながらも、常に自分の頭で考え、決定を下してきた。 たとえ肉体が赤ん坊になろうとも、そのスタンス(姿勢)を変えるつもりはない。 父上の言う通り、自分の身を守る術――武力であれ、知力であれ――を身につけることは、最優先事項だ。
一か月後に行われるという「祝福の儀」。 そこで俺のWordの有無と、魔力量が判明する。 それが俺にとっての最初の指標になるだろう。
もし俺が強力なWordを持っていれば、発言力と自由を得るための強力なカードになる。 逆に、もし俺が「無能」と判定されれば……その時は、前世で培った交渉術と、歴史から学んだ知識を総動員して、のし上がってやるまでだ。 Wordとは何か。親と同じ能力が遺伝するのか、それとも突然変異が起こるのか。 父の他にWordを持っているのは誰だ。調べるべきことは山積みだ。
(ふ、悪くない。ゼロからのスタートアップにしては、市場規模も支援リソースも十分だ)
不安がないと言えば嘘になる。 だが、それ以上に胸の奥が熱くなるのを感じた。 魔法だけではない。政治や軍事、 歴史オタクの妄想を具現化したようなこの世界で、俺がどこまでやれるか。
「あぅ……」
不意に、強烈な睡魔が俺の思考を中断させた。 いかん。赤ん坊の肉体は、CPUの処理能力に対してバッテリー容量が少なすぎる。
今は、寝よう。よく寝てよく成長することも重要な活動だ。 俺は新しい世界への好奇心を胸に、心地よい闇へと意識を委ねた。
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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、Sランク魔力と現代知識で国をガチ経営していたら、いつの間にかチート扱いの英雄になっていた件~ 五十六 @isoroku_516
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