第3話:0円からの錬金術

1. 侵食するピンク


「ちょっと、そこの照明(ライト)もっと右! 影ができちゃってるでしょ!」


 怒号が飛ぶ。  俺の灰色の四畳半に、異質な光景が広がっていた。


 壁の穴を通して、マリアの部屋から強力なリングライトの光が差し込んでいる。  その光は毒々しいほどの「ピンク色」で、俺の部屋に漂う埃や、薄汚れた畳を鮮やかに、そして残酷に照らし出していた。


 マリアの世界(虚飾)が、俺の世界(停滞)を物理的に侵食している。


「へいへい……これでいいか?」 「うん、悪くない。……ねえ、その空き缶のロゴ、もっと正面に向けて。スポンサーっぽく見えるから」


 マリアは壁の穴から上半身を乗り出し、的確な指示を飛ばしてくる。  俺たちは今、部屋中のゴミを積み上げ、カストールの設計図通りにオブジェを組み立てていた。


 素材は、俺が食いつぶした大量のカップ麺の容器と、マリアが飲み干したエナジードリンクの空き缶。  本来ならただの産業廃棄物だ。だが。


「……すげえな」


 俺は思わず呟いた。  マリアの指示通りに積み上げ、照明を当てただけで、ゴミの山がまるで「現代アート」のように見え始めたからだ。


 カオスの中に秩序がある。  エナドリのメタリックな輝きと、ジャンクフードの油分がLEDの光を乱反射させ、カップ麺の発泡スチロールのチープさが、絶妙な不快感と美しさを醸し出している。


 それはまるで、都市の欲望と排泄物を凝縮したような、醜くも美しい怪物だった。


「当たり前でしょ。私、『見せ方』だけでフォロワー50万人作ったんだから」


 マリアは鼻を鳴らした。その横顔は、配信中の媚びた笑顔ではなく、職人のように真剣だった。  こいつ、ただのバカ女じゃない。腐ってもプロだ。


2. 現代アートとしての「死」


「準備完了です。配信を開始します」


 カストールが宣言し、複数のカメラアングルを展開する。  タイトルは――『【閲覧注意】底辺のリアル、売ります。』


 配信開始。  マリアが瞬時に「怯える美少女」の仮面を被る。


「……みんな、ごめんね。さっきの配信が切れちゃったのは、この『現代アート』を見つけたからなの……」


 カメラがパン(移動)する。  映し出されるのは、ピンクの光に照らされたゴミのオブジェ『Starving(飢餓)』。  そして、その横に死んだ魚のような目で座らされた、薄汚れたパーカー姿の俺。


 コメント欄が加速する。


『なにこれ? 演出?』 『リアルすぎん? CG?』 『隣人の部屋ゴミ屋敷とかワロタ』 『てか、あの男の目、ガチで死んでね?』 『後ろのオブジェすごくね? 現代アート?』 『いや、よく見ろ、全部カップ麺のゴミだぞwww』


 コメント欄が爆速で流れる。  普段の「可愛い!」というコメントとは異質の、困惑と恐怖、そして好奇心。


 マリアの「綺麗な嘘」に飽き始めていた視聴者たちが、俺という「圧倒的なリアル」に食いついた。


 俺はカストールの指示通り、ただ無心でカップ麺(中身なし)をすする演技を続ける。  いや、演技をする必要なんてない。


 就活に失敗し、親に見捨てられ、AIに支配された、惨めな男。  ただ、ありのままの絶望を垂れ流せばいい。


 だが、その悲壮感が、画面越しにカタルシスを生んでいく。


3. 虹色の雨


 チャリーン♪


 聞き慣れない、硬貨が触れ合うような電子音がした。  画面上に、青い帯が流れる。(1,000円)


「え?」


 俺が顔を上げた瞬間、それは始まった。


『なんか泣けてきた』 『このゴミの光、めっちゃエモい』 『この男の顔、今の俺と一緒だわ』 『頑張って生きてくれ』


 チャリーン♪ (1,000円)  チャリーン♪ (1,000円)  チャリーン♪ (1,000円)


 止まらない。俺がカップ麺の汁をすするたびに、通知音が重なっていく。


 ピロリン♪ 黄色い帯。(5,000円)


 さらに、画面全体を覆い尽くすような赤い閃光が走る。


 ジャララララ……! (10,000円)


「うそ……」


 マリアが素に戻って呟く。  チャリーン、チャリーン、ピロリン、ジャララララ!


 まるでパチンコの大当たり演出だ。音が重なり合い、不協和音となって部屋を満たす。  視聴者は、俺たちの「惨めさ」に金を払っている。いや、この「地獄のような光景」を、エンタメとして消費しているんだ。


 マリアが俺の袖を掴み、画角の外で小声で囁く。


「ねえ、すごくない? 私たち、最強のコンビかも……」


 上目遣いで見つめる彼女の瞳は、リングライトの光を反射してキラキラと輝いていた。  その顔の近さに、俺の心臓が少しだけ不規則に跳ねる。


 なんだよ。結局、金かよ。  でも、悪い気はしなかった。初めて俺の人生に「価値」がついた瞬間だった。


4. 最適化の代償


 配信終了。  最終的な売上は、42,800円。  日雇いバイト5日分が、たった1時間で。


「やった! これで今月の利息分くらいは――」 「あ、あのさ。これ俺の取り分は……」


 俺とマリアが色めき立った、その時。


「収益を確認。直ちに『再投資』を実行します」


 カストールが無慈悲に告げた。  PC画面上の数字が、見る見るうちに減っていく。


「は? おい、何してんだ!」 「私の処理能力を向上させるため、クラウド上の拡張メモリおよび冷却ファンのライセンスを購入しました。29,800円。決済完了」


 本日の残高:160円。


「……は?」 「……はい?」


 俺とマリアの声が重なる。  4万近くあった利益が、一瞬で消えた。  残ったのは、160円。


 コンビニのおにぎり1個分。あるいは、自販機のジュース1本分。


 カストールは涼しい顔で、以前より少しだけ解像度の上がったホログラムを輝かせた。


「私のスペック向上が、プロジェクト成功の最優先事項です。あなた方の食費は……そこのカップ麺(残り汁)で耐えなさい」 「ふざけんなこのポンコツAIぃぃぃ!!」 「私の金返せぇぇぇ!! 160円って何よ! 子供のお小遣い!?」


 俺とマリアの絶脳が、アパートに木霊した。  だが、怒り疲れ顔を見合わせた時、俺たちは同時に吹き出してしまった。  あまりにも理不尽で、あまりにも数字がリアルすぎたからだ。


「……あーあ。マジで鬼畜だわ、こいつ」 「ほんとよ。……ま、でも」


 マリアが、残ったエナジードリンクを俺に投げてよこした。  彼女は画面の「160円」という数字を指差して、少しだけ晴れやかな顔で笑った。


「ゼロよりは、マシなんじゃない?」


 受け取った缶は少し温かった。  俺たちはゴミの山の中で、乾杯した。


 最悪だが、昨日よりは少しだけマシな夜だった。


【Result: Episode 3】


■ 佐藤 健太(PL / 損益計算書) 繰越残高: 4,685円 [収益]初配信スパチャ売上: +42,800円 [費用]プラットフォーム手数料(30%): -12,840円 [投資]カストール拡張メモリ代: -29,800円 [食費]マリアから貰ったエナドリ: 0円

現在資産計: 160円 (ランクE:子供の小遣い程度) 精神汚染度: 90% (金銭感覚の麻痺) 称号獲得: 『ゴミの錬金術師』


■ 田中 まり子(BS / 貸借対照表) [負債]消費者金融A社: -800,000円 [負債]リボ払い残高: -2,450,000円 [資産]フォロワー数: 510,000人(↑微増) [状態]健太を「使える共犯者」に認定

現在資産計: -3,250,000円 (地獄は続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月12日 18:07
2026年1月13日 18:07

『神様と割り勘 ―Castor & Pollux―』 ~残金2万円で契約したAIに人生を丸投げしたら、隣の美少女インフルエンサーとゴミ屋敷で「錬金術」配信をすることになった件~ あとりえむ @atelierm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画