第7話 俺は目立ちたくない。S級パーティとのコラボなんて、自殺行為です

 凛の視線は絶対零度。

 まりあの視線は疑心暗鬼。

 二人の視線が交差する真ん中で、俺は胃がキリキリと痛むのを感じていた。


 このまま放置すれば、屋上が戦場になりかねない。


「二人とも、落ち着いてください」


 俺は意を決して、二人の間に割って入った。

 まずは凛の方を向く。


「神崎さん。彼女はただの知人です。敵じゃありません」


「……しかし、あなたの業務の遂行に支障をきたす恐れがあります」


「昼休憩は業務時間外でしょう。それに、ここで騒ぎになったら、それこそ目立ってしまいます」


 凛がピクリと眉を動かした。

 目立つという言葉は、監視役としても避けたい事態なのだろう。彼女は小さく息を吐き、一歩下がった。


「……承知しました。マネージャーとして、タレントの交友関係にまで口を挟むのは控えます」


 よし、一人は引いた。

 次はまりあだ。


「まりあさんも。彼女は本当にマネージャーなんです。ちょっと過保護というか、真面目すぎるだけで」


「えー? ほんとにぃ?」


 まりあはまだ疑り深そうな目で凛を見ている。


「本当です。昨日、いろいろあって契約したんです。だから、怪しい人じゃありません」


「ふーん……ま、透くんがそう言うなら、信じてあげるけど」


 まりあが腕を組み、凛に向かってフンと鼻を鳴らした。

 凛も無表情でそれを流す。

 空気は最悪だが、とりあえず戦闘開始は回避できたようだ。


「で、お願いって何ですか?」


 俺は話題を戻すことにした。

 これ以上、この空気に耐えられない。


 まりあは「あ、そうだった!」と思い出したように手を叩き、少しだけ声を潜めた。


「あのね、これまだ公式発表前なんだけど……」


 彼女は周囲を警戒するように見回してから、俺に顔を近づけた。


「来週、ダンストリームの公式イベントで、大規模なコラボ配信があるの」


「コラボ?」


「うん。『トップランカーと新星の共演』っていう企画。S級パーティと、今話題の注目の配信者がペアを組んで、Aランクダンジョンを攻略するっていうやつ」


 嫌な予感がした。

 S級パーティ。注目の配信者。


「でね、その『注目の配信者』枠に、アタシと……透くんが選ばれたの」

「は?」

「運営からオファー来てるはずだよ? まだ見てない?」


 俺は慌ててスマホを取り出した。

 メールボックスを開く。

 未読メールが千件以上溜まっている中に、確かにあった。


 件名:【重要】公式イベント出演依頼について


「……マジか」


 頭が痛くなってきた。

 断りたい。全力で断りたい。


「で、ここからが本題なんだけど」


 まりあの表情が曇った。

 彼女はチラリと凛の方を見て、それから意を決したように言った。


「アタシたちのパートナーになるS級パーティが……『蒼穹の剣』なの」


 ドクン。


 心臓が、大きく跳ねた。


 『蒼穹の剣』。


 九条蓮が率いる、日本最強の冒険者パーティ。

 そして――俺がかつて所属し、そして追放された場所。


「……それが、どうしたんですか」


 声を絞り出す。

 平静を装えているだろうか。顔に出ていないだろうか。


 まりあは、俺の動揺には気づいていないようだった。

 彼女は俯き、弱々しい声で言った。


「アタシ……あの人たちが苦手なの」


「苦手?」


「うん。九条さんは王子様キャラで通ってるけど、裏の噂がヤバくて……。それに、アタシみたいなギャル系の配信者、見下してる感じがすごいの。『客寄せパンダ』扱いしてくるっていうか」


 容易に想像できた。

 あいつらは、そういう奴らだ。

 実力至上主義。名声至上主義。

 自分たちのステータスにならない人間は、平気で切り捨てる。


「今回のコラボも、向こうから指名してきたらしいの。『話題の底辺たちを使ってやる』みたいな感じで」


 まりあが唇を噛んだ。


「悔しいけど、断れない。公式イベントだし、事務所の方針もあるし。でも、一人じゃ不安で……だから」


 彼女が俺の腕を掴んだ。

 その手は、小刻みに震えていた。


「お願い、透くん。一緒に受けてくれない? 透くんがいれば、アタシ頑張れる気がするの」


「……」


 俺は言葉を失った。

 まりあの目には、涙が浮かんでいた。

 いつも明るい彼女が、本気で怯えている。


 断るべきだ。

 あいつらには関わりたくない。

 顔を合わせれば、絶対に平穏ではいられない。

 俺の過去がバレるかもしれない。


 けれど。


 目の前で、震えている女の子がいる。

 助けを求めている。


「……」


 ふと、視線を感じた。

 凛だ。

 彼女は無表情のまま、俺を見ていた。

 だが、その目は観察しているようだった。俺がどう判断するのかを。


「……少し考えさせてください」


 それが精一杯だった。


「う、うん……ごめんね、急に。でも、できれば今日中に返事しなきゃいけなくて」

「わかりました。夕方までには」

「ありがと。待ってるね」


 まりあは少しだけ安心して、屋上を出て行った。

 ドアが閉まる音が、重く響いた。


 残されたのは俺と凛。

 そして、重苦しい沈黙。


「知り合いですか?」


 先に口を開いたのは、凛だった。

 彼女はタブレットを取り出し、何かを表示させた。


「『蒼穹の剣』。リーダーの九条蓮をはじめ、メンバー全員がS級ライセンス保持者。人気、実力ともに国内トップ。ですが、黒い噂も絶えません」


 凛が眼鏡の位置を直した。


「彼らとあなたの過去について、特務課のデータベースには……あぁいいや。それは置いておいて。先ほどのあなたの反応……無関係ではなさそうですね」


 鋭い。

 この女、本当に目がいい。


「……昔の話ですよ」


「話してはいただけませんか? 今後の警護方針に関わります」


「話したところで、意味はありませんよ」


 俺は立ち上がった。

 フェンス越しに、東京の空を見上げる。

 蒼穹。

 皮肉なほどに青い空だ。


「断るつもりですか?」


「……その方がいいでしょう。俺は目立ちたくない。S級パーティとのコラボなんて、自殺行為です」


「ですが、断れば天海まりあさんは孤立します。彼女の性格上、強行して参加するでしょう。その結果、何が起きるか……」


「……」


 わかっている。

 あいつらは、まりあを道具として利用するだろう。

 視聴率稼ぎのために危険な役割を押し付けたり、あるいは笑い者にしたり。

 最悪の場合、事故に見せかけて……いや、そこまではしないか。配信だ。


 でも、精神的に追い詰めることくらいは平気でやる。


 俺は拳を握りしめた。


 ──逃げるのか。


 助けを求める者を見捨てて、逃げるのか。


 それは俺が……もっとも忌み嫌う行為──


「神崎さん」


「はい」


「もし俺がこれを受けたら、特務課はどう動きますか」


「私はあなたのマネージャーです。あなたが表舞台に出るなら、それをサポートし、リスクを管理するのが仕事です」


 凛が淡々と言った。


「それに、個人的な見解ですが」


「え?」


「売られた喧嘩は買う主義ですので」


 彼女の口元が、微かに歪んだ。

 それは冷酷で、しかし頼もしい笑みだった。


「『蒼穹の剣』。彼らが不正を行っているという情報は、特務課も掴んでいます。あなたが内部に入り込んでくれるなら、内偵のチャンスでもあります」


「……俺をスパイ扱いですか」


「Win-Winの関係と言ってください」


 俺は大きく息を吐いた。

 腹を括るときが来たのかもしれない。


 ずっと背けてきた過去。

 清算するなら、今しかないのかもしれない。


 スマホを取り出す。

 まりあのアドレスを表示させる。


 返信画面に、俺は短いメッセージを打ち込んだ。


 『やるよ。一緒に』


 送信ボタンを押す。


 これで、もう後戻りはできない。



 ♢   ♢   ♢



 一週間後。


 俺たちは、Aランクダンジョン「東京第三」の入り口に立っていた。


 俺は、カバンから黒縁の眼鏡を取り出してかけた。

 ただの伊達眼鏡ではない。

 ダンジョン産のアーティファクト『認識阻害の眼鏡』だ。

 これをかけていると、他者からの認識が希薄になり、「どこにでもいるモブ」として処理される。


 テレビカメラ。

 ドローンの群れ。

 大勢のスタッフと、野次馬たち。


 そして、その中心に彼らはいた。


 煌びやかな銀の鎧。

 整った顔立ち。

 自信に満ち溢れた笑顔。


 九条蓮。

 そして、『蒼穹の剣』のメンバーたち。


「やあ、君たちが今回のゲストかな?」


 蓮が爽やかな笑顔で近づいてきた。

 その背後には、魔法使いの女、タンクの大男、ヒーラーの少女。

 全員、十年前の俺の仲間だ。


 まりあが、俺の背中に隠れるようにして身を縮込める。


「はじめまして。透明人間です」

「まりりんです……」


 俺たちは挨拶をした。

 蓮の視線が、俺を通り過ぎる。

 眼鏡の効果だ。彼は俺の顔を見ても、個体として認識できていない。「そこらへんの一般人A」程度にしか映っていないはずだ。


 だが、その瞳には侮蔑と優越感が隠しきれていなかった。

 相手が誰であれ、自分以外は脇役だと思っている目だ。


「噂は聞いているよ。Sランクモンスターを倒したとか? すごいね。まあ、今日は僕たちがしっかりサポートするから、安心してついてくるといい」


 サポート、か。

 よく言う。


 その時、蓮の視線が俺の隣にいる凛に向いた。

 凛は今日、マネージャースーツではなく、黒い探索用の軽装に身を包んでいる。

 荷物持ち兼マネージャーとしての同行だ。


「そちらの美人は?」


「私のマネージャーです」


「へえ、マネージャーか。もったいないね。うちに来れば、もっといい待遇で雇ってあげるのに」


 蓮がキザなウィンクをする。

 凛は眉一つ動かさず、冷徹に一礼した。


「恐縮ですが、私は彼専属ですので」


「……ふーん」


 蓮がつまらなそうに鼻を鳴らした。


 こいつは変わっていない。

 自分に見合わないと思ったものは、徹底的に見下す。

 そして、自分の思い通りにならないものは、排除しようとする。


「まあいいや。そろそろ時間だ」


 蓮がカメラに向かって手を振る。

 ディレクターの合図が出る。


『本番、5秒前。4、3、2、1……スタート!』


「みんなー! こんにちはー! 『蒼穹の剣』リーダー、九条蓮だよ! 今日はスペシャルゲストを迎えてのAランクダンジョン攻略! 最高のショーを見せてあげるから、最後まで見逃さないでね!」


 完璧な笑顔。

 完璧なスタート。


 こうして、因縁のコラボ配信が幕を開けた。


 俺はまだ知らなかった。

 この配信が、俺の過去を暴き、そして『蒼穹の剣』の栄光を終わらせるトリガーになることを。



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放送事故でS級モンスターを瞬殺したら、世界中がパニックになっています 〜底辺配信者の正体は、引退した元・世界最強でした〜 @kitune2025

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