執事とメイドの恋のあれこれ
御金 蒼
Ep.1 un couple de domestiques
(主人公視点)
「リオンー! どこー!」
幼い女の子の声が、薔薇の綺麗な庭先で元気良く響き渡る今日このごろ。
「……」
俺は木の後ろで真っ直ぐ立ち、隠れて黙りを決め込んでいる。
「どこー!?」
「……」
何故って? 隠れんぼだからだよ。
「……ぐすん」
「お嬢様、此方に降りますよ」
「わーい! 捕まえたのー!」
ふぐ……っ、みぞおちに強い衝撃。
お嬢様、最近タックル強くなりましたね。俺もうそろそろ受け止められないかも。
ローズレッドのふわふした頭を撫でる。
将来、傾国間違い無しの美人になるであろう我が家のお嬢様━━アストリア・ティルヴァイン様は、まだまだお外で遊ぶの大好きな5歳児だ。可愛い。
「では戻りましょうか」
「えっ」
「隠れんぼ終わったら、お部屋に戻るって約束しましたよね? この後、マナーのレッスンですよ?」
「……!」
おおぅ、すっかり忘れてましたって顔だー。優秀な家庭教師の皆さんのバックアップがある。このまま成長する事は無いだろうが、心配だなぁ。悪い子じゃ全く無いんだけど。
「お嬢様、リオン君」
鼓膜に、小鳥よりも鈴よりも綺麗な声が流れ込んできた。
顔を上げれば、そこに居るのは女神のように美しい人。
陽の光を浴びてまろく輝く真珠色の髪と白磁の肌。
首元までしっかりと慎ましやかに、且つ綺麗に着こなしているのは黒のメイド服。
ジェス・ローナンさん。
俺より四つ上の21歳という若さで、既にお屋敷のベテランの地位にいる。
「お嬢様、先生がお見えになる前に着替えましょう」
「ジェス! あ、あのね……もうちょっとだけ……」
もごもご、チラチラと。
まだ遊び足りないお嬢様の視線に、負けそうになる俺。
対して、ジェスさんは流石と言うべきか、代わりの案をすぐに出した。
「んー……では、お稽古を頑張って終えられましたら、クリフォード様とお茶をなさいませんか?」
クリフォード様は俺と同じ17歳で、何を隠そうお嬢様の兄。つまり当家の嫡男様である。
兄妹仲は良いのだが、クリフォード様は色々と多忙の身。一緒にお茶というのはレア案件だ。
お嬢様のクリクリした目が、それはもう嬉しそうに見開かれる。
「お兄様、今日はお出かけにならないの?」
「はい、一日お屋敷にいらっしゃる予定です」
ほほう、これは元々計画されてたな。
クリフォード様、めちゃくちゃ頑張ったね。
一昨日の夜中見かけた時『限界、無理寄りの無理。リアたん成分が足りない』とか、普段のクール貴公子キャラがブッ壊れてたもんな。
「良いのかしら? ご迷惑で無いかしら?」
「はい、甘〜いチョコレートのケーキをご用意いたします」
「……っ!!」
喜びの余り、お嬢様は口元を抑え、嬉しくて堪らないといった表情を浮かべる。
チョコレート、大好物だもんね。1週間前に虫歯こさえて甘い物厳禁だったもんね。
「では、参りましょうか」
「あ! ねぇジェス、手を繋いで。今日は手をつなぎたい気分なの」
「はい、良いですよ」
クスクスと笑いながら、彼女はお嬢様と手を繋いで俺の前から去っていく。
もうお分かりだろうが、ジェスさんはお嬢様付きのお世話係だ。
そして━━、
「今夜のご飯、期待してて」
「! ……うん」
通り過ぎる寸前、甘い微笑みと共に囁かれた言葉で、俄かに顔が熱くなる。
彼女は、実は俺の、その……恋人だったりする。
ゼレンディオ王国筆頭公爵家ティルヴァイン家。
俺━━リオン・ハートリーがそこで勤め始めたのは、12になったばかりの頃だ。
貴族とはいえ筆頭公爵の家。
仕えるメイドや執事も貴族家出身が多く、平民出の俺は浮いていた。
一応祖父が男爵だけれど、一代限りの爵位だからね。
髪こそ貴族に多い金髪だけど、目は唯の茶色だし。
俺なんて庶民ですよ分かってますよ! 雑草でーす!(自棄)
まぁ、俺はそもそも普通の使用人枠では無く、謂わゆる戦闘使用人枠で雇用されている。差別的な甘っちょろい奴は、ほぼ5日くらいで死ぬため、3年以上生きてる俺に舐めた事いう奴、今は居ないけどな。
でもあの頃はやっぱ、執事長が全員平等に接してくれる人じゃ無きゃ即行で辞めてたわ。
……いや、やっぱジェスさん居るから辞めなかった。
だって一目惚れしたから。平民故に嫌がらせされる俺を庇ってバケツ水掛かって、掛けた馬鹿を人睨みで追っ払った直後に「今日は冷えますからね、貴方が濡れなくて良かった」って、頭撫でてくれたんだぞ。
カッコいい、優しい、惚れちゃう!
女神やんけ! 妖精やんけ! 天使やんけぇえええ!
て、なる人ー? はーい!
さて、自問自答終了。
俺はティルヴァイン家の敷地内にある使用人専用の寮に戻った。
此処は女子寮と、男だけや夫婦なんかで仕えている人間の寮の二つに分かれている。
だから、部屋の鍵を開けて、愛おしい人がエプロン姿でスープを煮詰める後ろ姿が見えても、何らおかしな事では無いのだ。
「ただいま」
ジェスさんの背は俺より低い。俺の身長は188センチ、ジェスさんは152センチ。コンパクト、可愛い、好き。
だから背後から、ぎゅっと抱きしめてみた。
見知らぬ男だったら犯罪である。でもセーフ! だって俺たちは付き合ってるから!
「ひゃっ!」
『ひゃっ』って、『ひゃっ』だって! 可愛いよー!
「んもう、料理中は危ないですよ」
困った人を見る目だけれど、嫌がっては無いな。
うん、てか嫌がられてたら泣いて死んでた。
「ごめんね、流石に午後に3回の襲撃だったからさぁ」
「そうでしたね……お帰りなさい。そしてお疲れ様です」
肩に顔を埋めてぐりぐりしてたら、火を止めたジェスさんの白い手がぽんぽんしてくれる。
本当、流石筆頭公爵家だよ。敵まみれ。
お嬢様がマナーレッスン中に一回。クリフォード様とのお茶会中に1回。そして定時で上がれるぜって思った矢先最後の1回。定時寸前はね、マジで殺意湧き過ぎる。死んでも定時で上がりたいから超張り切っちゃうよね!
「じゃあジェスさん、癒して」
「ふふ、ではまずご飯を食べましょうね」
ありゃ、自分で言うのも何だけど結構色気漂うイケメンな笑みを浮かべたはずなのにな? 案外普通な表情だ。
ジャガイモの大きいポトフとサーモンのパスタ、有難うございます。
ジェスさんの用意してくれた物なら水道水一杯でも狂喜乱舞出来るよ俺。
「デザートにアイスを用意しているんですけど」
「食べます」
完璧が過ぎる!
ガラスの器に入った丸いアイスと小さなスプーンを持つジェスさん。密かに心の中で信仰しちゃいますが、よろしいですよね!?
あれ? ジェスさん何故隣に?
「はい、あーん」
「待って、もしかして俺もう死んでる? ジェスさんはお迎えの天使様だった?」
アイスを掬った小さな銀スプーンが神々しい。いや、神々しいのはジェスさんか。
ハハハ、そっか3回の襲撃のどっかで死んじゃってたのか俺〜。
「ちゃんと生きてますよ」
ふわりと、微笑みが……浄化されるわぁ。
「『癒して』って、リオン君が言ったんですよ?」
「そだね……」
「お風呂も一緒に入りましょうね」
体が思わず固まった。
なんか凄い事言われた気がする。
おふろ……お風呂? へ??
良インデスカ?
「リオン君の髪触るの、私好きなんです」
オ誘イデスカ??
だがしかし、現実とはそこまでピンクにならない物でして……。
「痒い所は無いですか〜?」
「ありません……グスン」
彼女はしっかり服を着たまま、エプロンと手袋で洗ってくれたよ。
うわーん! 違ぇえええ! これ介護!!
いやね、勝手に期待しちゃった俺がアホだったのは重々承知なのよ。
でもね、正直言います。勃ちました。
ジェスさんが風呂に入っている間、俺は自室のベッドで泣く泣く横になっている。
流石に今アレするのは人としてどうかと思うんだよ。
一応、俺とジェスさんは既に一線を超えている。けれども、そういう事をするのは翌日が互いに休みの日って、俺が勝手に決めている。だってジェスさんには無理させたくない。
俺は明日休みだけど、ジェスさん仕事だからな……。
早く寝よ。
お休み3秒、こう見えて得意よ。
「リオン君……」
ふわ……?
うとうと目を開ける。
……と、視界いっぱいにジェスさんの綺麗で可愛過ぎる顔があった。
「リオン君。可愛い、大好き」
甘い声。橙のランプに照らされて見える赤い頬。
そして俺の顔中にキスの雨が降る。
あー、オーケー……これ夢だ〜。
「今日は、いっぱい癒されて下さい。でも、私の事も癒して下さいね?」
あれ? ジェスさん上に乗ってるって言うか……夢じゃ無いな!
主導権握られてますね!?
「ジェスさん?」
「んふふ〜、リオン君リオン君好きです」
何だこの可愛い生き物?
あ、俺の女だわ。
狼スイッチ入りますわぁ。
「あー、……ったく……明日ジェスさん仕事だから、そのつもりじゃ無かったのに」
「あら……ひょわ!?」
ひっくり返して形成逆転。
パチパチと瞬きを繰り返すジェスさんを見下ろして、俺は両手を合わせた。
「めっちゃ甘やかします。頂きます」
次の更新予定
執事とメイドの恋のあれこれ 御金 蒼 @momoka0729
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