第4話 どーもー! まりりんでーす! お邪魔しまーす!

 俺はベッドの上でスマートフォンを眺めながら、頭を抱えていた。


 会社には体調不良で休むと連絡した。嘘ではない。精神的に本当に体調不良だ。


 神崎凛とのお話は、深夜三時まで続いた。


 聞かれたのは俺がなぜあのダンジョンに入ったのか、あのダンジョンの存在を以前から知っていたのか、そして——俺の本当の実力について。

 あのダンジョンに入ったのは偶然だ。というか低ランクダンジョンと繋がった事故だ。最後の質問には答えなかった。

 答える義務はないと言ったし、向こうもそれ以上は追及してこなかった。ただ、「また連絡します」とだけ言われた。


 つまり、これで終わりじゃないということだ。


「ちくしょう……」


 スマートフォンの通知が鳴り止まない。

 配信アプリ。SNS。メール。知らない番号からの着信。

 全部無視している。


 見たくない。考えたくない。

 できることなら、このまま布団を被って、一週間くらい眠っていたい。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴った。


 無視。


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


 連打される。


「……」


 仕方なく俺は布団から這い出た。


 玄関のインターホン画面を確認すると、そこには——。


 金髪にピンクのメッシュ。派手なメイク。キャミソールにデニムのホットパンツ。

 どこからどう見ても、ギャルだった。

 しかも、見覚えがある。


 天海まりあ。


 同接十万人を誇る、超人気ダンジョン配信者——まりりん。


「なんで……?」


 俺は呆然と呟いた。

 なぜ彼女が、俺の家の前にいる?

 そもそも、なぜ住所を知っている?


 インターホン越しに、彼女の声が聞こえた。


「ねー! 透明人間さんでしょ!? 開けてよ! ちょっと話したいだけなんだってばー!」


 ……どうする?


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


 インターホンは鳴り止まない。

 無視しても帰らない。

 天海まりあ。超人気配信者「まりりん」。同接十万人の女王。


 なぜそんな人物が俺の家の前にいる?


「ねーってばー! いるのわかってんだからね!? 明かりついてるし!」


 マンションのインターホン越しにギャルの声が響く。


 ……バレてた。


 俺は深くため息をついて、通話ボタンを押した。


「何の用ですか」


「あっ、出た! ね、上がっていい? 話あるんだけど!」


「いや、帰ってくだ——」


「えー! ここまで来たのにー!? マジありえないんですけどー!」


 困った。

 俺は別に、彼女と面識があるわけじゃない。配信で見たことがあるだけだ。

 それなのに、なぜ住所を知っている? というか、なぜわざわざ会いに来る?


「あのー、どうして俺の住所を……」


「ダンジョン管理会社が色々と教えてくれたんだよねー」


 個人情報保護法とは。


「それ、ストーカーって言いません?」


「えー! ひどくない!? アタシ、透明人間さんに直接会いたかっただけなのにー!」


「会いたい……?」


 俺は思わず聞き返した。


 会いたい。


 なぜ彼女が俺に会いたいのか、さっぱりわからない。


「ねえ、マジで上がっちゃダメ? ここで話すのもあれだし。てか、アタシ今日メイク頑張ってきたんだよ? 見て見て!」


 インターホンのカメラに向かって、彼女がピースサインを作る。

 確かに、派手なメイクだった。つけまつげ、カラーコンタクト、グロスたっぷりの唇。ギャルとしてのフル装備だ。

 だが、俺にはそれを見せられても困る。


「五分だけ」


 折れた。


 このままドアの前で騒がれても近所迷惑だし、何より彼女がなぜ来たのか気になった。

 オートロックを解除する。

 数分後、玄関のチャイムが鳴った。

 ドアを開けると——。


「どーもー! まりりんでーす! お邪魔しまーす!」


 天海まりあが、満面の笑顔で立っていた。

 改めて見ると、画面越しに見るより小柄だった。身長は160センチあるかないか。けれど、その存在感は身長以上に大きい。

 金髪にピンクのメッシュ。キャミソールからは日焼けした肌がのぞき、デニムのホットパンツからは健康的な脚が伸びている。


 派手だ。

 俺の地味な生活とは、対極にいるような人間だ。


「どうぞ」


 俺は仕方なく、彼女を部屋に招き入れた。

 六畳一間のワンルーム。必要最低限の家具しかない。ベッドと机と本棚。それだけ。


「うわー、シンプル! ミニマリスト系?」


「……いや、単に物欲がないだけです」


「へー! アタシと真逆じゃん! アタシ、欲しいものあったらすぐ買っちゃうタイプだからさー!」


 まりあは遠慮なく部屋を見回しながら、ベッドの端に腰を下ろした。


 俺は椅子に座り、彼女と向かい合う。


「それで、何の用ですか」


 単刀直入に聞いた。

 回りくどいのは苦手だ。早く用件を済ませて、また布団に戻りたい。

 まりあは、ぐいっと身を乗り出した。


「昨日の配信、見たよ!」


「はいぁ」


「Sランクモンスター八体ソロ討伐! マジでヤバかった! アタシ、リアタイで見てたんだけど、震えが止まんなくてさ!」


 まりあの目がキラキラと輝いている。

 まずい。

 この目は知っている。

 十年前、俺が「最強」と呼ばれていた頃、何度も見た目だ。

 憧れ。尊敬。崇拝。


 そして。


 ──向けられると、居心地が悪くなる目だ。


「アタシね、Aランク冒険者なの。自分で言うのもあれだけど、そこそこ強い方だと思う。でも、Sモンとソロで戦えって言われたら、絶対無理。逃げる一択」


 まりあが興奮した様子で続けた。


「それを八体! しかも涼しい顔で! 透明人間さん、マジでかっこよすぎでしょ!?」


「いや、あれは運が——」


「運で草! 絶対嘘じゃん!」


 図星だった。


「てか、あの動き見た? 目で追えなかったんだけど? フレーム落ちかと思ったら普通に速すぎて映ってなかっただけってマジ?」


「……」


「透明人間さん、本当は何者なの?」


 まりあが、真剣な目で俺を見つめた。


「ただのC級冒険者です」


「うそー」


「嘘じゃないです。ライセンス見せましょうか」


「ランクと実力が比例するとは限らないじゃん」


 正論だった。俺は黙った。

 まりあが、じっと俺の顔を見つめている。

 数秒の沈黙。


 そして——。


「まあいいや!」


 まりあがパッと表情を変えた。


「秘密があるなら聞かない! アタシ、空気読めるギャルだから!」


「……そうですか」


「でもね、一つお願いがあるの」


 まりあが、両手を合わせて拝むようなポーズをとった。


「お願い! アタシと一緒に配信してくれない!?」


「……は?」


「コラボ! コラボ配信! 透明人間さんとまりりんの夢のコラボ!」


 俺は、思考が追いつかなかった。

 コラボ配信。

 俺と。

 同接十万人の超人気配信者と。


 同接三人——いや、今は状況が変わっているが——の底辺配信者が。


「いや、無理です」


「えーっ! なんでー!?」


「俺、人と一緒に配信したことないし。そもそも、あなたのファンに迷惑がかかる」


「迷惑とか絶対ないって! てか、今のあんたの登録者数知ってる?」


 まりあがスマートフォンを取り出し何かを操作した。


「じゃーん! 四十二万人!」


「は?」


「昨日の夜から今朝にかけて、さらに増えたみたいだよ。切り抜き動画がバズりまくってるし」


 四十二万人。

 俺は頭を抱えた。


「むしろ今、アタシよりチャンネル登録者多いからね? コラボしてくれたら、アタシの方がおいしいくらいだし!」


「いやいやいや……」


「ねーお願い! 一回だけ! 一回だけでいいから!」


 まりあが、潤んだ目で見上げてくる。


「アタシね、昨日の配信見て、マジで感動したの。同接三人の底辺配信者が、Sランクモンスター相手に無双するって……そんなの創作でもなかなかないじゃん?」


 彼女の声が少しだけ真剣になった。


「しかも透明人間さん、全然イキってないし。『運が良かった』とか言っちゃうし。そういうとこ、マジでかっこいいと思った」


「……」


「だから、直接会って話してみたかったの。どんな人なんだろうって」


 まりあがにっと笑った。


「会ってみたら、思った通りだった。地味で、無愛想で、でも——なんか、信頼できそうな人」


 俺は何と答えていいかわからなかった。

 褒められ慣れていない。

 十年前から、俺はずっと目立たないように生きてきた。誰にも注目されず、誰からも憧れられず、静かに暮らすこと。

 それが俺の理想だった。


 なのに、今は——。


「……考えておきます」


 俺はとりあえずその場しのぎの返事をした。


「マジ!? やったー!」


 まりあがぴょんと飛び跳ねた。


「じゃあ連絡先交換しよ! LINE教えて!」


「いや、考えておくって言っただけで——」


「いいからいいから!」


 押し切られた。

 結局、連絡先を交換させられた。

 まりあは満足そうに笑って、立ち上がった。


「じゃ、今日は帰るね! また連絡する! 絶対返信してよ?」


「……はい」


「あ、あとさ」


 玄関で靴を履きながら、まりあが振り返った。


「透明人間さんって、名前なんていうの?」


「桐生透です」


「とおる、ね。じゃあ、透くんって呼んでいい?」


「……好きにしてください」


「やった! じゃーね、透くん! また!」


 バタン。玄関のドアが閉まった。

 俺は——。


「……はぁ~」


 一人残された部屋で、深くため息をついた。

 何なんだ、今のは。嵐のような女だった。

 いや、台風か。台風みたいな女だ。巻き込まれたら最後、何もかも持っていかれる。


 静かに暮らしたい。

 ただそれだけなのに、なぜこうなる。

 俺はベッドに倒れ込み、天井を見上げた。


 その時、スマートフォンが震えた。

 見るとさっき交換したばかりのLINEにメッセージが来ていた。


『まりりん:今日はありがとー! 透くんの家、めっちゃシンプルで逆に好き! また遊びに行くね!(≧∇≦)b』


 ……また来るのか。


 俺は返信せずに、スマートフォンを枕元に放り投げた。


 眠い。


 とにかく眠い。


 現実逃避でもいい。


 今は、眠りたかった。


 ——けれど。


 ピンポーン。


 また、インターホンが鳴った。


「……おい」


 まりあが何か忘れ物でもしたのか?


 俺は渋々起き上がり、インターホンの画面を確認した。


 そこにいたのは——。


 黒髪ロング。

 眼鏡。

 黒いスーツ。


 神崎凛だった。


 昨日、俺をお話に連れて行った、国家ダンジョン管理局特務課のエージェント。

 彼女がインターホンのカメラを真っ直ぐ見つめていた。


「桐生透さん。開けてください。お話があります」


 その声に拒否という選択肢は存在しなかった。

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