第5話 専属マネージャー?

 嵐が去ったと思ったら次は氷河期が来た。

 そんな気分だった。

 天海まりあという台風が去った直後の俺の部屋。

 そこに今、神崎凛が座っている。


 六畳一間の狭い部屋に、黒いスーツ姿の美女。異物感がすごい。

 彼女はパイプ椅子に背筋を伸ばして座り、テーブルの上にタブレット端末を置いていた。


「単刀直入に申し上げます」


 凛の声は、相変わらず冷たく、事務的だった。


「桐生透さん。あなたの存在は、本日付けで『国家特級監視対象』に指定されました」


「……は?」


 俺は思わず、間の抜けた声を出した。


 国家特級監視対象。

 その言葉の意味を、俺は知っている。

 S級冒険者の中でも特に危険度が高いと判断された人物や、人類の脅威となりうる存在に指定される最高レベルの監視措置だ。


「いや、ちょっと待ってください。俺はただのC級冒険者で、底辺配信者ですよ? 何かの間違いじゃ……」


「間違いではありません」


 凛は淡々と言った。

 彼女がタブレットを操作すると、空中にホログラム映像が投影された。


 それは昨日の配信の録画データだった。

 映っているのは俺と炎獅子イグニス。


「これを見てください」


 凛が指差す先で映像の中の俺が動いた。

 炎獅子の突進をかわし、ブレスを障壁で防ぎ、一刀両断にする。

 その間わずか数秒。


「これが何か?」


「この映像は、ダンジョン管理局の解析班がフレーム単位で分析したものです」


 凛が画面をタップすると、映像がスローモーションになった。

 いや、コマ送りだ。


「ここです」


 彼女が示したのは俺が短剣を振るった瞬間。


「炎獅子イグニスの皮膚は、ダイヤモンド以上の硬度を持つ魔炎の皮で覆われています。通常の物理攻撃は一切通用しません。たとえA級冒険者がオリハルコンの剣で攻撃しても、傷一つつけられないでしょう」


「はあ」


「しかし、あなたは鋼の短剣——市販品で価格三千円程度のものでそれを切断しました」


 凛が鋭い視線を俺に向けた。


「物理的にあり得ません。これが可能になるとすれば、理由は一つだけ」


 彼女の言葉が、部屋の空気を重くした。


「『魔力付与による超高圧縮切断』……かつて、十年前の黎明期にたった一人だけ、その技術を使っていた冒険者がいたという記録があります」


 ドキリ、とした。


「偶然ですよ。たまたま、当たり所が良かったんです」


「当たり所? 魔炎の皮に弱点はありません」


「じゃあ、あれです。あの個体が弱ってたんですよ。ほら、未発見エリアだったし環境が違ったから」


「解析の結果、あの個体は通常のイグニスよりも能力値が20%高い『変異種』であったことが判明しています」


 逃げ道がない。

 さすがは特務課。仕事が早いし、正確すぎる。


 俺は視線を逸らした。


「……で、その監視対象ってのは、具体的に何をするんですか」


 話題を変えることにした。

 これ以上、技術の話を詰められるとボロが出る。


 凛は小さく息を吐くと、タブレットの画面を切り替えた。


「あなたの力は、国家にとって有益であると同時に、制御不能なリスクでもあります。未発見ダンジョンを単独で踏破し、Sランクモンスターの群れを殲滅する戦力。これを野放しにしておくことはできません」


「だから、俺をどうするつもりですか。実験動物にでもしますか?」


「いえ。現代日本において、そのような非人道的な措置は取られません。ですが、管理は必要です」


 凛は言いながら、一枚の書類をテーブルに置いた。


『専属管理契約書』


 仰々しいタイトルが書かれている。


「条件は三つです」


 凛が指を三本立てた。


「一つ。あなたの冒険者活動および配信活動は、すべて特務課の監視下で行うこと。無断でのダンジョン入構や、危険区域への立ち入りを禁じます」


「……今まで通り、まったり配信するだけなら?」


「それに関しては制限しません。ただし、今回のような事態——意図しない高難易度エリアへの侵入などが発生した場合は、直ちに報告する義務を負います」


 凛が二本目の指を折る。


「二つ。定期的な能力測定への協力。あなたの『本当の実力』を、我々が把握しておく必要があります」


「拒否したら?」


「強制連行の対象となります」


 怖い。

 目が笑っていない。本気だ、この人。


「そして、三つ目」


 凛が俺の目を真っ直ぐに見た。


「私、神崎凛が、あなたの『専属マネージャー』として常駐します」


「はい?」


 俺は耳を疑った。


 マネージャー?

 特務課のエージェントが?


「公的には、私は底辺配信者『透明人間』の活動を支援するために雇われた、フリーのマネージャーという立場になります。これなら、私があなたの側にいても不自然ではありません」


「いや、不自然でしょう。どう見てもエリートキャリアウーマンじゃないですか」


「変装や演技は訓練を受けていますので、ご心配なく」


 そういう問題ではない。


「常駐ってどういう意味ですか。まさか、この部屋に住むつもりじゃ……」


 俺は恐る恐る部屋を見回した。

 六畳一間。

 布団を二枚敷いたら足の踏み場もない。


「ご安心ください。同居までは強制しません」


 ほっ、と息をつく。


「このマンションの隣の部屋が空いていましたので、私が借り上げました」


「は?」


「壁の薄い物件ですので、音声による監視は容易です。また、ベランダを通じての侵入……失礼、訪問も可能ですので、何かあれば三秒で駆けつけられます」


 俺は絶句した。


 隣?

 このボロアパートの隣に、国家公務員が?


「ちょ、ちょっと待ってください! そこまでする必要ありますか!?」


「あります」


 凛は即答した。


「あなたは自覚がないようですが、今、世界中の組織があなたに注目しています。Sランクモンスターを単独で、しかも魔法なしで瞬殺した映像。あれを見た諜報機関や犯罪組織が、あなたを放っておくと思いますか?」


「……それは」


「誘拐、洗脳、暗殺。あらゆるリスクが考えられます。あなたを守るためにも、24時間体制の監視が必要なのです」


 ぐうの音も出ない。

 確かに、俺が逆の立場ならそうするかもしれない。


 平和ボケしていた。

 十年間の穏やかな生活で、自分がかつていた世界の危険さを忘れていた。


「……わかりました」


 俺は諦めて、肩を落とした。


「契約書にサインすればいいんですね」


「賢明な判断に感謝します」


 凛の表情が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。

 ボールペンを受け取り、契約書にサインする。


 桐生 透。


 名前を書いた瞬間、書類が光って消えた。魔法契約だ。これで、契約を破ればペナルティが発生する。


「契約成立です。これからよろしくお願いしますね、桐生さん」


 凛が立ち上がり、手を差し出してきた。

 俺はその手を握り返す。

 冷たくて、でもしっかりとした手だった。


「……お手柔らかに頼みますよ、神崎さん」


「ええ。あなたが『普通』にしていれば、私も事務的に振る舞います」


 そう言って、彼女は初めて人間らしい表情を見せた。

 口元だけの、薄い笑み。

 それは、「逃がさない」という捕食者の笑みに見えた。


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