二日酔いにならない俺は、異世界で酒を飲みながら人の話を聞いている
@the_shakes
二日酔いにならない男
目を覚ましたとき、俺は床に寝ていた。
硬くも柔らかくもない。畳でもなければコンクリートでもない。強いて言うなら、会社の会議室のカーペットに近い感触だった。だが、天井がない。代わりに、白とも灰色ともつかない空間が、どこまでも広がっている。
「……ここ、どこだ」
声はちゃんと出た。喉も痛くない。
二日酔いの朝特有の、頭の奥を締め付ける感じもない。
その時、正面に人が現れた。
いつからそこにいたのか分からない。気配もしなかった。
黒いローブを着た、年齢不詳の男。顔はあるのに、印象が薄い。会社の別部署にいそうで、名前は思い出せないタイプだ。
「あなたは亡くなりました」
男は、いきなりそう言った。
「え?」
「正確には、階段から転落し、即死です」
「……え?」
昨夜の記憶が、ゆっくり戻ってくる。
仕事が長引いたこと。
終電を逃しそうになったこと。
いつもより酒を飲んだこと。
駅の階段で、足を踏み外したこと。
「マジか……」
「はい」
男は淡々とうなずいた。
「ここは次元の狭間です。私は次元の番人。これからあなたを異世界へ転生させます」
「異世界……?」
「剣と魔法の世界です。勇者や魔王が存在します」
聞いたことはある。
アニメや漫画で何度も見た設定だ。
「……チート能力とか、もらえたり?」
自分でも驚くほど、冷静にそう聞いていた。
番人は少しだけ間を置いた。
「もちろんです。慣例ですので」
やっぱりか、と思った。
この手の話はテンプレが大事だ。
「では、あなたの能力ですが」
番人は手元の書類に目を落とした。
会社の稟議書を見るときと同じ顔だった。
「……」
「……」
沈黙が長い。
「何か、すごいやつですか?」
「いえ」
即答だった。
「あなたの能力は――
どれだけ酒を飲んでも、二日酔いになりません」
「…………は?」
「肝機能が常に最適化されます」
「いや、それ、戦えます?」
「戦闘能力には一切影響しません」
「魔法は?」
「使えません」
「ステータス補正は?」
「ありません」
俺は、しばらく黙った。
「……それ、俺が前世で一番欲しかった能力ではありますけど」
「そうですね」
番人はうなずいた。
「では、転生します。頑張ってください」
「ちょっと待ってください。もう少し説明とか――」
視界が白く弾けた。
⸻
次に目を覚ましたとき、俺は木造の建物の中にいた。
酒の匂いがする。
カウンターの向こうで、髭の店主が俺を見ていた。
「お、目ぇ覚めたか」
「……ここ、酒場?」
「そうだ。昨日、潰れてたぞ」
「俺、酒飲んでたんですか」
「樽一本分くらいな」
「……マジで?」
頭を押さえる。
だが、やはり痛くない。
「二日酔い、ない……」
店主が笑った。
「変な奴だな。普通、死にそうな顔して起きるもんだが」
俺は、カウンターに突っ伏した。
異世界に来た。
チート能力は、二日酔いにならないだけ。
世界を救う予定もない。
「……とりあえず、迎え酒もらえます?」
店主は一瞬きょとんとしたあと、豪快に笑った。
「気に入った。奢ってやる」
グラスが置かれる。
俺はそれを手に取った。
(ああ……この能力、異世界でも役に立たねえな)
そう思いながら、一口飲んだ。
やっぱり、うまかった。
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