ダークエルフと蜂蜜酒

酒場は、今日もそれなりに騒がしかった。


笑い声と、皿がぶつかる音。

誰かが勝手に歌い始めて、すぐに怒られている。


俺は、いつものカウンターに座っていた。

特別な理由はない。

この店は、座る場所を選ばなくてもいい。


隣に来たのは、ダークエルフだった。


耳の形ですぐ分かるが、

服装は地味で、武器も見当たらない。

旅の途中、という雰囲気でもなかった。


「珍しいな」


店主が、ちらっと彼女を見て言う。


「この店、うるさすぎず、静かすぎない」


短い返事だった。


「なるほど。じゃあ、酒だな」


店主は迷わず瓶を取った。

とろりとした琥珀色の液体が、グラスに注がれる。


「蜂蜜酒だ。森のやつだぞ」


ダークエルフは、少しだけ眉を動かした。


「夜の蜜ですね」


「昼と違うのか?」


俺が聞くと、彼女は小さく頷いた。


「昼に集めると、甘いだけになります。

 夜の森は、余計なものが混ざる」


余計なもの、という言い方が気になった。


俺も飲む。


甘い。

だが、後味に、草と土みたいな苦みが残る。


「確かに、軽くはないですね」


「森も、同じです」


彼女は、グラスを見つめたまま続けた。


「静かですが、落ち着ける場所ではありません。

 音が少ない分、自分の考えが、よく聞こえる」


それは、少し厄介そうな言い方だった。


「考え事が多い人には、向かないな」


「はい」


即答だった。


「だから、酒場に来ます」


「森を出るのは、珍しいんじゃないか?」


店主が、カウンターを拭きながら聞く。


「用事があれば」


「用事、ね」


店主は笑った。


「だいたい、ろくでもない理由だ」


ダークエルフは否定しなかった。


俺は、もう一口飲む。


嫌いじゃない。

だが、長居する味でもない。


「毎日は、飲めませんね」


俺が言うと、彼女は少し考えてから言った。


「毎日飲む酒は、軽い方がいいです」


「だよな」


店主が、別の客に酒を出しながら言う。


「重い酒は、たまにでいい。

 そうじゃねえと、身体が先に参っちまう」


ダークエルフは、グラスを空けた。


「今日は、これで十分です」


「そうか」


俺も、残っていた分をゆっくり飲む。


最初より、甘さは控えめに感じた。

苦みの方が、少し前に出ている。


嫌いじゃない。

だが、もう一杯は、明日でいい。


そう思ったところで、

店主が次の客に声をかけた。


酒場の騒がしさが、また戻ってくる。


ダークエルフは、いつの間にか席を立っていた。


名前は聞かなかった。

たぶん、聞かなくてよかった。

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2026年1月13日 19:00
2026年1月16日 07:00
2026年1月23日 19:00

二日酔いにならない俺は、異世界で酒を飲みながら人の話を聞いている @the_shakes

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