第2話 パーティー結成
「ん。合わせて三万リル……確かに受け取った」
「金は払ったぞ! 早く肉をくれ!」
「どうぞ」
肉の入った袋を差し出すと、男は目を血走らせて引っ手繰った。
中身を確認した瞬間、薄汚い路地裏に歓喜の絶叫が木霊する。いや、あの、大きな声を出すのはやめていただけません? 一応これ、お
「近所迷惑。静かにすべき」
「あ、すまねえ……久しぶりの謎肉が嬉しくてな……」
「それはよかった」
辺りは死んだように静まり返っている。貧民街の中でも辺境に位置する区画で、空気はどんよりと澱んでいた。聞いた話によれば、この辺りでは死体遺棄だの殺人事件だのが頻繁に起こるらしい。
だからこそ闇取引にはもってこいなのだ。
ちなみに私は狐のお面で正体を隠している。喋り方も工夫していて、体言止めと終止形を多用する特殊な話法だ。アニメや漫画で大人しいタイプのキャラがよく使っているけれど、あれ正確には何ていう名前だろう?
「しかし、これって何の肉なんだ?」
お得意さんが涎を垂らしながら聞いてくる。拭いてください。
「秘密」
「教えてくれよお! 豚や牛じゃねえ……鳥でもねえ……羊か? いやでも羊ってこんな感じじゃなかったような……」
「企業秘密。詮索はしない」
「まさか、モンスターの肉か?」
あ、やばい。バレちゃったかも。お面の下を一筋の汗が伝っていった。しかし男は、すぐにかぶりを振って否定する。
「んなわけねえか。モンスターの肉なんか食ったら死んじまうだろうしな」
「……そうなの?」
「知らねえのか? まあ、お前は探索者って感じじゃねえからな」
「教えて」
「迷宮にはうじゃうじゃモンスターがいるが、こいつを捕まえて食うと大変なことになるんだ。手足の先からだんだん真っ黒に染まって、消し炭みたいになって死んじまうんだよ。俺はそういうやつを何人か見たぜ。迷宮で遭難して、食うものに困って禁断の肉を口にするんだ。いやあ、あれはグロくて見れたもんじゃねえな」
驚愕の新事実だった。
え、じゃあ私も消し炭になって死んじゃうの?
でも密猟を始めてからそろそろ半年くらい経つ。死ぬどころか、むしろめちゃくちゃ健康になってるんだけど。身体能力がめきめき向上してるし。
「ま、そんな話はどうでもいいな。俺はこの肉が食えればそれでいいんだ」
「大丈夫? 体調変化ない?」
「ん? これはモンスターの肉じゃないんだろ? 仮にそうなら、俺は食った瞬間に死んじまってらあ」
男は笑いながら宵闇に消えていった。
路地裏にぽつんと取り残されたまま、私は思考を巡らせる。
モンスターの肉を食べることが禁じられているのは、食べると黒くなって死んじゃうからだったのか。
「うーん……」
もしかしたら、私には特殊な力があるのだろうか?
神様が与えてた加護的な。あるいは魔法だろうか。よく分からないけれど、たぶんモンスター肉の毒素を無効化する能力が備わっているのだ。
だってそうじゃなければ、私やルルカが無事でいられる説明がつかない。まあ後で検証してみる必要がある。
「じゃあ、食べ続けてOKってことだよね」
よかったあ。モンスター肉が食べられなくなったら、頭がおかしくなって奇声をあげているかもしれない。あんなに美味しいお肉、他じゃ味わえないもん。
それに、密売も続けてOKってことだ。さすがに売りつけた人が死んじゃったら気分が悪いもんね。せっかく買ってくれた相手には、せめていい気分を味わってほしい。あのお肉、食べると頭がふわふわして幸せになれるから。
「よーし! 明日も密猟、頑張ろっと」
* * * * *
迷宮に潜るためには依頼を受けなければならない。
何の用もナシに立ち入ることは許されないのだ。
だから私は、探索庁と呼ばれる建物に足を運んでいた。
ここはファンタジー世界の冒険者ギルドのようなものだ。様々な依頼書が掲示板に貼りつけられるので、探索者はそれを選んで引き受けるという形式である。
私はFランクなので、受けられる依頼にもかなりの制限がある。第一階層で薬草を採取したり、ゴブリン的な雑魚モンスターを討伐したりする程度のものだ。
だけど正直、依頼内容については何でもいい。私の目的はあくまでモンスターの肉なので、迷宮に合法的に入れるならば薬草摘みでも何でも喜んでやろう。
「ちょうどよさそうな依頼は――ん?」
依頼書で埋め尽くされた掲示板を眺めていると、インクか何かで真っ赤に縁どりされた一枚を発見する。依頼主が目立つように塗ったのだろうか。探索庁の掲示板は地獄のようにごちゃごちゃしているので、気持ちは分からないでもないけれど。
「ねえ、その依頼が気になるの?」
振り返ると、赤いポニーテールを揺らしている少女がいた。彼女も探索者なのか、動きやすそうな軽装をしている。腰にはロングソードをぶら下げていた。
誰だっけ?
困惑していると、彼女は頼んでもいないのに説明してくれる。
「それ、警備隊が出してる依頼よ」
「警備隊?」
「縁が赤く塗られてるでしょ?」
つまり公的機関による探索者への依頼ということか。
「何でそんなことするの?」
「そりゃ、警備隊だけだと対処しきれない仕事だからじゃない? 見てよほら、謎肉の密売人を調査してるんだって」
私は目を凝らして依頼書を見つめた。位置が高いので身長百五十センチ程度の私には見えにくかったけれど、確かにこんなことが書かれている。
依頼内容:謎肉の密売人
近頃、アリスベル南東区画で謎肉の密売が横行している。食べると精神に異常をきたし、中毒のようにその肉ばかりを求めるようになる。違法行為の可能性が高いため、密売人の調査・捕獲をお願いしたい。密売人は狐を
推奨ランク:不問
報酬:成果によって変動(一万~数十万ネルを想定)
「……へー。すごいね」
「世の中にはろくでもない人間がいるものね。本当に呆れちゃうわ」
「そうだね」
やばいやばいやばい。
私の悪事が警備隊に察知されていたらしい。お客様のうちの誰かが漏らしたのかもしれない。お面で正体を隠しているから大丈夫だとは思うけれど、今後は用心したほうがいいかも。
「どうしたの? 顔色悪くない?」
「そんなことないよ」
「ま、あれは進んでやるような依頼じゃないわ。あなたに相応しいのはもっと別のよ」
それにしても、この子はいったい何者なんだろう? 昔の知り合いというわけでもないみたいだし、もしかして詐欺師か何か?
私の疑問を察したのか、女の子はポニーテールを揺らして笑った。
「あ、ごめんね。私はポーラ・フレンテル。駆け出しのFランク探索者よ。よかったら、あなたの名前を教えてくれるかしら?」
「えーと。私はヤミカ・パクリーン。同じくFランクだよ」
「ヤミカね。よろしく」
右手を差し出されたので、反射的に握り返してしまった。
すべすべで柔らかい手だった。人間を食べる趣味はないけれど、フライにしたら美味しそうな手だ。
ポーラはにっこりと笑みを浮かべて言った。
「ねえ、私とパーティーを組まない?」
「パーティー?」
「探索者ってさ、荒っぽい男の人ばっかりでしょ? 私と同じくらいの女の子が全然いなくて、よかったら一緒に迷宮に潜ってくれないかなーって……」
なるほどね。確かに探索者は筋肉だるまのような荒くればかりだ。そんなやつらの仲間になろうとするのは、猛獣の檻に自ら飛び込むようなものだろう。
「うーむ……」
ポーラの気持ちは理解できなくもない。
だけど、この子と一緒に行動したらモンスターを密猟できなくなる。それだけは避けたかった。申し訳ないけれど、お断りするしかなさそうだ。
「ごめん。私はソロで活動する予定なの」
「どうしても駄目?」
「ちょっと駄目寄りかなあ」
「でも迷宮って危険だよ? 一人だと緊急事態の時とか危ないし……」
けっこう食い下がってくるね? 私としては断固拒否……なんだけど、だんだん良心の呵責に耐えられなくなってきた。ここまで懇願されているのに、無慈悲にNOを突きつけ続けるのは善良なる探索者としてどうなのか。
「……ポーラはどうしてもソロじゃ嫌なの?」
「うん。最近、迷宮のモンスターが活発化してるって言うじゃない? 一人で挑んで何かあったら危険だし、一緒に探索してくれる人がいたら安心だなって……」
「うー」
「お願い! 私、どうしても立派な探索者になりたいの!」
ポニーテールを振り回し、九十度のお辞儀をかましてきた。
私はしばらく口籠もってしまった。お願いを聞いてあげたいのは山々だけれど、モンスターを密猟してるのがバレるわけにもいかないし。バレたらこの子を始末しなくちゃいけないし。
だけどその瞬間、とある考えが降ってきた。
仮に密猟者の存在が露見した場合――それも私個人が特定されたわけではなく、「狐面を被った何者かがモンスターを密猟している」という曖昧な噂が立った場合、真っ先に疑われるのは、擁護してくれる者がいないソロの探索者なんじゃないだろうか?
パーティーを組んでいる仲間がいれば、そうした展開は防げそうな気がする。
これは検討の余地があるかもしれないね。
「分かったよ」
どのみち、強く頼まれたら断れない典型的な日本人の私に選択肢はない。
私はポーラのほうに向き直って言った。
「お試しで一緒に潜ってみよう」
次の更新予定
食い尽くし系の迷宮探索 小林湖底 @xiaolinhudi
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