第6話 距離、近くないですか

 凛が帰った後……と言っても隣の部屋だが、俺は再びベッドに倒れ込んだ。


 どっと疲れが出た。


 たった半日の間に人生が激変しすぎだ。

 バズって、ギャルに押しかけられて、国家権力に監視されることになった。


「平穏な老後は夢のまた夢か」


 まだ二十八歳だが、気分は百歳くらいだ。


 スマホを見ると配信アプリの通知が大変なことになっていた。

 登録者数五十万人突破。

 昨日のアーカイブ動画の再生数は一千万回を超えている。


 ネットニュースのトップにもなっていた。


『謎の底辺配信者、国家公認の実力者か?』

『透明人間ブーム到来! 関連グッズも検討中?』


 勝手にグッズを作るな。


 そしてコメント欄。


『透明人間さん、次はいつ配信?』

『早くSモン狩り見せて』

『まりりんとの匂わせ、マジ?』

『隣の部屋に美人が引っ越してきたってマ?』


 ……特定班の情報網、怖すぎるだろ。

 なんで凛が引っ越してきたことまでバレてるんだ。


「はぁ……」


 明日からどうやって生きていこう。

 会社、辞めようかな。

 いや、辞めたら余計に配信に集中せざるを得なくなる。

 イグニスのドロップアイテムがあるから当面は大丈夫だけど……それはそれで面倒だ。


 そんなことを考えていると、壁の向こうからコンコン、とノックのような音がした。

 壁ドン?

 いや、合図か。


『桐生さん、聞こえていますか』


 ……声だ。

 壁が薄すぎて、普通に会話できるレベルだった。


「……聞こえてますけど」


『明日の予定を確認します。午前中は出社ですか?』


「はい。一応、会社員なんで」


『わかりました。では、私も同行します』


「は?」


『通勤ルートの警護です。満員電車内での襲撃リスクがありますので』


「……勘弁してください」


『拒否権はありません。それでは、おやすみなさい』


 一方的に会話が切られた。


 俺は枕に顔を埋めた。

 これから毎日これか。

 美人のマネージャー(兼監視役)との壁一枚隔てた生活。

 普通ならラブコメのような展開だが、相手がダンジョン警察の特務課となるとスパイ映画のような緊張感しかない。


 でも。

 ふと、思う。


 十年前。

 俺が冒険者を引退したあの日。


 俺は仲間だと思っていた奴らに裏切られた。

 信頼していた人間たちに、背中から撃たれたようなものだった。


 だから俺は人を信じるのをやめた。

 目立たず、関わらず、一人で生きていくことを選んだ。


 それなのに。

 今日、二人の人間が俺のテリトリーに踏み込んできた。


 一人は、真っ直ぐな目で俺を見るギャル。

 一人は、「あなたを守る」と言って契約書を突きつけたエージェント。


「……まあ、悪くないか」


 一人で呟く。

 この独り言も隣の凛に聞かれているかもしれないけれど。


 少しだけ、胸の奥が温かくなるのを感じながら俺は目を閉じた。



◇ ◇ ◇



 翌日。


 俺は重い足取りで会社に向かった。

 隣には、完璧なオフィスカジュアルに身を包んだ神崎凛がいる。


「……距離、近くないですか」


「警護対象から半径一メートル以内を維持するのが規定です」


 凛は涼しい顔でスマホを見ながら答える。

 周囲のサラリーマンたちがちらちらと彼女を見ている。

 そりゃそうだ。絶世の美女がくたびれたサラリーマンにぴったり寄り添っているのだから。


「あいつ、誰だ?」

「彼女か?」

「いや、秘書っぽくないか?」


 ひそひそ話が聞こえる。目立つ。死ぬほど目立つ。


「透明人間、だ」


 誰かが呟いた。

 心臓が止まるかと思った。


「え、マジ? あの動画の?」

「よく見たら似てね?」

「いや、まさかあんな普通の会社員が……」


 バレる。

 顔バレする。


 俺は顔を伏せて、歩く速度を速めた。

 凛も無言でついてくる。


 なんとか会社にたどり着き、デスクに座る。

 凛は「外部との打ち合わせがある」という謎の理由で、来客用スペースに陣取った。

 上司がペコペコしていたので、何かしらの権力(圧力)を使ったに違いない。


「おい、桐生」


 隣の席の田中が話しかけてきた。


「あー……なんか言った方がいいか?」


「その内話す。だから今はそっとしておいてくれるとありがたい」


「……了解」


 田中は苦笑して離れていった。

 相変わらず人との距離の取り方が上手い奴だ。

 色々聞きたいだろうに。

 だから俺は田中とはうまくやっていけるのだ。


 昼休み。


 俺は屋上で弁当を食べることにした。

 凛がついてこようとしたが、「トイレくらい一人で行かせろ」と言って撒いた。

 まあ、屋上にいることくらいは把握されているだろうが。


 ベンチに座り、コンビニのおにぎりを開ける。

 

 その時。


「あー! 見つけたー!」


 聞き覚えのある声が降ってきた。

 空から?

 いや、屋上の出入り口からだ。


 振り返ると、そこに天海まりあがいた。

 今日は私服ではなく、制服姿だ。いや、よく見るとコスプレっぽい制服風の衣装か?


「透くん! おつかれー!」


「……なんでここに」


「GPSで追跡〜なんてね! 透くんの会社、駅前だし目立つからさ。出待ちしてたの!」


 まりあが駆け寄ってきて、隣に座る。

 距離が近い。


「ねえねえ、コラボの件、考えてくれた?」


「いや、まだ一日しか経ってないんですが」


「だってー! コメント欄もコラボ待望論すごいんだよ? 『まりりんと透明人間の絡みが見たい』って!」


「……」


「それにさ、アタシ、透くんにお願いしたいことがあるの」


 まりあの表情が、急に真剣になった。


「お願い?」


「うん。実は……」


 まりあが言いかけた瞬間。

 屋上のドアが開いた。


 カツ、カツ、カツ。

 ヒールの音が響く。


「桐生さん。勝手な単独行動は控えてくださいと言いましたよね」


 現れたのは、神崎凛。

 その目は、絶対零度。


「あ」


 まりあが、凛を見て声を上げた。


「天海まりあさんですね」


 凛は表情を崩さず、まりあの前に立った。


「桐生透さんは現在、重要な……業務の最中です。部外者の接触はご遠慮願えますか」


「はぁ? 業務って、お昼休みでしょ? 何堅いこと言ってんの?」


 まりあが立ち上がり、凛と対峙する。

 ギャル vs キャリアウーマン。

 火花が散るのが見えた気がした。


「それに、あんたこそ何なの? 透くんの何? 彼女?」


「私は彼のマネージャーです」


「マネージャー? 底辺配信者にマネージャーとか意味わかんないんだけど」


「底辺ではありません。彼は国家……いえ、今後の重要人物です」


「ふーん。怪しい。透くん、この人本当に信用していいの? なんか企んでそうじゃない?」


 まりあが俺に同意を求めてくる。

 凛も、俺の答えを待っているように沈黙した。


 板挟みだ。

 完全に、修羅場だ。


 どうする?


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